目的・目標・手段は一本の階段ではない——直線・木・多層ネットワークから組み直す構造論
第2稿

第3稿

目的・目標・手段は一本の階段ではない
——直線・木・多層ネットワークから組み直す構造論
はじめに——「目的を決め、目標を立て、手段を選ぶ」は間違いなのか
日本人は計画を説明するとき、しばしば次のように言う。
まず目的を明確にする。
目的を実現するために目標を設定する。
目標を達成するために手段を選ぶ。
会社なら、事業の目的を定め、売上や顧客数を目標にし、商品開発や広告を手段として実行する。
学校なら、教育目的を定め、学習目標を設定し、授業や教材を手段として用いる。
個人なら、健康に暮らすことを目的とし、運動回数や睡眠時間を目標にして、歩行、食事調整、生活時間の変更などを手段として選ぶ。
この説明は間違いではない。
むしろ、行動を始めるには必要である。
しかし、これは現実の目的構造をそのまま写した図ではない。複数の関係を切り落とし、実行に必要な部分だけを並べた局所的な簡略図である。
現実には、次のことが起きる。
一つの目的から複数の目標が生じる。
一つの目標が複数の目的に寄与する。
一つの目標に複数の手段がある。
一つの手段が複数の目標を同時に動かす。
ある目標を進める手段が、別の目標を損なう。
上位から見れば手段であるものが、下位から見れば目標になる。
測りやすい目標が、測りにくい目的を乗っ取る。
組織や制度という手段が、その存続を独自の目的にする。
目標や測定技術が、もともとの目的の意味を変える。
したがって、目的・目標・手段は、世界の中に三種類の物として分けて置かれているわけではない。
それらは、ある行為や状態が、誰にとって、何との関係で、どの階層で、どの時間幅において、どのような役割を果たすかを示す概念である。
本稿では、目的・目標・手段の構造を、次の順に組み直す。
日本語と英語の語彙座標
目的・意図・理由・機能・原因の分離
直線モデル
木構造モデル
認知上の目標ネットワーク
制度・物質上のネットワーク
診断ネットワークと実行モデルの二層化
指標による目的の変容
手段・目標・組織の自己目的化
時間による目的系の更新
ただし、最初に範囲を限定する。
本稿が扱うのは、人間や組織が言語化し、計画し、正当化し、評価する際に外化される目的系である。
人間の行動を実際に生じさせた原因全体を扱うものではない。
身体状態、情動、習慣、環境刺激、過去の学習、社会的圧力、非意識的処理などは、本人が語る目的や目標だけでは尽くせない。この問題は第3稿で扱う。
1 日本語の「目的」と「目標」は何が違うのか
日本語では、目的と目標の違いが次のように説明されることが多い。
目的は抽象的で、目標は具体的である。
目的は長期的で、目標は短期的である。
目的は最終地点で、目標は途中の通過点である。
目的は理念で、目標は数値である。
これらは実務上の整理としては使える。
しかし、普遍的な定義ではない。
「人生の目標」は長期的で抽象的である。「今年中に本を書く」は具体的で短期的だが、目的とも目標とも呼べる。「世界平和」は「最終目標」とも表現される。
したがって、
目的=抽象・長期・最終
目標=具体・短期・途中
という二分法だけでは足りない。
日本語の「目標」には、もともと目印、標的、目指す地点という空間的・身体的な語感がある。
「目的」は、「何を目指すか」だけでなく、「何のためか」という価値的・実践的な方向づけを表しやすい。
この違いを暫定的に書けば、次のようになる。
目的:なぜその方向を望ましいとするのか。
目標:どの状態へ到達・接近しようとするのか。
手段:現在状態から目標状態へどう移ろうとするのか。
しかし、この区別も固定的ではない。
「資格取得」は、就職から見れば手段である。試験勉強から見れば目標である。資格を保持すること自体が社会的価値や身分と結びつく制度では、目的として扱われる場合もある。
