コーチングの世界基準が、アジャイルになっていた|ICF2025改訂を読む #0
ICF(国際コーチング連盟)のコアコンピテンシー(「良いコーチとは何か」の世界基準)が、2025年に改訂された。僕はいま講座で新旧を並べて学んでいる。気になった変更に付箋を貼りながら読んでいたら、途中で手が止まった。
「必要に応じて契約を見直す」。3.12、新設。
クライアントが「伝えたこと」ではなく「いま伝えていること」を聴く。6.02、過去形から現在進行形へ。
最新の実践を学び続け、スーパーバイザーやメンターコーチと協働しながら、自分のコーチングを更新し続ける。CC2、定義そのものが拡張。
貼った付箋が、全部同じ方向を向いていた。これ、どこかで読んだことがある。
スクラムガイドだ。
ICFがウォーターフォールからアジャイルになった
平日の僕はスクラムマスターとして働いている。だからそう見えるだけかもしれない。でも、並べてみてほしい。
2019年版までのコンピテンシーが描くコーチングは、どこか一本道だった。最初に合意を結び、その合意に沿ってセッションを積み重ね、最後に締めくくる。要件を定義して、実装して、リリースする。きれいなウォーターフォールだ。
2025年版は違う。契約は結んで終わりではなく、クライアントのニーズに合っているかを見直し続けるものになった(3.12)。傾聴の対象は、「さっき言ったこと」でも「伝えられている何か」でもなく、「クライアントがいま伝えていること」に揃えられた(6.02・6.05)。コーチ自身も、学び続け、他者の目を借りて自分の実践を検査し、適応させ続ける存在として定義し直された(CC2)。
計画に従うことより、いま目の前で起きている対話に応えること。アジャイルソフトウェア開発の宣言をコーチングに翻訳したら、たぶんこうなる。
断っておくと、「アジャイルになった」はICFの公式見解ではなく、僕の読み方です。ただ、今回の改訂は、現役コーチを対象とした大規模な実証調査と職務分析にもとづいていると公表されている。現場で機能しているコーチングの実態に、基準のほうを合わせにいった改訂だ。現場に基準を合わせる。それ自体が、もう経験主義だと思う。
このシリーズでは、その改訂を条文ごとに読んでいきます。コーチの目と、スクラムマスターの目。ひとつの変更を、ふたつの現場から見る。コーチングを実践している人にも、資格の勉強中の人にも、コーチングは学んでいないけどチームを支えている人にも、拾えるものがあるように書くつもりです。
全改訂マップ
まず、今回の変更点の全体像。逐条の深掘りは各記事でやるので、ここでは一覧だけ置いておきます。構造としては、メインの8コンピテンシーは継承。サブコンピテンシーが5つ新設され、11項目が修正され、CC2の定義が拡張され、用語集(グロッサリー)が新設された。
なお、この改訂マップはICF公式のコアコンピテンシー(2019年版/2025年版、© International Coaching Federation)を僕自身が読み比べて要約・意訳したものです。正確な文言は必ずICF公式の原文にあたってください(引用は論評の範囲にとどめ、条文の全文転載はしていません)。
条文の一覧に用がなければ、ここは飛ばして「シリーズの歩き方」へどうぞ。スクラムマスターやエンジニアの人は、#2と#4だけ拾い読みでも十分です。
CC1 倫理
1.04:「Core Values」に「ICF」が明記された
軽微な修正なので、CC1は独立した記事にせず、ここで扱いきりとします。倫理の章が今回ほぼ動いていないこと自体がひとつの情報で、土台は変えず、その上の実践を現実に合わせた改訂だと読めます。
CC2 コーチングマインドの体現(改訂最多)
定義:継続学習と、スーパーバイザー/メンターコーチとの協働が明文化
2.02:最新のベストプラクティスに加え、テクノロジー活用への意識を追加
2.04:意識すべきものにバイアスを追加
2.06:感情の「制御」から「マネジメント」へ
2.07:ウェルビーイングの維持が「セッション前」から「前・最中・後」へ拡大
2.09(新設):自分自身・クライアント・プロセスへの開放性と好奇心
2.10(新設):自身の思考・行動がクライアントや他者に与える影響の自覚
CC3 合意の確立と維持
3.01:コーチングの説明に「自身のコーチング哲学」を追加
3.02:目標に向けたコミットメントを合意内容に追加
3.11:関係の「終了(end)」から「締めくくり(close)」へ。尊重の対象に、体験だけでなくクライアント自身が明記された
