「百人一首を旅しよう!」短歌と写真で今と繋がる〜第七回●寂蓮法師●〜
『声に出して読みたい男性歌人による三選』
二回目の今日は、当時から名歌として名高かった寂蓮法師1139〜1202)を取り上げます。
まるで水墨画や水彩画、印象派絵画を目にした時と同じような感覚になるはずです。
村雨の 露もまだ干ぬ まきの葉に
霧立ちのぼる 秋の夕暮れ

意味)通り雨の露もまだ乾かないうちに、少しずつ霧が立ち昇っていく、秋の夕暮れのなんと美しいことよ。
景色が瞬時に浮かびませんか?一枚の写真をイメージしても、これは金賞に輝くようなキリトリセカイ。湿度・曇った色まで想起させ、読む者を幽玄の世界へと誘います。

まきは真木で、山林に生える杉やヒノキの大木を表します。村雨は、通り雨・にわか雨。
この歌は後鳥羽院が主催した歌合で詠まれました。寂蓮は出家前を藤原定長といい、叔父・俊成の養子になった後、叔父に実の子であり百人一首の撰者・藤原定家が生まれたため後継の座を譲り、30代半ばで出家しています。
出家後も歌人として活躍、全国を行脚し晩年は京都・嵯峨で隠棲したとか。『新古今和歌集』の撰者の一人になりましたが撰歌中に亡くなりました。家集に『寂蓮法師集』があります。

ちなみに叔父・藤原俊成、定家親子も百人一首に歌を残しています。実はそれぞれに一族・縁者が極めて多いのも百人一首の特徴の一つ。個々より血縁で覚えていくのも分かりやすい方法ですよ。
余計な言葉を省き徹底的にシンプルに、おそらく寂蓮が実際に見た光景を詠んだのではないかと思わせる名歌。ぜひ口にしてみて下さい。 日本語って本当に美しいですね!
では最後にもりやま作を。
にわか雨 憂き宿りせし木陰にも
晴れし夕べに 茜さす空

意味)急なにわか雨で雨宿りしはなくてはならなくなったが、そのおかげで美しい夕陽を見ることができた。(運不運を簡単に決めつけちゃいけないね)
最後までお読みいただきありがとうございました!
次回・第八回目も美しい歌をご紹介します。お楽しみに!!
(第六回⚫︎崇徳院⚫︎の記事は下記よりご覧いただけます)⤵︎