したがって、「資格取得は目的か手段か」という問いには、文脈なしでは答えられない。
正確な問いは、
誰にとって、何との関係で、どの範囲において、資格取得は目的・目標・手段のどの役割を果たしているか。
である。
2 英語は目的・目標を一語では表さない
日本語の「目的」「目標」に相当する領域は、英語では複数の語に分かれる。

英語 典型的に焦点となるもの 日本語訳の候補
purpose 何のために行う・存在するのか 目的、趣旨
goal 努力が向かう到達状態 目標、目的
objective 計画上の具体的達成事項 目標、目的
target 狙われる標的、数値・期限付き到達点 目標、目標値
aim 狙い、方向づけ 狙い、目的、目標
end 行為の終点、それ自体として望まれるもの 目的、終局
intention 行為者が何をしようとしているか 意図
function 何がどのような働きを果たしているか 機能
value 何を望ましいと評価するか 価値
means 目的や目標へ至るために用いられるもの 手段
しかし、
目的=purpose
目標=goal
という一対一対応は成立しない。
同じgoalが日本語では目的とも目標とも訳される。objectiveも分野によって目的・目標の双方になりうる。aimは方向を表すことも、到達点を表すこともある。
石部統久の既存稿では、この複数語を「正しい英語訳の一覧」としてではなく、日本語の「目的/目標」という二分法によって畳み込まれた観点を外部から呼び戻すための語彙座標として用いている。英語を真理の設計図とするのではなく、日本語内部の分類を相対化する「出島」として使うという立場である。
図1 語彙座標
日本語「目的」
├─ purpose 何のためか
├─ end 行為の終点・それ自体として望むもの
├─ aim 狙い・方向
├─ goal 到達したい状態
└─ objective 計画上の達成事項
日本語「目標」
├─ goal 到達状態
├─ objective 具体的達成事項
├─ target 数値・期限・標的
├─ aim 狙い
└─ milestone 中間到達点
この図は辞書的な翻訳対応表ではない。
同じ現象を、どの観点から切り取るかを示す座標図である。
3 目的・意図・理由・正当化・機能・原因を分ける
目的を考える際に最も混線しやすいのは、「なぜ」という問いである。
「なぜその行動をしたのか」には、少なくとも次の異なる問いが含まれる。
区分 問い 例
目的 何を実現しようとしたか 健康を保つため
意図 何をしようとしていたか 今朝走ろうとした
理由 本人はどう説明するか 運動不足だと思ったから
正当化 なぜ許容・支持されるべきか 健康増進は望ましいから
機能 実際にどの働きを果たしたか 気分転換になった
原因 何が行動を生じさせたか 習慣、友人の誘い、身体状態
これらは一致する場合もあるが、同一ではない。
「公共の利益のため」と表明された制度が、実際には特定組織の予算維持に機能することがある。
「健康のために走った」という本人の説明があっても、実際に走り始めた契機には習慣、競争心、他者の評価、身体感覚などが作用しているかもしれない。
逆に、ある制度が社会的機能を果たしていても、それが設計者の目的だったとは限らない。
したがって、本稿では「目的」を次のように限定する。
目的とは、特定の行為者または制度が、行為や状態を方向づけるものとして表明・採用する、価値的・実践的な望ましさである。
制度の実際の機能、行為の原因、本人の意図、行為の正当化は、目的と関連しうるが、別の項目として扱う。
4 目的・目標・手段の暫定定義
目的
特定の方向や状態を、なぜ望ましいものとして採用するのかを示す価値的・実践的方向づけ。
目的は、必ずしも達成して終了する一点ではない。
「健康に生きる」「自由を保障する」「知識を増やす」「安全を維持する」のように、継続的に方向を与えるものも目的である。
目標
