やさしさは誰に向けるもの?
「やさしさって誰に向けるものなんだろう?」
ある日、ふと、そんな問いが頭に浮かびました。
何か不安なことがあった時、
わたしはすぐに、
「わたしがダメだからだ」と自分を責めてしまう。
「本当はこうしたい」という気持ちがあっても、
その思いにフタをして、自分を後回しにしてしまう癖がある。
そんな自分を見つめていて、気づいたことがありました。
それは、
わたしには、自分への「やさしさ」が足りてないのかもしれないということ。
やさしさって誰に向けるものなんだろう?
何度も自分に問いかけてみました。
自分を責めたり、後回しにしてると、
やさしさが何なのか、わからなくなっていく。
でもきっと、
やさしさって「甘やかす」ことでも、「逃げる」ことでもなくて。
今の自分を、まるごと受け入れることなんじゃないかな。
失敗しても、疲れてても、気分が沈んでても。
誰かに「大丈夫だよ」って言ってあげるように、
自分にも「それでいいよ」って言えること。
それが、自分へのやさしさなんだと思います。
わたしはよく、空気を読んで相手に合わせてしまいます。
前まではそれを、「やさしさ」だと思ってた。
でも、それって本当にやさしさなのかな?
相手の気持ちを察して、自分の気持ちをしまい込むのは、
否定されたり、傷ついたりした過去の記憶から、
自分を守るためっていう理由がある。
でもそれは、ただ我慢してるだけで、
相手のことを思えていなかったと気がつきました。
自分の気持ちを正直に出せなければ、
相手の本音に寄り添うことなんてできない。
だからこそ、わたしは、相手を思って
自分の意思で「思いやり」を渡せる人になりたい。
「やさしさ」と「思いやり」はつながってる。
こうして見ると、
「自分へのやさしさ」と「相手への思いやり」は
つながってるんだなって思ったんです。
自分にやさしくなれたぶんだけ、
相手の弱さに寄り添えて、やさしくなれる。
自分にやさしくできたら、
少しずつ自分を信じられるようになる。
自分を信じるからこそ、相手の気持ちが尊重できて、
思いやりを届けられるようになる。
「やさしさって誰に向けるものなんだろう?」
そう問いかけた時。
わたしがいちばん、やさしくしてあげたい相手は、
わたし自身だったんだと思いました。
やさしさのスタート地点は、自分の心。
わたしがわたしにやさしくできた時に、
「やさしさの循環」が少しずつ、まわり始める。
そのとき初めて、
相手に「思いやり」を届けることができるのかもしれません。
🌱つむはの森メモ

「大丈夫だよ」って包み込んであげたい。

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▼自分を責めてしまう人へ▼
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これからも一緒に素敵なあかりを灯せたらうれしいです。