見出し画像

正解としての「真実」物語と「サイエンススキルを使って知ろうとする行動とその結果」である「サイエンス」 リンク

 サイエンスについてみんなの見解が一致しないのでコミュニケーションできないようです。

現代は正解病の時代

 みんな、だれかが正解をもっていると思っています。

ヒトは物語(正解としての「真実」)を求め、事実=科学は必要ではない

ヒトは事実なんかどうでもよい

ヒトは事実より物語(正解としての「真実」)

 要するに「これが、「まこと」のものなるぞ」という物語を求めるているのです。

脳には、混沌とした真実よりも整然とした嘘を好むという、驚くべき癖がある

https://forbesjapan.com/articles/detail/79096/page3

困難となった反科学の人とのサイエンスコミュニケーション

科学万能主義という批判

科学万能主義という批判

科学万能主義https://ja.namu.wiki/w/%EA%B3%BC%ED%95%99%EB%A7%8C%EB%8A%A5%EC%A3%BC%EC%9D%98

 現代は、科学万能の世界と云われて居る。ラジオ、無線電信、空中飛行船、飛行機、潜水艇其外種々の文明の利器は非常に発達し、宇宙の一切の事は、科学でなければ解決できないと云うて誇つて居る学者も沢山あるやうであるが、何程科学が、進んだと云うても、宇宙の謎は解く事が出来ない。白い米を食うて、赤い血を出し、黒い髭を生やし、黄色糞(きなくそ)を垂れる、この原理が明瞭に分かつた医学博士もなければ科学もない世の中だ。それだから虱(しらみ)一匹を研究して論文を出しても、博士になれる世の中だから、学者といっても真に頼りないものである。今の学者は、天地を征服するとか、神を解剖するとか猪口才(ちょこざい)な大法螺を吹いて居るが、無限絶対無始無終におはします神どころか、日々自分の食つている飯の事さへ解決がつかないやうな事で何程鯱(しやち)になつても、神の説明だとか、天地の征服なぞは駄目である。昔の黄金時代の人間や、天国の天人が唯一二言で解決する事柄を、現代の学者は数千万語を費やさないと分からないと云ふ、厄介の代物である。

「科学の力」出口王仁三郎1934~1935

フーコーの科学的真理は権力であるという批判

あらゆる言説は「権力の意思」を有す-フーコー

このことを示す典型例としてミシェル・フーコーほどの適材はいないであろう。フーコーは次のようにいう。
あらゆる言説は、決して中立的な事実を述べたり真理を述べたりするものではない。なぜなら、いかなる言語表現も、必ず他者に何かを伝え、一定の効果をもたらし、場合によれば社会的効果を生みだそうとするからだ。
その場合、いかに中立的で正当にみえるような言説であっても、その背後を覗けば、その表現者の利益や特殊な感情や、もっと端的にいえば「権力への意思」がある。自分を正当化したり、自己を引き立てようとしたり、他人を味方に引き入れたり、というわけである。無色透明な蒸留水のようなサラサラした言説はありえない。
こうして言説は必ず一定の「権力作用」をもたらす。それは、科学的真理といった場合にも当てはまる。「真理」という言葉に騙されてはならない。ある言説を真理だといったとき、それに対する反論を寄せ付けないのであり、そこに真理の絶対化が生じ、その真理を述べたものの権威化が生じているのである。「真理」につくことによる自己特権化である。
「科学」にせよ「真理」にせよ、無垢な客観性を装っているだけで、それは実は、ある意図を秘めた「権力」を隠しもっているのだ。
今日、「真理」はしばしば「事実」や「エビデンス」として表現される。たとえば政策の評価基準としてしばしばいわれるエビデンス主義においても、「事実が大事だ」「エビデンスが大事だ」という。だが、このいかにも中立的で客観的で科学的な言辞じさえも、考えてみれば、「科学中心主義」のイデオロギーを隠しもっている。
エビデンスを操り、それを握ったものの優位を隠している。これこそが「エビデンス」だといえば、誰もが容易には反論できない。これは「権力作用」にほかならないのである。

https://voice.php.co.jp/detail/11126#google_vignette
「リベラルな価値」も一種の権力にすぎない...批判主義にみる決定的な矛盾 | Web Voice|新しい日本を創るオピニオンサイト

サイエンティストは「知識」や「経験」を積むと「他人に共感」できなくなるのか?


サイエンスについて

定義できないとされるサイエンス

前提:人間は全てを知りつくすことができない

サイエンスはつらい営み

サイエンススキル

サイエンススキル関連書

サイエンスはサイエンススキルを使って知ろうとする行動とその結果ではないのか

コミュニケーション論文

新しいコミュニケーション論の基礎 : 「伝わらないこと」

科学について新書


いいなと思ったら応援しよう!