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アオハル放課後ラボ・番外編④『水の中の小さな太陽』

ChatGPTと一緒にアオハル放課後ラボの番外編を制作しました。
イラストもChatGPTに作ってもらいました。


『水の中の小さな太陽』


放課後の科学準備室は、硝子戸越しに傾いた光が差し込んでいて、硝子フラスコの腹に黄金色の小さな楕円がいくつも揺れている。

机の上に紙コップと割り箸、そしてカップラーメン。湯気の代わりにまだ粉末スープの香りだけがふわりと漂っていた。

「ねえ結衣、ミネラルウォーターでお湯を沸かしたら、これ、もっと旨くなるんじゃないかな」

湯沸かしポットの前に立った彼が、どこか得意げに口角を上げる。机の端にはスーパーのチラシ。「大安売り」の太い赤字が、ちょうどポットの影に半分隠れていた。

「……バカじゃないの?」

結衣は、わざと低く言った。からかうときにだけ使う、彼にしか向けない声。

「あなたの舌で、沸騰した水道水とミネラルウォーターの違いなんて、カップ麺じゃ分からないわよ。塩素のにおいは煮立てれば飛ぶし、日本の水道水は基準も管理も世界トップクラス。安全で、安定で、すぐ手に届く。これ以上、何を求めるの?」

「だって、ほら。『大安売り』だし。粗末にするってほどじゃ……」

「値段の話をしてるんじゃないの」

結衣は机に指を置き、硝子に落ちる光の楕円をなぞった。

「その一本がここまで来るのに、ボトルの材料や輸送のエネルギーや、人の手間が全部かかってる。飲み水はね、涼しい顔で棚に並んでるけど、地球全体から見たら本当に少ししかない資源よ。海の水がほとんどで、真水はほんのわずか。しかも、その大半は氷や地下。私たちが蛇口ひねって手に入れてる、この透明な一杯は、実は奇跡の近くにあるの」

「そうなの?」

「地球上の水の多くは海水。全体の97.5%が海水で、淡水は、わずか2.5%。
その少ない淡水のうち、実際に私たちが飲み水として使えるのは、地球全体からみれば、0.01%未満と言われているわ。奇跡だと思えるでしょう?」

彼はチラシをたたんだ。
「……マヂか! じゃあ、やっぱり水道でいいか」

「そう。カップ麺はね、麺の油とスープの塩分と香りが主役。普通の日本の『軟水』の範囲なら、味の差はほとんど出ない。むしろ大事なのは、ちゃんと沸点まで上げることと、注いだ後の待ち時間を守ること」

「三分だな。三分、守る男だから俺」

「昨日、二分で開けて失敗してた人が何を言うのかしら」
結衣が笑うと、彼も肩をすくめた。

湯が沸く音が小さく高く変わっていく。ポットの中の泡はころころと踊り、壁の楕円はゆっくりと位置をずらした。

「でもさ、俺なんか、すぐ飲める国にいて幸せって実感してないんだよな」
彼はポットのスイッチが切れるのを待ちながら、言葉を探すように眉を動かした。

「海外でさ、生水が危ない国も多いって聞くけど」

「実際、多いよ。消毒や配水の事情が違うから。だからこそ『蛇口からそのまま飲める』って、すごい信頼と仕組みの上に立ってる幸運なの。安全のための塩素がわずかに入ってるけど、だから菌が繁殖しない。で、ラーメンに入れるときにはそれも飛ぶ。……なのに、高級ぶってボトルを開けて、さらに沸かして、味が一緒だったらどうするの?」

