【漫画原作】宮殿は作家(ドラゴン)を待っている【第一話】

あらすじ

一八世紀半ば。西方にある新聖ルマ帝国では、面白い小説を書けるものは誰でも大金を得られる“大娯楽小説ブーム”に湧いていた。
少年ルードゥスは、病床に伏せる妹の治療費を稼ぐため、女流作家アピリアの弟子になる。
彼女はルードゥスを一年で作家にすると豪語するも、何か様子がおかしい。「作家になるには“武術の型”と“物語の型”を融合させた技術『文脈闘技(プロットバレット)』を習得しなけばならない」
アピリアの説明に半信半疑になるも、少年は作家になるため、彼女に言われるがまま共同生活を始めることになるのだった。

本文 1話シナリオ

長い黒髪の女性が、こちらに背中を向けて立っている。

女性「ルードゥス君。作家に必要なものが何かわかるか?」
ルードゥス「想像力……ですか?」
女性「なるほど、一理あるな」

2人がいるのは、家具が散乱した一室。
彼女の正面には、武器を持った屈強な男が3人。ニヤニヤと笑みを浮かべている。
ルードゥスと呼ばれた小柄な金髪の少年が、青い目を見開く。

ルードゥス「アピリア先生……!」「どうしてこんな状況で、そんな事を聞くんですかッ!?」

破壊されたテーブルや床に散らばる食器を見て、ルードゥスは拳をギュッと握る。
女性こと──アピリアは、穏やかな表情で長い黒髪を耳の後ろにかき上げる。

アピリア「それも一理あるな」「だが私は、必要なことだから聞いている」「キミが作家を目指すうえで、とても大切なことだ」

アピリアは穏やかな表情のまま、武術の構えを取る。
男の一人が声をかけて来た。

男A「お姉さぁ〜ん、用があるのは背後のガキだ」「でもまぁ〜……」

男Aはアピリアの身体に視線を巡らせる。
整った目鼻。艶やかな長い黒髪。白いブラウスの上からも分かる、大きな胸。締まった胴回り。
ロングスカートのスリットから、チラリと生脚が覗いている。

男A「ガキの後に、たっぷり相手してやるから、な?」

男Aが下卑た笑みを浮かべながら、アピリアの肩に手を伸ばす。
触れる直前。アピリアが円を描くように腕を動かし、男Aの手を絡めとった。
そのまま手のひらを掴み、関節を逆方向へと押しやる。
男Aは激痛に顔を歪めて固まった。
アピリアは平穏な顔を一切変えず、再び少年に語りかける。

アピリア「いいか、ルードゥス君。想像だけならサルでもできる」「作家に必要なのは、“選択”だ」

彼女が逆の手で体をポンっと押すと、男Aは後方へ吹っ飛んでいった。

男B「何だァー!? 今のはよォォ??」
男C「人が飛びやがった……」
アピリア「正しい選択には、正しい心と体、そして技が必要だ」「人はみな、自分が思っているほど己の心身を操れていない」

男BとCが険しい顔つきで接近する。

ルードゥス「アピリア先生……!」
アピリア「案ずるな。技に必要なのは冷静さだ」「心・技・体の3つがそろって、ようやく作家への道が開かれる」
男B「ごちゃごちゃウルセェ」
男C「タダで帰すと思ってんのか? あ?」

人ひとり分の間合いを取り、男たちが睨みつける。

アピリア「ルードゥス君」「キミの師匠として、最初のレッスンだ」「今から見せる動きを、よく見ておくように」
男B「無視してんじゃあねぇぞ! クソアマがよぉ〜〜〜!!」

男Bがスコップを振り下ろす。
アピリアは斜め前方へのステップ。攻撃を避け、同時に相手の喉仏を指先で突く。
今度は男Cが角材を横なぎに振る。
それ身を屈めて避け、相手の股間を拳で打った。
男たちはそれぞれ悶絶し、その場に倒れた。
アピリアは体ごとくるりと、少年の方を向いた。

