あなたはどうですか? テキストが読解できない,計算できない,パソコン使えない大人達がいる?
興味深い結果がでている調査です。最新の調査が行われました。
PIAACは何を測り、日本の高得点は何を意味するのか
——平均、分布、年齢、学歴、技能使用、非回答を分けて読む

OECDの国際成人力調査PIAACについては、互いに矛盾するような説明が流通している。
一方では、
日本の成人の読解力や数的思考力は、世界最高水準である。
と紹介される。
他方では、
日本人の三分の一は日本語が読めない。
パソコンをまともに使える日本人は一割しかいない。
といった悲観的な説明も見かける。
しかし、これらの言説は、PIAACが誰を対象とし、何を測り、どのような統計モデルによって結果を算出しているのかを十分に区別していない。
PIAACは、国民の知能、教養、国民性、学校教育の優秀さを、一つの順位へ変換する試験ではない。
特定の年齢範囲にある成人が、調査時点で、文章、数量、変化する問題状況をどの程度処理できるかについて、その母集団内の分布を推定する調査である。
したがって、問うべきなのは、
日本は何位だったか。
だけではない。
どの母集団を、どの尺度で測定し、どの人口構成と社会経験を含んだ結果なのか。そこから何が言え、何が言えないのか。
である。
1 PIAACは誰を測っているのか
PIAACは、Programme for the International Assessment of Adult Competenciesの略称である。
OECDが中心となって実施する国際成人技能調査で、第二周期の第一回本調査は二〇二二年から二〇二三年に実施された。
国際比較の基本的な対象は、各国に居住する十六歳から六十五歳までの非施設人口である。
学校を卒業した就業者だけではない。
高校や大学などの在学者
卒業直後の若者
就業者
失業者
家事従事者
無業者
定年前後の就業者
六十五歳以下の退職者
が含まれる。
日本では五一六五人が参加し、調査回答率は41%だった。標本は、日本の十六歳から六十五歳人口を代表するように抽出・加重されている。
したがって、PIAACの日本平均は、
学校卒業時点の能力
を表すものではない。
それは、学校教育を終えた後の、
職業経験
成人教育
読書習慣
家庭生活
デジタル環境
技能使用
加齢
失業や退職
を経た後の、調査時点における成人技能の断面である。
Big Five調査についての注記
PIAAC第二周期では、社会情動的特性を測定するBig Five Inventoryの調査が任意項目として用意された。
しかし、日本とアメリカ合衆国は、このBig Five調査を実施しなかった。
したがって、PIAAC第二周期の日本データから、日本人の外向性、協調性、誠実性、情緒安定性、開放性などを推定したり、他国と比較したりすることはできない。
本稿が扱うのは、日本で実施された三つの認知技能調査である。
2 PIAACが測定する三つの技能
PIAAC第二周期が直接評価する主要領域は、次の三つである。
読解力
数的思考力
適応的問題解決能力
ただし、これらは学校の教科試験と同一ではない。
2.1 読解力
PIAACの読解力は、文字を発音できるか、漢字を何字知っているかだけを測るものではない。
成人生活で出会う文章、一覧表、案内、ウェブページなどから情報を取り出し、理解し、複数の情報を統合し、必要に応じて評価する能力を測定する。
低い習熟水準では、短い文章や整理された一覧から、明示された情報を探すことが求められる。
高い水準では、
長い文章の複数箇所を統合する
暗黙の関係を推論する
複数資料を比較する
競合する情報を処理する
主張や情報源の信頼性を評価する
ことが必要になる。
したがって、PIAACの読解力は、
文字を認識する→文を理解する→情報を統合する→状況へ適用する→主張を評価する
という連続的な技能を扱っている。
2.2 数的思考力
数的思考力も、学校数学の公式をいくつ記憶しているかだけを測るものではない。
成人生活に現れる、
金銭
整数・小数
比率・割合
表・グラフ
測定値
確率
統計情報
を理解し、目的に応じて利用する能力である。
単純な計算だけでなく、複数段階の数量関係を処理し、統計的主張の妥当性を検討する課題まで含まれる。