「……『俺の舌が未熟ですみません』って土下座する」

「そうね、じゃあ証明のために今度ブラインドテストでもする?」

「望むところ」

彼は蓋を開け、渦の中心めがけてお湯を注いだ。粉末が舞い、細かい湯気が立ち上がる。三分の砂時計を逆さまにした。

三分後、彼は誇張した手つきで蓋を開けた。
「勝利の味だ」

「はいはい。箸、落とさないでよ。床にスープをこぼしたら、そこに座り込んで反省会よ」

彼は大げさに背筋を伸ばし、湯気を吸い込んだ。
「……普通にうまい」

「それが最高」


  ◇


翌日。

保健体育の時間は学校の外周を使ったマラソンだった。周回を重ねるたびに前髪を濡らして吐く息も大きくなる。

最後の周回で構内へ入った。グランドへ向かう手前のカーブ。結衣が走る前の集団で列が急に崩れた。砂埃が舞い上がり、一人の男子が膝から転んでそのまま砂利に手をついた。

「大丈夫?」
結衣は立ち止まり、反射的に声をかけた。膝頭から血がつうっと流れ、砂と混じって赤茶色になっている。

「保健室に連れてく?」と先にゴールしていた慎也が言う。

「いえ。そこ、水道が見えるでしょう。まず洗う」

結衣は短く言い切り、転んだ男子の肩に手を置いた。

「動ける?ゆっくりでいいから、あそこまで歩こう」

グラウンド隅の蛇口は、まだ日陰を残していた。結衣は水を少し強めて、片手を受け皿の形にして流れをやわらげる。

「痛いかもしれないけど、砂を落とすのが先。消毒はその後。流水でまず、異物と雑菌を物理的に流すの」

彼女は指の腹で周囲をそっと支え、直に傷口をこすらないように気を配りながら、流れを当て続けた。赤い筋が濁り、砂粒が光って落ちていく。

「三分くらい、ゆっくり。しみるのは一瞬。深呼吸して」

「保健室は?」と慎也がまた問う。

「もちろん行く。だけど、雑菌を乗せたまま歩くより、ここで落とす方がずっとリスクが下がる。血が見えると焦るけど、順番を守るのが一番の近道」

男の子の呼吸が、徐々に整っていく。水の音が規則的になり、砂がもう見えなくなると、結衣は蛇口を絞った。

「よし。ガーゼで軽く押さえて、念のため保健室へ。歩ける?」

「うん……ありがとう」

顔色はまだ青いが、目ははっきりしている。

保健室に着くと、先生はすぐに状況を把握した。
「先に洗ってくれたのね。正解。異物が残ると化膿の原因になるから」

結衣は小さく頭を下げた。
「すみません、目の前に水道があったので。応急的に」

「判断が良かったわ。ありがとう」

先生は優しい声で、しかし手は迷いなく動き、消毒と保護の手当てを続けた。慎也はその様子を、すこし離れた椅子から真剣な顔で見ていた。

「さっきのあれ」

保健室を出ると、慎也が結衣に歩幅を合わせた。

「水が一番の薬、って感じがした」

「薬っていうか、『まずやること』ね」結衣は、水道の金属の冷たい輝きを思い出した。

「見える場所にきれいな水があるなら、迷わない。ただし傷が深いときや止血が必要なときは別。状況に応じて、だけど」

「うん。順番、覚えとく」

  ◇


放課後の科学準備室は、昨日よりも少しだけ湿っぽかった。昼に降ったにわか雨の名残だろうか。窓の外に水滴が列を作り、廊下の光をほどいている。

「身近にあるのに、時々忘れてる。水って、便利ってだけじゃなくて、命を守ってるんだな」

彼が机に腰をかけながら言うと、結衣は頷いて、黒板の端にチョークで小さな丸を描いた。丸の内側にさらに小さな白点を打ち、ぐるりと円を囲むように細い線で「海」を書き込む。

「じゃあ、今日のテーマは『水の科学』。昨日の続き、というより答え合わせ」

彼が笑う。

「先生、お願いします」

「先生は保健室の先生。私は解説係」

結衣は自分の肩を軽く叩いてから、指を一本立てた。

「まず、『水道水とミネラルウォーター』。日本の水道水は塩素で消毒されていて、基準が厳しい。だから安全。塩素のにおいは沸かせばほとんど飛ぶし、カップ麺では味の差はあなたの舌では――」

「皆無」

「そう、ほぼ感じない。例外を言うなら、極端に硬い水――カルシウムやマグネシウムが多い『硬水』でお茶をいれると渋みが変わったり、豆の戻りが悪くなったりはする。でも、日本の多くの地域や市販の多くのボトルは『軟水』。範囲内では差は小さい」

彼は頷き、机の上の紙コップを指で回した。
「つまり、俺のミネラルウォーター三昧計画は、味的に意味がないどころか、環境にも優しくないわけだ」

「『計画』ってほどでもなかったでしょ」

結衣は笑って、黒板に新しい円を描いた。

「次。『溶媒としての水』。水は分子の形がちょっと偏っていて、プラスとマイナスの性質が部分的にある。そのおかげで塩とか砂糖とか、いろんなものを溶かす。スープの粉がすっとうまく溶けるのも、水の得意分野だから」

「表面張力ってやつも関係ある?」

「あるよ。水の表面は薄い膜みたいに振る舞う。だから小さな虫が水面を歩けたり、滴が丸くなったり。だけどお湯を注ぐと、その『膜』のバランスが崩れて、粉末の粒の間に入り込みやすくなる。温度は溶ける速度を上げるから、カップ麺は『しっかり沸騰』が基本」