アピリア「分かるか、ルードゥス君」「想像だけでも、ただ動くのもダメだ」 

彼女の背後から、起き上がった男Aが武器を振り上げて迫る。

ルードゥス「先生ッ!? 危な──」

ところが男より先に上段回し蹴り放ち、命中させた。
鈍い打撃音とともに、男Aは口から泡を吹いて倒れた。

アピリア「文武両道だ、ルードゥス君」「作家になる者は全員、武術を身につけなければならない」

包拳礼をするアピリア。
それを唖然とした顔で、ルードゥスは見つめ返す。

ルードゥス「いや……先生、まったく分からないですッ!」「どうして作家を目指すのに、武術を学ぶ必要があるんですか!?」

ナレーション「──そもそもの成り行きは、10年前にさかのぼる」


ナレーション「18世紀半ば」「西方の大陸は『新聖ルマ帝国』を中心に、娯楽小説が貴族たちの最大の関心事となっていた」
「“大娯楽小説ブーム”に湧く帝都」「そこから遠く離れた農業区で暮らす、ある貧困な一家があった」

オンボロな家の中。薄汚れた服を着た当時4歳のルードゥスが、雨漏りを避けながら赤子をあやしていた。

ルードゥス「よしよーし、リッサ。いま兄ちゃんがミルクをやるからなー」

小皿のミルクを慎重に飲ませながら、赤子へ微笑みかける。

男「ルー、いるか?」「聞こえるか? なあ、ルー……」

部屋の奥からルードゥスを呼ぶ声。ベッドに、若い成人男性が横たわっていた。
彼もまたオンボロな服装だが、それ以上に痩せこけた頬が不健康をものがたっている。
少年は妹をバスケットの中に戻し、男性の側に屈んだ。

ルードゥス「父さん。ボクならちゃんと、そばにいるよ」
父親「あぁ……良かった。ルー、今日は誕生日だったよな? ちゃんと覚えてたぞ」

虚ろな目で、男は空中に手を伸ばす。

父親「え〜と……どこだっけな。ここら辺に置いてたんだけどなぁ」
ルードゥス「父さん……」

いたたまれない気持ちになって、少年は思父親の手を取る。
すると何か違和感があった。
少年が離すと、手の中にリボンの付いた鍵が乗っていた。

父親「フッフッフ! ちょっとした手品だ、驚いたろ?」「今日のために練習したんだ」

キョトンとしたまま、少年は鍵を手に取る。

父親「すぐそこに鍵付きの棚があるだろ? 開けてみな」

言われるがまま鍵を差し込むと、中には本が入っていた。
キレイな装丁の分厚い本が五冊。少年は目に入った文字を読み上げる。

ルードゥス「……グッドマンと、なんとかのくみ? グッドマンと風のなんとか……ええと」
父親「それは、娯楽小説って物だ」
ルードゥス「ごらく……しょうせつ?」
父親「ルー、お前は字が読めるし頭もいい」「病気の俺に代わって立派に働いてるし、母さんが亡くなってから、リッサの面倒もよく見てる」「俺にはもったいないくらいの、自慢の息子だ」
ルードゥス「……父さん」
父親「だが、ひとつ心配だ……自分の時間がない」「人生ってのはあっという間に過ぎてくが、寄り道も大切だ」

彼はベッドから身を起こし、少年の方を向いた。

父親「読んでみてくれ。古い友人がくれた、俺の大事な宝物だ」
ルードゥス「たいせつに読むよ。どれもぜんぶ、なんどだって読むよ」
父親「ああ、きっと気にいるさ」
ルードゥス「うん……! プレゼントありがとう、父さん」

少年はギュッと父に抱きついた。
父も息子を抱き寄せ、そっと頭をなでる。

父親「ルー……感謝してるのはこっちだ。いつもありがとな」
ルードゥス「気にしないでよ。ボクはだいじょうぶだから」
父親「……もし俺が死んだら、町にいる弟んとこに行け。お前たちの世話を頼んである」