2.3 適応的問題解決能力
適応的問題解決能力は、必要な情報が最初からすべて与えられていなかったり、問題状況が途中で変化したりする場面で、解決方法を更新する能力である。
そこでは、
問題を定義する
必要な情報を探索する
複数の条件を監視する
解決手順を組み立てる
状況変化に応じて方針を修正する
ことが求められる。
固定された一問一答型の問題で、既知の正解を再生する能力とは異なる。
なお、三領域はそれぞれ別の尺度で構成されている。
読解力289点と数的思考力289点が、同じ種類・同じ量の能力を意味するわけではない。異なる領域の点数を直接比較し、「数的思考力の方が二点高い」と解釈することはできない。PIAACは、各領域について別々に母集団分布を推定する調査である。
3 PIAACは個人の能力を直接採点する試験ではない
PIAACの結果を理解するうえで、最も重要なのは、各回答者に一つの確定した能力点を与える試験ではないということである。
各回答者は、すべての問題を解くわけではない。
限られた設問への回答と背景情報を使って、項目反応モデルにより母集団の技能分布が推定される。
そのため、回答者一人につき「真の能力点」を一つ決めるのではなく、複数の plausible values――もっともらしい能力値――が生成される。
plausible valuesは、学校の成績表のように、
この人の能力は正確に二八九点である。
と判定するための数値ではない。
集団平均、分散、年齢差、学歴差などを、能力推定の不確実性込みで算出するための統計的な値である。
したがって、PIAACはもともと、
個人を順位づけする試験
ではなく、
集団の能力分布を推定する調査
として設計されている。
この点からも、国平均を個々の日本人の能力へ直接置き換えることはできない。
4 標本ウェイトと複製ウェイト
PIAACでは、調査へ参加した五一六五人を単純に平均するわけではない。
調査対象者が抽出される確率や、回答・非回答の違いを補正するため、標本ウェイトが使われる。
さらに、複雑な標本抽出に伴う誤差を計算するため、複製ウェイトが使用される。
正しい推定には、
標本ウェイト
複製ウェイト
複数の plausible values
標本抽出誤差
能力推定に伴う補完誤差
を同時に扱う必要がある。
通常の表計算ソフトで一列の点数を平均し、単純なt検定を行うだけでは、PIAACの標準誤差を正確に推定できない。
PIAACの国平均は、直接観察された生点の単純平均ではなく、
回答データ、背景情報、能力推定モデル、標本設計を接合して構成された母集団推定値
である。
5 直接評価を受けなかった人もいる
PIAACの認知技能は、原則として回答者がタブレット上で行う直接評価によって測定される。
しかし、調査言語を十分に理解できないなどの理由で、通常の背景質問と認知課題を完了できない対象者もいる。
第二周期では、このような対象者を調査から完全に除外しないため、doorstep interviewという簡易質問票が導入された。
doorstep interviewでは、
年齢
性別
学歴
就業状態
出生国
などの限定的な背景情報を収集し、その情報から読解力・数的思考力の plausible valuesを統計的に推定する。
日本ではdoorstep interviewの対象は四三人で、全回答者の非加重0.8%、代表人口の加重1.1%だった。
つまり、一部の対象者については、能力問題への直接回答ではなく、背景情報と統計モデルから技能分布への寄与が推定されている。
これは調査の欠陥を隠す操作ではない。
調査言語に困難を持つ人や低技能層が体系的に脱落し、国平均が過大になる問題を減らすための設計である。
同時に、PIAACが「能力そのものを直接写し取る装置」ではないことも示している。
6 日本の結果
日本の十六歳から六十五歳の平均得点は、次の通りだった。
領域日本参加OECD平均読解力289点260点数的思考力291点263点適応的問題解決能力276点251点
日本は三領域すべてで参加OECD平均を上回った。日本の国別資料では、平均値とともに95%信頼区間が示され、三領域ともOECD平均より高いと判定されている。