彼が「はい」と手を挙げる。
「昨日の洗い流しは、科学的に言うと?」

「『物理的除去』。消毒って言葉は頼もしいけど、まずは目に見える砂や泥や雑菌を流すのが感染予防の第一歩。薬品より先に水。保健室の先生が確認してくれたようにね。あと、石鹸は傷の中には入れない。周りの皮膚だけ優しく。止血は清潔なガーゼで圧迫、だけど出血がひどい時は無理をしない」

「了解」

彼はペンをくるりと回し、机に置いた。
「水って、万能感があるけど、その実、ちゃんと順番があるんだな」

「そう。順番があるから、混乱しない。次は『水循環』。海が蒸発して雲になって、雨になって、地面にしみこんで、川になって、また海に戻る。この循環が、地球の温度や気候、生き物の暮らしを支えてる」

「なんか、ぐるぐる回ってるの、好きだな」

彼は窓の外の雨粒を指でなぞるふりをした。

「同じ一滴が、遠い海からここまで来たのかもしれないって考えると、ちょっとロマンだ」

「ロマンね」

結衣は、チョークの粉で白くなった指先を払った。

「だからこそ、飲める水がどれくらい貴重かって話に戻る。地球の水のほとんどは塩水。真水は少し。しかも、すぐ飲める形で手に入るのはさらにわずか。蛇口から透明な水が出るのは、技術と管理の結晶。停電や災害の時に一番困るのは、実は水。電気が戻るより前に、飲み水の確保が命に関わる」

「……昨日の彼、先に洗ってよかったな」

彼の声が、少しだけ低くなる。
「もし、砂が入ったまま放っておいたらって思うと、ぞっとする」

「焦ると、つい『早く保健室に』って思う。でも『まず水で流す』ってカードを切れたら、ぐっと安全に近づく。見える場所に水道があるなら、ね」

彼は目を細め、黒板の小さな地球を見た。
「なあ結衣。俺、昨日のカップ麺の件で、ちょっとドヤってたのが恥ずかしい。大安売りがどうとか言って」

「いいじゃない。あなたがそう言ってくれたから、話ができた。……それに、カップ麺はいつでも偉大よ。お湯を注げば三分で立ち上がる、温かい救済」

「詩人かよ」

「科学準備室の詩人」

黒板に描かれた白い丸い地球の横に、結衣は小さく蛇口の絵を足した。水滴の形は、涙の逆さのように尖っている。

「日常にある水は、いつでも使えるヒーローだって、昨日証明された。飲む、洗う、冷やす、温める、溶かす。――でも、無限じゃない。だからこそ、大事にする」

「うん」

彼はしばらく黙っていたが、やがてポケットから砂時計を取り出した。
「三分、計っていい?」

「何を」

「議論の結論、実験で締める。――『俺の舌はミネラルウォーターと水道水の違いを感じられない説』」

彼は机の下から、昨日しまったままの未開封のボトルを一本取り出した。
「左右のカップにそれぞれ。俺は目を閉じる。結衣、スープを同量で」

「ほんとにやるの」
結衣は笑いながら、湯を沸かし始めた。

「いいわ。条件は厳密にね。お湯の温度、注ぐ量、待ち時間、かき混ぜ回数、全部合わせる」

「おお、なんかワクワクしてきた」

準備室の空気が、少しだけ研究室の顔を取り戻す。片方には水道水、もう片方にはボトル水で沸かした湯。粉末はどちらも同じように溶け、湯気は同じようにのぼる。三分の砂が落ちる間、二人とも黙って湯気を見ていた。

「はい、どうぞ」

カップの底に印をつけないよう、結衣はそっと向きを乱数のように回してから、彼の前に置いた。

彼は目を閉じて一口、もう一方を一口。しばし沈思黙考。紙コップの水で口をすすいで、もう一往復。

「……えっと、左が、ミネラル……いや、右か? うーん……」

結衣は口元を押さえて、目尻を下げる。
「結論は」

「分からん!」

彼は両手を上げ、笑った。

「俺の舌は未熟でした!――いや、これ、ほんとに分からん。うまいのはどっちも、うまい」

「それで十分。ねえ、ところでちゃんと2杯分。食べきってね」

「あ!」

「それも大切な地球への配慮。もったいないオバケがでるから」

「しまった!考えて無かった!」

科学準備室に笑い声がこだました。秋の日もだいぶ傾きを増してきた。


アオハル放課後ラボ・番外編④『水の中の小さな太陽』 ーーー 終



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