少年は口をつむぐ。肩の上に、雫が滴り落ちていた。

父親「いい父親になりたかった……なりたかったけど……ごめんな」

ナレーション「これはルーこと、ルードゥスが4歳の誕生日を迎えた日のことである」
「そしてこの二週間後に、少年の最愛の父親は、息を引き取った」


赤ん坊の妹を抱えながら、ルードゥスは馬車に乗り込む。
彼女をあやしながら、父から貰った小説を開いた。

ルードゥス(どうしよう……いきなり読めない字だ)
老婆「“グッドマンと秘密の組織”」

驚いて顔を上げると、隣に座る初老の夫婦が微笑みかけていた。

老婆「どれ、時間もたっぷりあることだし」「読み聞かせてあげようかね」

彼女の口から語られる、小説の中身。
それは“グッドマン”と呼ばれる青年騎士が、単身で悪の組織と闘う、アクションありコメディーありの冒険活劇。
さまざまな場面を想像しながら、ルードゥスは物語に没頭した。

ルードゥス(なんだろう……ときどき父さんのことを思い出す)(ぜんぜん関係ない人の話なのに……)

やがて馬車は、見知らぬ村で停車した。

老人「私たちはここまでなんだ、ごめんねぇ」
老婆「君がとても楽しそうに聞いてくれたから、私たちも良い時間を過ごせたよ」
ルードゥス「ありがとうございました」「文字もたくさん教えてくれて……おかげで続きも読めそうです」

夫婦に見送られながら、ルードゥスたちを乗せた馬車は再び走り出した。
席に戻ると、少年は妹に語りかけた。

ルードゥス「決めたよ、リッサ」「これから毎日、僕が本を読み聞かせるよ」「こんなすてきなの、一人で楽しむなんてもったいないもん!」

本を手に取り、表紙に書かれた著者名を見る。

ルードゥス(すてきな本をありがとう、作者さん)(ええと……マティマティカ……アピリア? ふしぎな名前〜)

一本道を進む馬車の先には、スターンの町が広がっている。

ルードゥス「リッサ、やっと叔父さんちが見えてきたよ!」

叔父の家に到着すると、中から心底うんざりした表情でこちらを見下ろす叔父と叔母が出てきた。

叔父「お前らがあの、出来損ない兄貴のガキどもか」


少年は納屋でひとり座り込み、息を潜めていた。

ルードゥス(叔父さんも叔母さんも、まるで僕が”いないもの”みたいに無視する)(それでも──)

母屋にて。叔母が無表情のまま、ルードゥスの妹を世話している。

ルードゥス(リッサのことは見てくれてる)(それなら僕は、我慢しなくちゃ)

夫妻が寝静まった夜中。ルードゥスは母屋に忍び込み、ゴミ箱から食べ物を漁った。

ルードゥス(誰も助けてくれない……)(それなら……自分でどうにかする!)

残飯や野菜のヘタを拾い上げると、ニヤリと笑った。

ルードゥス(グッドマンも、収容所に入れられた時こうしてたッ!)


ナレーション「やがて時は流れ──」「妹ソンリッサが6歳になった頃、転機が訪れた」

真夜中の納屋にて。
成長したソンリッサが意地悪な笑みを浮かべ、ルードゥスに話しかける。

リッサ「ねー、知ってる? おじさん、ギャンブルにハマってるんだって」
ルードゥス「誰から聞いたの?」
リッサ「おばさんが、そー言ってた」

目を細め、ソンリッサは呆れた様子で溜息をついた。
兄と同じ、青い瞳と金色の髪。肩まで伸びた長い髪は、キレイに整えられている。
そしてボロを着ているルードゥスとは違い、彼女はオシャレなワンピースを着ていた。