習熟度分布を見ると、読解力では日本の約一〇%がレベル1以下に位置し、参加OECD平均の約二六%より少なかった。
一方、読解力のレベル4・5に位置する成人は約二三~二四%だった。
若年層についても、十六歳から二十四歳の平均は、
読解力 298点
数的思考力 299点
適応的問題解決能力 287点
で、三領域とも参加OECD平均を上回った。
したがって、
日本の成人技能分布は、PIAAC参加OECD諸国・地域の平均的な分布より高得点側に位置している。
という記述は、調査モデルの範囲内で支持される。
ただし、
日本人一人ひとりが、他国の人より能力が高い。
という意味ではない。
各国の分布は大きく重なる。
日本にも低習熟層がおり、平均点の低い国にも高習熟者が存在する。
国平均は個人を説明しない。
7 平均との差は偶然なのか
日本と参加OECD平均との差は、
読解力 約二九点
数的思考力 約二八点
適応的問題解決能力 約二六点
である。
平均との差が標本抽出の偶然で生じた可能性を検討するには、点差だけでなく標準誤差と信頼区間が必要になる。
PIAACでは、標本設計、複製ウェイト、plausible valuesを用いて標準誤差が推定されており、日本の三領域の平均は、参加OECD平均を統計的に有意に上回る。
したがって、日本の高い平均を単なる標本の偶然とみなすことは難しい。
ただし、本稿では、
約〇・五標準偏差である。
という標準化効果量は提示しない。
どの標準偏差を分母に使うかによって意味が変わるからである。
全参加者を統合した標準偏差
各国の国内標準偏差
日本と比較群をプールした標準偏差
尺度構成時の基準標準偏差
は同じではない。
また、日本自身がOECD平均の構成国に含まれており、日本とOECD平均は完全に独立した二群でもない。
現段階で安全に言えるのは、
差は統計的に有意であり、約二六~二九点という単なる数点の差ではない。
までである。
8 OECD平均は世界平均ではない
PIAACで示されるOECD平均は、世界の成人人口をすべて集計した平均ではない。
PIAACに参加したOECD諸国・地域を比較するための基準であり、中国、インド、多くのアフリカ・中東・中南米諸国を含む世界人口の平均ではない。
さらに、通常のOECD平均は、各国を一つの単位として集約する平均であり、人口の大きな国がその人口比だけ強く反映される世界人口加重平均とも異なる。
したがって、
日本は世界平均より二九点高い。
という表現は不正確である。
妥当なのは、
日本は、PIAACに参加したOECD諸国・地域の平均を上回った。
という記述である。
9 正規分布でなければ平均は使えないのか
得点分布が厳密な正規分布でなければ、平均値を使えないということではない。
母平均の推定や国平均の比較に、個人得点が完全な正規分布を形成することは必要ではない。
しかし、
平均値が典型的な日本人を十分に表しているか。
は別の問題である。
平均値は、分布全体を一つの数値へ圧縮した指標である。
平均だけでは、
分布が左右対称か
低得点側に長い裾があるか
上位層と下位層が同時に増えているか
国内格差が拡大しているか
複数の部分集団が混在しているか
が分からない。
低得点層と高得点層が同時に増えれば、平均値が変化しなくても、分布は拡大する。
実際、日本の読解力と数的思考力の平均は、第一周期と第二周期で大きく変化しなかった。
しかし読解力では、低習熟層の割合が第一周期の約五%から第二周期の約九%へ増えた一方、レベル4以上の割合は約二三%から約二四%でほぼ維持された。
数的思考力では、低習熟層は約八%から約九%と大きく変わらなかった一方、レベル4以上は約一九%から約二五%へ増加した。
つまり、
平均が維持された。
ことと、
分布構造が維持された。
ことは同じではない。
PIAACを読む際には、最低でも、
平均
中央値
標準偏差
分位点
レベル1以下の割合
レベル4以上の割合
上位層と下位層の差
を併記する必要がある。
「平均的な日本人」という一人の人物を、国平均から作り出してはならない。
10 回答率41%をどう評価するか
日本の回答率は41%だった。
この数字だけを見れば、回答者と非回答者が体系的に異なり、平均値が偏っている可能性を疑う必要がある。
たとえば、
読解に自信がない人