目的との関係で選択された、到達・接近・確認・評価の対象となる状態。
目標は、目的を行為可能な形へ変える。
ただし、目的そのものを完全に表すとは限らない。
手段
現在状態から目標状態への移行に寄与すると、行為者が想定して選択する行為・制度・資源・方法。
ここで重要なのは、
手段として選ばれた
≠
実際に有効だった
という点である。
道路を広げれば渋滞が減ると行政が想定しても、実際には交通量を増やし、長期的には渋滞が戻るかもしれない。
あるものが「手段」として位置づけられていることは、その因果的効果が確認されたことを意味しない。
5 直線モデル——局所的な実行図
最も単純なモデルは、目的・目標・手段を直線に並べる。
図2 直線モデル
目的
何のために行うのか
↓
目標
どの状態を目指すのか
↓
手段
どう移行しようとするのか
↓
活動
実際に何を行ったか
↓
結果
何が起きたか
たとえば交通政策なら、
目的
安全かつ自由に移動できる地域を作る
↓
目標
交通事故を5年間で20%減らす
↓
手段
道路改修・速度規制・教育・公共交通整備
↓
活動
工事・取締り・広報・運行
↓
結果
事故件数・移動時間・利用行動の変化
直線モデルには明確な利点がある。
説明しやすい。
担当を決めやすい。
期限を設定しやすい。
進捗を確認しやすい。
手段の実施を目的達成と混同しにくい。
行動を開始しやすい。
直線モデルを使うこと自体が問題なのではない。
問題は、それが現実全体を表した図であると誤認することである。
たとえば、交通事故を減らすという目標は、道路を閉鎖すれば達成できるかもしれない。
しかし、それでは「安全かつ自由に移動できる」という目的のうち、自由な移動が失われる。
したがって、
目標達成
≠
目的実現
である。
目標は目的の一部を操作可能にしたものにすぎず、目標を達成しても、目的全体に失敗することがある。
6 結果を一語にまとめない
直線モデルでは、「結果」が一項にまとめられがちである。
しかし、政策・教育・研究・医療などでは、少なくとも次を区別する必要がある。
投入 input
↓
活動 activity
↓
産出 output
↓
短期成果 outcome
↓
長期影響 impact
↘
副作用・分配効果
たとえば職業訓練なら、
投入:予算、人員、施設
活動:研修を実施する
産出:受講者数、講義時間
短期成果:技能テストの改善
中長期影響:就業、所得、生活安定
副作用:既存労働者との競合、無償研修負担
分配効果:誰が利益を得て、誰が費用を負担するか
となる。
研修を百回実施したことは活動量であって、生活安定という目的が実現したことを意味しない。
Theory of Changeは、活動から成果・影響へ至る経路だけでなく、その間に置かれた仮定、リスク、文脈、必要条件を外化する方法として用いられる。英国政府のガイダンスも、介入の行動、想定、証拠、リスク、成功条件を明示し、状況に応じて更新することを重視している。
7 目標は目的の「翻訳装置」である
目的と目標の関係を、単なる上下関係として理解すると重要な点が抜ける。
目標は、目的を小さく切り分けただけではない。
目標は、抽象的・価値的な目的を、行為・観測・評価可能な状態へ翻訳する装置である。
たとえば、
教育の質を高める
という目的がある。
このままでは、何を実施し、何を観測すれば成功なのかが分からない。
そこで、
読解力を高める。
学習継続率を高める。
授業参加を増やす。
教員の負担を減らす。
生徒が問いを立てられるようにする。
卒業後の就業率を高める。
などの目標へ変換される。
しかし、どの目標を採用するかによって、「教育の質」の意味が変わる。
試験得点を中心目標にすれば、教育の質は得点上昇として可視化される。
就職率を中心目標にすれば、教育の質は労働市場への移行能力として可視化される。
問いを立てる能力を中心目標にすれば、教育の質は探究能力として可視化される。
目標は目的を中立的に縮小するのではない。