3.12(新設):必要に応じて契約を見直す
CC4 信頼と安全
変更なし(定義・サブコンピテンシーとも2019年版のまま。原文照合済み)
CC5 プレゼンス
5.03(新設):今この瞬間に、自身とクライアントに生じていることへの気づき
CC6 積極的傾聴
6.02:過去形から現在進行形へ。「伝えたこと(communicated)」ではなく「伝えていること(is communicating)」を要約する
6.05:受け身からクライアント主語へ。「伝えられていること」ではなく「クライアントが伝えていること」の意味を汲む
CC7 気づきを引き起こす
7.11:コーチが執着なく共有していいものが「観察・洞察・感情」から「観察・知識・感情」へ。しかも後半では、共有が生み出すものが「新しい学び」から「クライアントにとっての新しい洞察」に変わった。洞察という言葉が、コーチの側からクライアントの側へ移動している
CC8 成長の促進
8.07(新設):関わり全体を通じて学びを統合し、前進を持続させる
旧8.07→8.08:「祝福する(Celebrates)」から「承認する(Acknowledges)」へ
シリーズの歩き方
予定では全7本。まず#1〜#5を順に出して、残りはシリーズを走りながら決めます。この記事は目次として、公開のたびに更新していきます。ブックマークするなら、この記事がいちばん便利です。
#1 CC2 コーチングマインド編
「在り方」の章が、いちばん実務的な章になっていた
改訂最多の章。「在り方」の章が、プロとしての継続的成長と自己管理の章に書き直された。バイアス、テクノロジー、ウェルビーイング。主にコーチの目で読みます。
#2 CC3 合意編(近日公開)
新設3.12「必要に応じて契約を見直す」は、検査と適応そのもの。合意を固定物ではなく生き物として扱う話。スプリントを回している人にこそ読んでほしい回。主にスクラムマスターの目で読みます。
#3 CC5+CC6 プレゼンス&傾聴編(近日公開)
新設5.03と、動詞の形と主語がひとつずつ変わっただけの6.02・6.05。最小の改訂が示す「今ここ」の話。
#4 CC7 気づき編(近日公開)
insightsがknowledgeに差し替わった一語の話と、スクラムマスターの永遠の論争「答えを教えていいのか」を接続します。主にスクラムマスターの目で読みます。
#5 CC8 成長編(近日公開)
「祝福」から「承認」へ。1回の気づきで満足せず、学びを点から線にする責任。主にコーチの目で読みます。
先に読めるもの
このシリーズの前に、すでに改訂を別の角度から読んだ記事があります。
AIが進むほど、「個人」が立ち上がってくる。ICFコンピテンシー改訂を読んで考えたこと:7.11の一語差し替えを、AI時代の角度から。このシリーズの出発点になった記事です
このほか、システム視点で読んだ記事や、セッションの時間軸で全変更点を並べ直した実践ガイド、資格試験の側から書いた記事も、順次このマガジンに追加していきます。
シリーズと合わせて、無料マガジン「コーチングの世界基準を、現場のことばで読む」に収録していきます。フォローしておくと、続きが出たときに届きます。
基準が変わるとき、現場は先に変わっている
最後にひとつだけ。
スクラムの世界で僕が学んだのは、良いフレームワークは現場を規定しない、ということだった。現場で起きている良い実践を観察して、あとから名前をつける。スクラムガイドも改訂のたびにそうやって書き換えられてきた。
ICFの2025年改訂も、同じ書き換えられ方をしたように見える。契約を見直すコーチも、いま目の前の言葉を聴くコーチも、改訂の前からずっといた。基準が、やっと現場に追いついた。
だからこのシリーズは、条文の暗記のためには書きません。条文の向こうにある現場を見に行くために書きます。
あなたの現場では、基準より先に変わっていることは何ですか。
まね について
エンジニア / スクラムマスター / コーチ
普段はスクラムマスターとして働きながら、パーソナルコーチ・システムコーチとして「自分で在る。人と繋がる。」をテーマに活動しています。エンジニアやスクラムマスターのキャリア・成長をコーチングで支援しています。
コーチングに興味がある方、「ちょっと話を聞いてみたい」くらいの気持ちで大丈夫です。
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