長時間労働者
健康状態が悪い人
調査言語に困難がある人
行政調査への不信が強い人
が回答しにくいなら、回答者だけの平均は母集団より高くなる可能性がある。
PIAACは、この問題に対して、
確率抽出
非回答補正
年齢・学歴・就業状態などによる再加重
外部人口統計との比較
非回答バイアス分析
を実施している。
OECDの判定では、日本は非回答バイアス分析上、medium cautionに分類された。
これは、日本のデータが無効であるという意味ではない。
OECDは各国データを公表・国際比較可能と判断している。
ただしmedium cautionは、習熟度推定値が非回答バイアスの影響を受ける可能性について、より慎重に解釈すべきことを意味する。
したがって、
回答率が41%だから調査は無効である。
も、
OECDが補正したから偏りは存在しない。
も、どちらも強すぎる。
妥当な結論は、
日本の平均が参加OECD平均を上回ることは、PIAACの標本設計と推定モデルの範囲内で支持される。ただし、非回答者の未観測特性に由来する不確実性が残るため、絶対的な確定値として扱うべきではない。
である。
11 年齢構成は国平均を動かす
PIAACの対象は十六歳から六十五歳である。
この年齢範囲には、
在学中の若者
卒業直後の就業者
中堅就業者
子育て中の成人
失業者・無業者
定年前後の就業者
退職者
が混在する。
国全体の平均は、概念的には、
[
\bar y_c
\sum_a p_{c,a}\mu_{c,a}
]
として構成される。
(p_{c,a}):国 (c) における年齢層 (a) の人口比率
(\mu_{c,a}):その年齢層の平均技能得点
である。
したがって、各年齢層の技能が同じでも、年齢構成が違えば国平均は変わる。
日本では、五十五歳から六十五歳の読解力は、二十五歳から三十四歳より約三三点低かった。OECDも、年齢差には加齢だけでなく、各世代が経験した教育の量・質の差が含まれると説明している。
ただし、この差をそのまま、
年を取ると読解力が三三点低下する。
と解釈してはならない。
12 年齢差に混在する四つの効果
年齢層間の得点差には、少なくとも四つの要因が混在する。
加齢効果
同じ個人の処理速度、記憶、技能が、年齢とともに変化すること。
コーホート効果
現在の六十代と二十代が、異なる学校制度、進学率、家庭環境、雇用制度を経験していること。
時代効果
デジタル化、景気、雇用、感染症流行など、調査時点の条件が全世代へ作用すること。
技能使用効果
職場や日常生活で、文章、計算、問題解決を使用する頻度が異なること。
とりわけ、
年齢調査時点-出生年
という完全な関係があるため、追加の仮定なしに、年齢効果・時代効果・コーホート効果を完全に分離することはできない。
これは単に標本数が少ないという問題ではなく、年齢―時代―コーホートの構造的な識別問題である。
13 「同じ世代が29点低下した」の意味
OECDは、第一周期で四十四歳から五十四歳だった出生年範囲と、第二周期で五十五歳から六十五歳になった同じ出生年範囲を比較し、読解力に約二九点の低下があったと報告している。
ただし、これは同じ個人を十一年間追跡したパネル調査ではない。
正確には、
同じ出生年範囲を代表する、二時点の独立標本の平均に約二九点の差が観測された。
という意味である。
差の候補には、
個人の加齢
世代内部の学歴構成
就業者・退職者構成
選択的死亡
国内外の移動
調査不能者の構成
測定項目の周期間接続誤差
などが含まれる。
また、第二周期で導入されたdoorstep interviewの対象者は、第一周期との比較可能性を確保するため、周期間比較から除外することがOECDによって推奨されている。
したがって、
退職すると読解力が二九点落ちる。
とも、
日本の学校教育が昔より良くなったため高齢者が低い。
とも、この比較だけからは言えない。
14 学歴構成も国平均を動かす
高学歴者は、PIAACで平均的に高い得点を示す。
日本の二十五歳から六十五歳では、読解力について、
高等教育修了者は高校段階修了者より約三四点高い
高校段階修了者は高校未修了者より約五三点高い
という差があった。
日本は、高等教育修了者の比率も高い。
