見出し画像

AIが進むほど、「個人」が立ち上がってくる。ICFコンピテンシー改訂を読んで考えたこと

僕にはふたつの顔がある。平日はスクラムマスターとしてエンジニアチームと働き、夜や週末はコーチとしてセッションをしている。

このふたつの現場で、最近同じものを見ている気がする。

エンジニアの現場では、AIがコードを書くようになった。設計の叩き台も、テストも、レビューの一次チェックも。数年前まで「技術力」と呼ばれていたものの一部が、確実に自動化されていく。じゃあ人間には何が残るのか。チームで働いていて感じるのは、「その人がどう考え、何を大事にして、その場で何を選ぶか」だ。つまり、個人。

ここから先はコーチング業界の話です。ただ、途中で気づくと思う。これ、AIに仕事の一部を渡しつつある全員の話だと。

そんなことを考えていた時期に、コーチングの世界でも動きがあった。ICF(国際コーチング連盟)がコアコンピテンシー(「良いコーチとは何か」の世界基準)を改訂した。2019年以来の改訂です。

僕はいまPCCマーカーを読み込んで試験を通った直後で、講座でも改訂版を学んでいる最中なんですが、新旧を見比べていて、ある一行で手が止まった。

「コーチは教えない」に、ICFが修正を入れた

英語圏では「今回最も議論を呼んだ変更」と言われているのが、7.11という項目。僕の手が止まったのも、まさにここだった。改訂前のバージョンで、コーチが(執着なく)共有していいとされていたのは「観察、洞察、感情」だった。2025年版では、この「洞察」が「知識」に置き換わった。コーチが知識を共有してもよい、と明文化された。

コーチングを学んだことがある人なら、これがどれくらい大きいかわかると思う。「コーチは教えない」「答えはクライアントの中にある」は、スクールで最初に叩き込まれる教えだった。僕自身、セッションで知識を話したくなる自分を何年もかけて抑え込んできた。それを、「共有していい」と言った。

最初は「え、いいの?」と思った。でも少し考えて、逆だと気づいた。

知識の値段が、ゼロに近づいているからだ。

クライアントは知識ならAIに聞ける。僕に「目標設定のフレームワークを教えてください」と言う必要はもうない。5秒で、たぶん僕より網羅的な答えが返ってくる。知識が希少だった時代は「教えるか、教えないか」が大問題だった。知識が無料になった時代には、共有したところで何も失われない。だから解禁できたんじゃないか。

断っておくと、ここはICFの公式見解ではなく僕の解釈です。ICFの説明はあくまで「洞察を生むのはクライアント。コーチが渡していいのは素材まで」という境界線の整理で、ティーチングが解禁されたわけじゃない。それでも、渡していい素材に「知識」が明記されたのは事実で、僕にはこの一行がこう読める。「コーチングの価値は、もう知識には無い」。

じゃあ何に価値が移ったのか

実は、改訂で一番大きく変わった場所は別にある。コンピテンシー2、「コーチングマインドの体現」です。8つあるコンピテンシーの中で唯一、定義そのものが書き換えられ、下位項目も8個から10個に増えた。

増えた中身は、コーチ自身の話ばかりだ。自分のバイアスや文化が、自分と他者に与える影響に開かれていること。自分の思考や振る舞いがクライアントに与える影響への気づき。セッションの前だけじゃなく、最中も、終わった後も、心と身体の状態を保つこと。

ちなみに、コーチとしての継続学習の項目には「テクノロジーの活用を把握し続ける」という文言まで入った。AIの話をしているのは、どうやら僕だけじゃない。

スキルの話じゃない。存在の話です。

改訂全体を貫く方向も同じで、汎用的な「正しいコーチング」から、コーチ一人ひとりの哲学や在り方へ。決まった型から、目の前のクライアントとのその場その場の調整へ。

ICFは、価値の重心を「コーチが何をするか」から「コーチが誰であるか」に移した。僕にはそう読めた。

エンジニアの現場と、同じことが起きている

ここで、最初の話に戻ります。

AIがコードを書くようになって、エンジニアの価値は「書けること」から「何を作るか、なぜ作るかを判断できること」に移りつつある。知識と作業が自動化されて、残ったのは判断と、その判断を支えるその人自身。

コーチングで起きていることは、まったく同じ構造だと思う。問いのテクニック、傾聴のスキル、フレームワーク。この辺はAIがどんどん上手くなる。実際、AIコーチングアプリの問いかけは、正直すでに悪くない。

残るのは何か。バイアスと向き合い続けてきた一人の人間が、いま目の前にいて、こちらに全部の注意を向けている。逃げたくなる沈黙を一緒に居てくれる。言いにくいことを、関係を懸けて言ってくれる。ここはたぶん、自動化の外側にある。

最近は、AIが生まれてくれたおかげでコーチングが洗練されていく、という感覚すらある。金の精錬に近い。コーチングにはこれまで、情報提供やアドバイスや励ましがけっこう混ざっていた。AIはその混ぜ物の部分だけを、正確に、無料で引き受けていく。火が強くなるほど、純度が上がる。

だから「AIが進んでもコーチングは安泰」とは、僕は思っていない。スキルとしてのコーチングは、かなりの部分まで自動化されていく。残るのは、在り方まで鍛えてきたコーチだけ。ICFの改訂は、業界への予告状みたいなものだと受け取っている。

個人が、より発揮される時代

そしてこれは、コーチだけの話でもない気がしている。

知識が無料になり、作業が自動化されると、最後に差が出るのは「その人が何を感じ、何を大事にし、どう選ぶか」になる。つまりAIが進むほど、個人がより発揮される。発揮せざるを得なくなる、と言ったほうが正確かもしれない。今までは知識やスキルの後ろに隠れられた。これからは隠れる場所が減っていく。

コーチングは、その「隠れられなくなった個人」を扱う仕事です。自分は何を大事にしているのか。どう在りたいのか。AIには聞けない問いに、一緒に留まる。

自動化が進んだ先で価値が生まれるのはコーチングだな、と思った理由は、これでした。コーチングが偉いからじゃない。個人が立ち上がってくる時代に、個人を扱う仕事だから。

あなたの仕事ではどうでしょう。知識とスキルが自動化された後に残る、「あなたにしかないもの」は何ですか。

その問いに一人で答えるのが難しいなら、それがたぶん、コーチングの出番です。


2025年改訂を条文ごとに読んでいくシリーズを始めました。読み筋は「ICFがウォーターフォールからアジャイルになった」。コーチの目とスクラムマスターの目のふたつで、逐条で深掘りしていきます。

目次はこちら → コーチングの世界基準が、アジャイルになっていた|ICF2025改訂を読む #0

【追記 2026-08-17】

この記事を書いたあと、僕自身がPCC試験を受けました。一度落ちて、50日後に受かっています。

ややこしいのは、現行のPCC試験が対象にしているのは2019年版のコアコンピテンシーと
2020年版の倫理規定で、この記事で読んだ2025年改訂版ではないことです。
受験を控えている人は、勉強する資料を間違えないように。

PCC試験に落ちてから合格。443点から468点までの50日間

まね について 

エンジニア/ スクラムマスター / コーチ

普段はスクラムマスターとして働きながら、パーソナルコーチ・システムコーチとして「自分で在る。人と繋がる。」をテーマに活動しています。エンジニアやスクラムマスターのキャリア・成長をコーチングで支援しています。

コーチングに興味がある方、「ちょっと話を聞いてみたい」くらいの気持ちで大丈夫です。

コーチングの詳細・体験セッションのお申込み: もれびコーチング

X(Twitter): @money166


いいなと思ったら応援しよう!