精巣を「縦」に切るか「横」に切るか。マニアックすぎるmicro-TESEの手術論【泌尿器科専門医が解説】
こんにちは、泌尿器科専門医のたま先生です。大学病院と不妊治療クリニックで勤務しており、昨年は男性不妊の手術を約250件執刀しています。
今日は、男性不妊手術の中で最後の砦とも言える「micro-TESE(顕微鏡下精巣内精子回収術)」について、かなりマニアックな話をしようと思います。
「非閉塞性無精子症? TESE? 何それ?」という方は、まず過去の記事を読んでみてください。
今回の話は、それを踏まえた上での「執刀医が手術中に何を考えているか」の公開します。関連記事を含めてこの記事を読み終える頃には、あなたは男性不妊について、並の産婦人科医よりもずっと詳しくなっているはずです。
テーマは、「精巣をどう切るか、どこまで探るか」。
泌尿器科医の無精子症治療へのこだわりを、知って貰えたらと思います。
1. 永遠の課題:長軸切開 vs 単軸切開
micro-TESEにおいて、精巣の白膜(表面の膜)をどう切開するか。これには大きく分けて2つの流派があります。
長軸切開: 精巣の縦(長軸)方向に切る。
単軸切開: 精巣の横(単軸)方向に切る。

かつて、私は長軸方向で切開していた時期もありました。理由はシンプルで、「展開面を広くすることで、より広い範囲を観察できる」と考えていたからです。精子がいるかもしれない精巣組織を、隅から隅まで観察したいという意図でした。
しかし、現在は「単軸切開、かつ基本的に表面からアプローチする」というスタイルで行っています。なぜ、わざわざ「狭い切開」でいいと感がているかは、明確な理由があります。
2. なぜ「単軸」なのか? 鍵は血管の走行にある
精巣の血管は、実は規則正しく走行しています。多くの場合、精巣の血管は単軸(横)方向に沿って走っています。

ここで長軸(縦)にメスを入れるとどうなるか。せっかく綺麗に並んでいる血管を、横断するように切ってしまうリスクが高まるのです。
TESEにおいて「出血」は最大の敵です。顕微鏡下の緻密な作業中に出血が起これば、視界は一気に悪くなります。通常の手術であれば電気メスで焼いて止血すればいいのですが、焼く操作は精細管を損傷する可能性があり、できるだけ避けなければなりません。そうなれば、微細な「太い精細管(精子がいる可能性が高い管)」を見つける精度はガクンと落ちてしまいます。
単軸切開を選択する最大のメリットは、「出血を最小限に抑え、クリアな視界を維持できること」。結局のところ、広く切ることよりも、綺麗に見えることの方が、精子発見への近道と考えています。
3. 「深く分け入る」か「表面を見る」か問題
次に、精巣の組織をどこまで掘り下げるかという問題です。
以前は「深いところまで分け入って探さないと、見落としがあるのではないか」という不安もありました。これは師匠にあたる医師が教えてくれたことですが、
「あえて深い層に入っていく必要はない。適切なテンション(組織を優しく引っ張って広げる力)をかければ、深いところも自然と見えてくる」
精巣組織は非常に柔らかく、繊細です。ハサミや剥離鉗子で強引に「ほじくる」ような操作をすれば、組織はあっという間にダメージを受けます。
私は、組織に適切なテンションをかけながら観察することを重視しています。そうすると、わざわざ掘り起こさなくても、奥にある「太い精細管」が、浮かび上がってくるように見えてくるイメージです。
「ほじくる手術」がもたらす代償
なぜここまでダメージにこだわるのか。それは、micro-TESEが「精子を見つければ終わり」の手術ではないからです。
精巣を傷つけすぎれば、術後の血流が低下し、男性ホルモン(テストステロン)の産生能力が落ちる可能性があります。精子は見つかったけれど、その後の日常生活で活力が失われてしまっては、本末転倒です。
「最小限の侵襲で、最大限の結果を引き出す」というスタンスが大切だと考えています。
4. 例外としての精巣が大きい場合
ただし、すべてのケースで表面だけの観察で済ませるわけではありません。そこで一つの基準になるのが、精巣容積が正常程度の場合です。(多くの場合、非閉塞性無精子症では、正常の人の半分以下の大きさです。)
精巣が小さい場合: 表面からテンションをかけるだけで、中心部まで十分観察可能です。
精巣が正常程度の場合: 物理的な距離があるため、表面だけの観察では不十分なことがあります。
精巣容積が大きい(=組織が詰まっている)場合は、組織にダメージを与えないよう細心の注意を払いながら、ある程度深い層まで分け入って観察することを考慮します。それでも「無理にほじくる」のではなく、あくまで「そっと優しく分け入る」というスタンスは変わりません。
5.まだまだ追求の余地はある
がん治療では、開腹手術→腹腔鏡手術→ロボット手術のように日進月歩です。しかし、非閉塞性無精子症の治療は、1999年に報告されて以来micro TESE以上のエビデンスのある治療がないことに、違和感すら感じます。
現在行なっているmicro TESEのやり方で問題ないとは考えていますが、より良い治療法が開発される余地は十分あると考えています。
おわりに
今回の話、いかがだったでしょうか。「マニアックすぎてついていけない!」と思われたかもしれませんが、こうした「執刀医のこだわり」の積み重ねで、困難な症例でも手術の成功につながります。
これからも、こうした「医療の裏側」にあるマニアックな話も届けていきます。面白いと思ってくれた方は、ぜひフォローと「スキ」をお願いします!
たま先生(泌尿器科専門医)
男性不妊とメンズヘルスのスペシャリスト
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