二十五歳から六十四歳の高等教育修了率は57%で、OECD平均の42%を上回る。
二十五歳から三十四歳では、日本が66%、OECD平均が48%である。
したがって、日本の国平均が高い理由の一部は、
各学歴層の技能が高い。
ことだけでなく、
高得点になりやすい高等教育修了層が、人口中に多い。
ことによって説明される。
しかし、学歴構成だけで日本と参加OECD平均との差のすべてを説明できるわけではない。
同じ学歴層でも国差が残る。
OECDの日本国別資料では、日本の高校段階修了者の読解力が、チリの高等教育修了者を上回る例が示されている。
資格名称と実際の技能は、国境を越えて一対一に対応しない。
15 「学歴構成で約5点」という計算の限界
説明用の思考実験として、
日本の高等教育修了率がOECD平均より一五ポイント高い
高等教育修了者と高校段階修了者の読解差が三四点
と置けば、
[
0.15\times34
\simeq5
]
となる。
この計算からは、
高等教育修了者の多さだけで、約二九点の平均との差すべてを説明するのは難しそうである。
という規模感は得られる。
ただし、これは正式な統計分解ではない。
この計算は、
学歴をほぼ二群として扱う
学歴群内平均が各国で同じと仮定する
年齢と学歴の関連を無視する
高校未修了層を無視する
調査年・対象母集団の違いを無視する
標本ウェイトを使わない
という強い仮定に依存する。
したがって、この約五点を、
学歴構成の実際の寄与は五点である。
と解釈してはならない。
より厳密には、各国へ共通する年齢・学歴構成を適用して、
[
\bar y_c^{std}\sum_{a,e}
p_{a,e}^{*}\mu_{c,a,e}
]
という標準化平均を計算する必要がある。
ここで、
(p_{a,e}^{*}):共通の年齢・学歴構成
(\mu_{c,a,e}):国ごとの年齢・学歴層別平均
である。
ただし、標準化後にも国差が残ったからといって、それが学校教育の純粋効果になるわけではない。
16 学歴差は大学教育の効果そのものではない
高等教育修了者の得点が高校段階修了者より三四点高いとしても、
大学教育が読解力を三四点上昇させた。
とは言えない。
高等教育へ進学した人は、進学以前から、
初期能力
家庭所得
親の学歴
読書環境
居住地域
健康
学習意欲
入学試験による選抜
が異なる。
卒業後にも、
就職する職業
文章や数値を使う頻度
成人教育への参加
所得
健康状態
デジタル環境
が異なる。
したがって、学歴別得点差は、
大学教育の効果+進学前の選抜+家庭背景+卒業後の職業配分+技能使用機会
の合成結果である。
PIAACは、学歴と技能の関連を示す。
しかし、大学教育の純粋な因果効果を確定する実験ではない。
17 技能使用と技能得点の三つの仮説
PIAACの背景質問票は、職場と日常生活で文章、数値、デジタル情報をどの程度使用しているかを調査する。
技能使用頻度と技能得点には関連がある。
しかし、その関連は少なくとも三つの仮説によって説明できる。
H₁ 職業選抜仮説
高技能→技能を多く使う職業への就職
能力の高い人が、技能使用の多い職業へ選抜される。
H₂ 技能維持仮説
技能使用→技能の維持・発達
文章や数値を日常的に使うことが、技能を維持・発達させる。
H₃ 共通原因仮説
教育・健康・所得・家庭背景→技能得点と技能使用
第三の要因が、高い技能と多い技能使用の双方を生み出す。
横断調査だけでは、この三経路の相対的な寄与を一意に分けられない。
したがって、
技能を使うから能力が高くなる。
とも、
能力が高いから技能を使う職業に就くだけである。
とも、一方向には決められない。
妥当な記述は、
技能使用頻度と技能得点には関連があるが、職業選抜、技能使用による維持、第三変数の影響が併存している。
である。
18 「日本人の三分の一は日本語が読めない」の誤り
PIAACの低習熟層を、
日本語が読めない人
と言い換えることはできない。
第二周期の日本では、読解力レベル1以下の成人は約一〇%だった。
レベル1の成人は、短い文章や整理された一覧から、明示された情報を見つけ、関連箇所を特定できる。
レベル1未満でも、短く単純な文章を理解できる場合がある。
困難になるのは、
長い文章の統合
暗黙の推論
複数資料の比較