ルードゥス「その服、よく似合ってるよ。また買ってもらったの?」
リッサ「うん。おばさん、わたしに”あまあま”だからねー」

ルードゥスは思い出す。当時まだ3才のソンリッサがスラスラと文字を書くのを見て、夫妻が仰天していたのを。

夫妻「この子……天才だ!!」

夫妻はソンリッサを「神童だ!」と、近所に自慢してまわった。
叔母は溺愛し、ソンリッサが欲しがるものは何でも買い与えた。

リッサ「ギャンブルにハマるとか、おじさんオトナなのになさけないよねー」
ルードゥス「リッサ。お世話になってる叔父さんのこと、悪く言うもんじゃないよ」
リッサ「へーき。おじさん、ワタシとおばさんにはジュージュンなザコだから」

ニヤニヤと八重歯を覗かせ、小悪魔めいた笑みを浮かべる。
少年は静かに彼女を見つめ返す。

リッサ「なーに? 怒っちゃった?」
ルードゥス「ううん。リッサが元気に育ってくれて良かった」
リッサ「あっはー。それはおにぃちゃんのおかげだしー」

ソンリッサは兄の耳元に顔を寄せて囁く。

リッサ「一緒にさー、早くこんなトコ抜けだそーね」

兄のために持って来た服と食料を置いて、ソンリッサは母屋へと帰っていった。
他にも本や遊具。紙とペンなどの勉強道具もそろっている。
しかし少年の表情は暗い。

ルードゥス(リッサのおかげで、なにも不自由ない)(でも逆に、リッサは僕に縛られてる気がする)(自立しなきゃ! そして自由にさせよう)(グッドマンだって、きっとそうするッ!)

ルードゥスは妹への置き手紙を書くと、義夫婦の家を出ていった。


更に成長したルードゥスが、工房の人たちに囲まれて誕生日を祝って貰っていた。
同僚の1人が肩を組む。

同僚「あのチビがもう14歳か〜! もう立派な鞄職人だな〜!」
ルードゥス「先輩たちのおかげです。これからもよろしくお願いしますッ!」

暖かな同僚たちの眼差し。
少年も笑顔を浮かべているが、置いてきた妹のことが気になっていた。

ルードゥス(リッサ……きっと良くして貰ってるよね)

彼女が学校に通う姿を目にしたことがある。
数人の友達と楽しそうに話しているのを、草葉の陰から見つめた。

ルードゥス(これで良かった……良かったはずだ)

楽しげな雰囲気の中、神妙な面持ちで工房長がやってきた。

工房長「ルー。君の妹さんが、大病に罹ったらしい」
ルードゥス「え……?」

ショッキングな知らせに、呆然とする。

ルードゥス「リッサは何処の病院に?」
工房長「いや、恐らく自宅だろう」「父親が借金取りに追われてると聞いた」
ルードゥス(叔父さん、まだギャンブルを……)


叔父の家に向かう馬車の中。

ルードゥス(大丈夫だ……長年働いてきたお金がある)(これで治せるはずだ……!)

父親のことが頭を過ぎる。

ルードゥス(貧困のため、病気を治療できなかった父さん)(何もできなかった……!)(もう二度と、あんな気持ちになりたくない)

溢れ出てきた涙を拭う。

ルードゥス(今度こそ救う!)(今なら救える!)

ルードゥスが義夫妻の家に入ると、中には五人の見知らぬ男たち。
部屋奥のベッドには、横たわる妹の姿があった。
急いで駆け寄ろうとするが、男の一人に道を塞がれた。

借金取り「お前ぇもこの家の人間?」
ルードゥス「僕は、妹に会いに来ただけです……!」
借金取り「アララぁ、かわいそ〜」「逃げたクズ親の代わりは、お兄ちゃんかぁ〜」
ルードゥス「何を言って──」

言い終わる前に、少年の腹部に蹴りが入った。突然の痛みに、思わず屈み込む。

借金取り「さっさと金、返してくんねーかな?」

少年の体が震えだす。
周囲からは嘲笑が漏れる。

ルードゥス「はら、払いますッ……!」「払うから……妹に会わせてくださいッ!」

妹のために持って来た全財産を、叩きつけるように床に置く。
周囲から「おおおぉ〜!」と感嘆と拍手が鳴った。
男が床からお金を拾うと、ルードゥスの肩にそっと手を置いた。