競合する情報の処理
主張の信頼性評価
である。
したがってPIAACは、
読める/読めない
という二値検査ではない。
また、PIAACの低習熟と「機能的非識字」は同義ではない。
機能性は、
読む文書
職業
行政制度
領域知識
支援環境
社会が要求する複雑さ
によって変わる。
同じ人が、日常的なメッセージは理解できても、
保険契約
医療統計
就業規則
行政手続
複雑なAI回答
では重大な困難を持つことがある。
PIAAC低習熟は、機能的困難を考える一つの指標にはなる。
しかし、非識字と直接同一視してはならない。
19 「パソコンを使える人は一割」の誤り
第一周期のPIAACには、「技術環境下での問題解決能力」という領域があった。
その上位層が少なかったことを根拠に、
日本でパソコンを使える人は一割しかいない。
と説明されることがある。
これは誤りである。
測定されたのは、
電子メール
ウェブページ
ファイル
表計算
複数画面の情報
を組み合わせ、目的に応じて複数段階の問題を解く能力だった。
電源を入れる。
文字を入力する。
メールを送る。
ウェブサイトを見る。
といった基本操作の可否ではない。
第二周期では、この領域は適応的問題解決能力へ再編された。
区別すべきなのは、
機器を操作できる
画面上の情報を探せる
複数資料を統合できる
状況の変化へ対応できる
情報の信頼性を評価できる
という異なる技能である。
スマートフォンを日常的に使うことと、複雑なデジタル情報を検証できることは同じではない。
20 PIAACから何が言えるか
PIAACから比較的強く言えるのは、次のことである。
日本の十六歳から六十五歳人口は、読解力、数的思考力、適応的問題解決能力について、参加OECD諸国・地域の平均より高得点側に位置する。
日本では低習熟層の割合が、参加OECD平均より小さい。
日本には高習熟層も相当数存在する。
成人技能には、年齢、学歴、家庭背景、就業状態による差がある。
成人技能は、学校教育だけでなく、職業、技能使用、成人学習などと関連する。
日本の平均は第一周期から概ね維持されたが、読解力では低習熟層が増え、数的思考力では高習熟層が増えた。
日本の高い平均は、単なる標本の偶然とは考えにくいが、非回答バイアスに関する留保は残る。
日本とアメリカでは、PIAAC第二周期のBig Five調査は実施されなかった。
21 PIAACから何が言えないか
PIAACだけから、次の結論を出すことはできない。
日本の学校教育は、他国より二九点優れている。
日本人一人ひとりが、他国の人より読解力が高い。
高学歴者の高得点は、すべて大学教育の効果である。
高齢者の低得点は、すべて加齢または退職の結果である。
レベル1以下の成人は、日本語が読めない。
技術問題解決の上位層だけが、パソコンを使える。
技能を多く使えば、必ず技能が向上する。
日本人のBig Five特性を、PIAACから推定できる。
PIAACが国民の知能や本質的能力を順位づけしている。
PIAACは、単一の因果関係を確定する実験ではない。
人口構成と社会経験を含んだ、横断的な技能分布の調査である。
22 三類型レンズで整理する

A型――規約・操作的定義
PIAACには、測定目的に応じて設定された規約がある。
読解力の定義
数的思考力の定義
適応的問題解決能力の定義
習熟水準の閾値
学歴分類
OECD平均の構成方法
plausible valuesの生成モデル
どの設問を尺度へ含めるか
これらは、自然界に最初から存在する境界ではない。
ただし、規約依存だから無意味なのではない。
測定目的に照らして、信頼性、妥当性、比較可能性を検証できる制度設計である。
外部制約・測定上の不確実性
次の問題は重要だが、それ自体は定理的不能ではない。
回答率
標本数
非回答者
翻訳
調査言語
タブレット操作
doorstep interview
周期間のリンク誤差
年齢・学歴構成
公開データの制約
これらは、追加調査、再加重、感度分析、標準化、別の測定モデルによって影響を評価できる。
したがって、強い制約ではあるが、すべてをB型へ入れるべきではない。
B型――構造的非識別
最も明確なB型は、年齢―時代―コーホート問題である。
年齢時代-出生年
という完全な関係があるため、追加仮定なしには三つの効果を一意に分離できない。
一方、
学歴効果と進学選抜
技能使用効果と職業選抜
学校効果と家庭・塾効果
については、PIAACの横断設計だけでは識別できない。
ただし、これらは永久に解けない定理的不能ではない。
縦断調査、自然実験、制度変更、操作変数など、別の研究設計によって識別可能になる場合がある。
したがって、
現行のPIAACデータに相対的な非同定
と呼ぶ方が正確である。
第三型――測定による対象形成
PIAACの分類は、対象を記述するだけではない。
「低習熟者」という政策対象を作る
成人教育の重点集団を決める
学歴と技能の対応関係を再評価する
国の教育政策を正当化・批判する材料になる
個人や集団の自己理解を変える
可能性がある。
とりわけ、
日本は高得点国である。
という言説は、日本の技能形成を肯定的に評価する根拠になる。
同時に、国内の低習熟層や格差拡大を見えにくくする可能性もある。
ただし、後者は本稿で実証された事実ではない。
今後検証すべき遂行的効果である。
したがって、
実際に確認できる測定の効果
と、
測定結果が制度利用された場合に生じうる効果
を区別しなければならない。
23 H₁とH₂の接続
PIAACをめぐる誤読は、認識上の問題だけでも、人口構成だけでも説明できない。
H₁――認識・言語・測定モデル
読解力をどう定義するか
低習熟をどこで区切るか
平均をどう解釈するか
OECD平均を世界平均と誤認するか
国平均を個人能力へ読み替えるか
相関を因果へ読み替えるか
H₂――物質・人口・制度過程
年齢構成
学歴構成
家庭資源
職業配分
技能使用機会
成人教育
非回答
調査言語
測定機器
データ公開仕様
PIAACの数値は、H₂の人口・制度過程を、H₁の測定モデルによって可視化したものである。
測定モデル 社会的解釈
人口・制度構造 → 技能分布 → 「日本人の能力」という物語
この物語が教育政策、職業訓練、自己理解を変えれば、第三型の遂行的回路が成立する。
結論 日本の高得点は支持されるが、その原因は一つではない
PIAACで、日本の成人技能平均が参加OECD諸国・地域の平均を上回ることは、標本調査と測定モデルの範囲内で支持される。
この結果を、
単なる偶然である。
として退ける必要はない。
しかし、
日本の学校教育が世界一優秀だからである。
と単純化することもできない。
日本の国平均には、
年齢構成
学歴構成
家庭背景
進学選抜
学校外教育
職業配分
技能使用
成人学習
加齢
非回答
測定設計
が重なっている。
PIAACが示すのは、学校卒業時の能力ではない。
ある社会が、学校、家庭、職場、成人教育、生活環境を通じて、成人の情報処理技能をどのように形成し、維持し、失わせ、分配しているかの断面
である。
また、PIAAC第二周期では、多くの参加国がBig Five系の社会情動的特性調査を実施したが、日本とアメリカ合衆国は実施しなかった。
したがって、PIAACを根拠として、日本人やアメリカ人のBig Five特性を論じることはできない。
日本の結果を正確に表現するなら、次のようになる。
日本の十六歳から六十五歳人口は、PIAACが測定する読解力、数的思考力、適応的問題解決能力について、参加OECD諸国・地域の平均より高得点側に位置している。この差は統計的に有意で、単なる数点差でもない。しかし、国平均には年齢、学歴、就業、家庭背景、技能使用などの構成差が含まれており、日本の学校教育単体の因果効果を示すものではない。日本の回答率は41%で、非回答バイアス分析上medium cautionとされており、未観測の非回答者に由来する不確実性も残る。低習熟は非識字と同義ではなく、適応的問題解決能力は基本的なパソコン操作の可否を測る尺度でもない。
PIAACは、日本人が本質的に優秀であることを証明する国民性検査でも、日本人の多くが読めないことを暴露する絶望統計でもない。
それは、成人技能をめぐる平均、分布、格差、維持、使用、制度的条件を検討するための測定装置である。
重要なのは順位ではない。
誰が、どの年齢・学歴・職業・家庭背景のもとで、どの技能を保持し、どこで失い、どの制度によって再学習の機会を与えられているのか。
を読むことである。
リンク集
PIAACとは