借金取り「足んねー。ぜんっぜん、足んねーんだわ」

男は大きく溜息を吐いた。

借金取り「足んねー分、いますぐ盗んで来い」
ルードゥス「……え?」
借金取り「あ? なに?」「妹ちゃん、見捨てんの?」
ルードゥス「いえ……でも」

男は舌打ちすると、ルードゥスを無理矢理外へと連れ出した。
もう夕刻になろうとしている。沈み始めた太陽が、町を紅色にそめていた。

借金取り「あそこの酒場、見えっか?」

坂を上がった先にある、灯りのついた建物を指差した。

借金取り「もうじき、仕事終わりのおっさん共が集まる」「ソイツらから盗んで来い」「そんで今日中に金を持って来りゃ、ちゃ〜〜〜んと会わせてやっから。な?」

借金取りはそう言い、ルードゥスの背中を叩いた。


日は完全に降りた。

ルードゥスが指定された酒場に入ると、身なりの良い商人たちでごった返していた。
みな酔っ払い、上機嫌に語り合っている。だからなのか、明らかに場違いなルードゥスを誰も気に留めていない。
店員すらも接客で手一杯のようす。

ルードゥス(盗みなんて……考えた事もなかった)(だけど……)

思わず顔をしかめる。

ルードゥス(リッサを救う……これだけは諦めたくない)

義夫婦との暮らしを思い出す。
叔父たちが寝ている間に家の中にある食品を漁っていたこと。
叔父の書斎に忍び込んで、何冊も本を借りたこと。

ルードゥス(ひっそり物を取ることには慣れてる……!)(やるしかない! 今度こそ助けるんだッ!)

視線の先に、話に夢中なっている二人組がいた。隣には口が開いた鞄が置かれている。

ルードゥス(あの鞄、手がけた事がある型だッ!)(中の構造を知っている! どこに財布をしまうか、おおよそ見当が付くぞッ)

少年は自然を装って近づく。
鞄まで、あと数メートル。

ルードゥス(手早く財布を抜きだす)(そのお金で妹を救う。ただそれだけ……)

手を伸ばそうとした瞬間、男の話が耳に入った。

男「ホンっっっトにウチの娘、可愛くてさ〜〜〜!」「『パパだいすき』っつって、オレの似顔絵を描いてくれたんだよ!」「もぅ〜天使だよ……今度の誕生日には、本を買ってやろうと思ってんだ」

話を聞きながら、ルードゥスは何もせず横を通り抜けた。
そしてそのまま少し進んだのち、物陰に座り込んだ。

ルードゥス(盗めない……盗めるわけがない)(みんな幸せに暮らしてるだけなのに……どうして僕が、それを邪魔しないといけないんだッ!)

湧いて来る怒りを、頭を抱えてなんとか抑えようとする。

ルードゥス(くそッ! くそぅッ!)(何でなんだ……!)(なんで僕は、こんなに無力なんだッ!)

少年が顔をあげると、薄暗いカウンター席にポツンと置かれた鞄が目に入った。
小さなランプがその座席だけを照らしている。
近くに人はいない。あまりの不用心さを見て、ルードゥスはふと思う。

ルードゥス(僕はきっと、あの鞄と同じだ……)(ただただ無防備で、だから好き勝手に奪われる)(その後でいくら怒っても、何の意味もない)(僕はなにも分かってなかったんだ……)

静かな足取りで、まっすぐ座席へ向かう。

ルードゥス(奪う者がいて、奪われる者がいる)(自然なことじゃないか……ッ)

心の中でそう呟きながら、放置された鞄を掴む。
ズキリと、胸に痛みが走った。
ふと思い浮かぶ、妹や両親の顔。

ルードゥス(リッサ……)(良い兄ちゃんになれなくて、ごめん……!)