先進国の学習到達度調査PIAAC(ピアック)は、16歳から65歳の成人を対象として、仕事に必要な読解力、数的思考能力、ITを活用した問題解決能力を測定したものです。
PIAACの問題はこんなの
あなたは解けますか?
この問題、あなたは解けますか?
— 文春オンライン (@bunshun_online) February 18, 2019
言ってはいけない!「日本人の3分の1は日本語が読めない」https://t.co/fRHTcMEWIS pic.twitter.com/EO0Po9yGE6
今ビス丸が一番読みたい本、橘玲さんの著書「事実vs本能」の話題がまわってきた。PIAACの結果は割と前から言われてて数的思考力の平均は基本的にかなり低い。この問題も当時全国の高校生の正答率27%とその低さが話題になった。#橘玲 #事実vs本能 #PIAAC pic.twitter.com/XUZJ1YIyao
— ビス丸くん (@AG20B) August 1, 2019
PIAACの結果
先進国の成人の48.8%(日本1/3)は読解力がない
先進国の成人の52%(日本1/3)は小学校3~4年生の算数力しかない
先進国の成人のうち、パソコンを使った基本的な仕事ができるのは5.8%しかいない
そして日本は1位。
・日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。
— 文春オンライン (@bunshun_online) February 16, 2019
・日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない。
・パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。
・65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない。@ak_tchhttps://t.co/fRHTcMEWIS
画像にPIAACとあるから検索かけると、以下のOECD・文科省の調査結果が出る。https://t.co/ESA5SB4XTZ
— ab(エビ🦐🍤)さん つみたて♡にーちゅ (@ab_c_san) August 13, 2019
レベルはWikiが分かりやすい。https://t.co/qUSpFAORGv
結果を見ると、日本は読解力・数的思考力で1位だが、ITが弱い。
そして、元ツイの通り、実はレベル2以下がかなりいることがわかる。 pic.twitter.com/KrG8Xk9YGM
・日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。
— 文春オンライン (@bunshun_online) February 16, 2019
・日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない。
・パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。
・65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない。@ak_tchhttps://t.co/fRHTcMEWIS
読解できない機能的非識字
文章を読めない子どもが増えているという。読解力不足の難しさは、どこで躓いているかを子ども自身が言語化できない点にある。教える側もどう教えて良いかが分からないため「たくさん読め」「色々読め」といった物量論や精神論になりがちだ。本書はその問題解決に革命的な手がかりを与える。それが👉… pic.twitter.com/eO9atTAEr2
— 正木伸城 (@nobushiromasaki) January 25, 2026
学校で習ったことは忘れてしまいます
もったいないですね。
教育とは、学校で習ったすべてのことを忘れてしまった後に、自分の中に残るものをいう。そして、その力を社会が直面する諸問題の解決に役立たせるべく、自ら考え行動できる人間をつくること、それが教育の目的といえよう。
— アインシュタイン名言集 (@Einstein_ja) April 11, 2012