鞄をしっかり掴み、ルードゥスは店の外へと向かった。
直後。少年と入れ違いで、トイレから黒髪の女性が出てきた。
ハンカチで手を拭きながら席に戻ると、自分の鞄がなくなっていることに気がついた。

女性「……」

通路の先の、入り口に目向ける。
ドアが半開きになっているのを見て、女性も店の外へ向かった。


ルードゥスは近くの小屋に潜り込んだ。
板をならべ、灯りが漏れないよう注意しながらランプに火を入れる。
入念に鞄の中を見る。しかし財布は見当たらず、あるのは綺麗に折り畳まれた紙のみ。
ガッカリと肩を落としながら、念のためにと紙を開いてみた。

ルードゥス(これは……?)

紙には長文が書き連ねられていた。

ナレーション『黒いマントをなびかせながら、男爵は問いかける。「グッドマンよ! 強き者が弱き者から好き放題に奪い取るこの理不尽な世界に、守る価値があるか? 命を掛けて戦う価値があるか?」』

ルードゥス(グッドマン……? グッドマンだって……!?)
女性「動くな、少年」

突如。真後ろから女性の声がし、首元に棒状の細い刃物が当てがわれた。

女性「そのまま、鞄に戻しなさい」「そうすれば、命は奪わない」
ルードゥス「どうして……ですか?」
女性「愚問だな。私が持ち主だからだ」
ルードゥス「どうして……グッドマンが、ここにいるんですか?」

少年の目から、涙が流れる。

女性「……なぜ泣く? 泣きたいのはこっちだ」「財産より大事な物を盗まれたんだ」
ルードゥス「グッドマンは、ずっと僕の……心の支え……支えだったんです」

紙を鞄の中に戻し、少年は項垂れる。

ルードゥス「でも僕は……グッドマンの様にはなれなかった……」

女性は武器を引っ込め、ルードゥスの正面に回った。
木材をどかし、ランプの火を強める。小屋の中全体が、温かな光でぼんやりと照らされた。

女性「どうやら私は、自作のファンに鞄を盗られたらしい」
ルードゥス「……えっ?」

少年は驚いて顔を上げた。
明かりを背にし、長い黒髪の見目麗しい女性が立っている。その姿は、どこか神秘的な存在に感じられた。

ルードゥス「あなたが……マティマティカ・アピリア?」
女性「ああ、そうだ」「キミの名を聞こう」

涙と鼻水を拭い、ゆっくり返答する。

ルードゥス「……ルードゥスです。ルードゥス・イグニシオ」
アピリア「“イグニシオ”だと?」

アピリアは少年の顎を軽く持ち上げると、身をかがめ、じっと顔を見つめた。
息が掛かるほどの距離。少年の頬が赤くなっていく。
対して、アピリアの表情には何の変化もない。
怒っているでも、突き放すでも、無気力なワケでもない。ただただ、ひたすらに温厚な表情を浮かべていた。

アピリア「ひょっとしてキミは、デセオ・イグニシオの息子か?」
ルードゥス「えっ? そうです」「デセオは僕の父の名前です」
アピリア「……なんということだ」

ようやく顔を離すと、アピリアは背を向けた。
考えごとをしているらしく、しばらくそのままだった。

ルードゥス「あの……父のことを、何か知っているんですか?」

問いかけに、アピリアはようやく振り返った。

アピリア「……その質問に答える前に、キミが鞄を盗んだ理由を聞こう」「罰したいからじゃない。興味がある」「キミが“鞄を盗む”に至るまで、どんな人生を辿って来たのか」
ルードゥス「僕の……人生?」
アピリア「そうだ。是非、聞かせてくれ」

ナレーション「なぜそんな事を聞きたいのか、ルードゥスには分からなかった」「それでも話し始めると、止まらなかった」「貧困な生活。両親の死。妹との日々。グッドマンとの出会い」「そして──いま現在に至るまで」

話を聞き終えると、アピリアは目を伏せて呟いた。

アピリア「……これもまた、運命か」
ルードゥス「運命……?」
アピリア「いや、それはともかくだ」「キミの事情は理解した」「なぜ盗む必要があったのか、よく分かった」

長い髪をかき上げ、少年を見おろす。

ルードゥス「鞄を盗んだこと……本当にすいませんでした」
アピリア「その件は、目をつむるとしよう」「それより、先ほどのキミの質問だが」
ルードゥス(父さんとの関係について……?)
アピリア「デセオは、歳の離れた友人だった」「まさか……もう亡くなっていたとはな」

穏やかな顔がほんの一瞬、悲しさをまとった。

ルードゥス「父は……『古い友人から貰った宝物』と言って、あなたの小説を僕にくれました」
アピリア「宝物? そう言ったのか?」
ルードゥス「はい。いまは、僕の宝物です」
アピリア「……」

アピリアは再び、少年に背を向けた。腕を組み、しばらく目をつむっていた。

アピリア「ひとつ提案なんだが……」

重たげに口を開き、振り返る。
穏和で静かな瞳が、真っ直ぐ少年を見つめた。

アピリア「キミ、作家にならないか?」
ルードゥス「えっ??」
アピリア「いまこの国の貴族たちが、もっとも熱狂しているものは何か?」「『娯楽小説』だ」「オペラでも、戦争でもなく、『娯楽小説』」「作家になれば、妹の治療費を稼げる。確実にだ」
ルードゥス「えぇ……いや、でも……」

突飛な提案に、ルードゥスは狼狽える。

アピリア「もちろん簡単ではない」「だから私が手取り足取り教え込む」「そうすれば一年……いや」「一年未満でキミは作家になれるだろう」
ルードゥス「一年……?」「そんな無茶な……」
アピリア「キミはまだ、作家になろうと挑戦したことはないだろう?」

アピリアは突然、自分の鞄を足元に置いた。
口を広げた鞄を指差し、アピリアは続ける。

アピリア「今のキミは、これと一緒だ」
ルードゥス「えっ!?」
アピリア「これに何を詰める? 何を入れたい?」

少年は答えに詰まる。
するとアピリアは中から小説を書いた紙を取り出し、鞄は放り投げた。

アピリア「私はこうする」「大切なのは、こっちだからな」
ルードゥス「そんなッ!」「“何を入れるか?”を聞かれたのに……」
アピリア「一理ある」「だがこれも、一つの“選択”だ」

アピリアは鞄を拾い上げ、再び紙をしまった。
その姿を見て、ルードゥスはハッとする。

ルードゥス「僕は……妹を助けたい。そして守りたい」「そのための力が欲しい……!」「そしてその『力』は、妹に誇れるものでありたい……!」
アピリア「作家はいいぞ」「身分は不問。誰でも可能性がある」

少年はアピリアを見上げ、真っ直ぐな視線を向ける。

ルードゥス「もし本当に、僕にチャンスを頂けるというのなら……!」「ぜひ僕を、あなたの弟子にしてくださいッ!」
アピリア「二言はない。私はキミを歓迎する」

アピリアは背筋を伸ばし、平らにした左手と拳にした右手を突き合わせた。

アピリア「これは“抱拳礼”」「作家は皆、挨拶する際にこれを行う」
ルードゥス(そうなの??)
アピリア「キミもやってみなさい」

少年は見よう見まねで抱拳礼をしてみた。

アピリア「上出来だ、ルードゥス君」「では早速、妹の元へ案内してくれ」
ルードゥス「えっ!?」「でも僕、まだお金が……」
アピリア「案ずるな」

少年の頭を、ポンっと撫でる。

アピリア「私は作家。流派は『活劇』」「そろそろ胸のすく展開が必要だ」

ナレーション「そして10分後──冒頭のシーンに至る」

叔父の家にて、アピリアが3人の借金取りを瞬時に叩きのめす。

アピリア「ルードゥス君。作家になる者は全員、武術を身につけなければならない」
ルードゥス「いや……まったく分からないですッ!」「どうして作家を目指すのに、武術を学ぶ必要があるんですか!?」

続きへのリンク

第2話
https://note.com/moshi_nidone/n/ndaca31bf74d5

第3話
https://note.com/moshi_nidone/n/n7629937d0001

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