目的の特定側面を選び、他の側面を背景へ退ける。
したがって、
目標は目的を翻訳すると同時に、目的を選択的に構成する。
より慎重に言えば、有限個の目標や指標へ変換することで、目的の一部が強調され、他の側面が不可視化される可能性が高い。
「目標化では必ず情報が失われる」という定理があるわけではない。
しかし、目的が複合的であるほど、一つの目標が目的全体を代表する可能性は低くなる。
8 直線から木構造へ
一つの目的には、通常、複数の目標がある。
一つの目標も、複数の下位目標や活動へ分解できる。

図3 木構造モデル
目的:よく生きられる生活を維持する
│
├─ 目標A:身体的健康を維持する
│ ├─ 目標A1:睡眠を安定させる
│ │ ├─ 手段:就寝時間を調整する
│ │ └─ 手段:夜間の光刺激を減らす
│ ├─ 目標A2:身体活動を維持する
│ │ ├─ 手段:歩行する
│ │ └─ 手段:運動習慣を作る
│ └─ 目標A3:医療へ接続する
│ ├─ 手段:定期検診
│ └─ 手段:情報を取得する
│
├─ 目標B:生活基盤を安定させる
│ ├─ 目標B1:収入を確保する
│ ├─ 目標B2:住居を確保する
│ └─ 目標B3:生活上の危険を減らす
│
└─ 目標C:他者との関係を維持する
├─ 目標C1:家族との交流
├─ 目標C2:友人との交流
└─ 目標C3:地域活動への参加
木構造は、上位目的を作業可能な単位へ分解するのに向いている。
ハーバート・サイモンは、目的と手段が階層的な連鎖を形成し、ある水準の目的は下位に対して目的であると同時に、上位に対して手段になると論じた。ただし同時に、手段―目的階層は比較選択、価値と事実の分離、時間変数を十分に扱えないという限界も指摘している。
この木構造から、目的・目標・手段の役割相対性が見える。
上位から見れば:手段
同じ階層では:目標
価値的方向から見れば:目的
役割を式の形で書くなら、
Role(x | 行為者, 関係, 階層, 時間範囲)
となる。
同じ項目でも、条件が変われば役割が変わる。
9 木構造では足りない
木構造では、通常、一つのノードは一つの親ノードに接続する。
しかし現実には、一つの行為が複数の目的や目標に接続する。
たとえば散歩は、
身体活動を増やす。
睡眠を改善する。
気分転換になる。
友人との交流になる。
地域を知る。
写真や文章の題材を得る。
という複数の働きを持ちうる。
反対に、健康という目的も散歩だけでは実現しない。
食事、睡眠、住居、医療、所得、労働時間、社会関係などが関与する。
さらに、散歩が健康には寄与しても、過度に時間を使えば仕事や休息を妨げる可能性がある。
この構造は、枝分かれだけでなく、枝同士の再接続、競合、阻害を含む。
したがって、目的系をネットワークとして捉える必要がある。
ただし、ここで注意が必要である。
「ネットワーク」は一種類ではない。
10 認知上の目標ネットワーク
Goal Systems Theoryは、個人の認知・動機の中で、目標と手段がどのように結びついているかを扱う。
2002年の理論では、目標と手段を孤立した一対一関係ではなく、認知的連結を持つシステムとして捉え、複数手段が同じ目標へ接続するequifinalityと、一つの手段が複数目標へ接続するmultifinalityなどを分析した。
等結果性・equifinality
複数の手段が、同一の目標へ接続する。
新幹線 ─┐
飛行機 ─┼→ 大阪へ移動する
自動車 ─┤
夜行バス┘
多結果性・multifinality
一つの手段が、複数の目標へ接続する。
→ 健康
運動する ──────→ 交流
→ 娯楽
→ 睡眠改善
→ 自己評価
反目標性・counterfinality
一つの手段がある目標に寄与しながら、別の目標を損なう。
長時間労働
├→ 短期収入
├→ 納期達成
└⊣ 睡眠・健康・家族関係
counterfinalityを含む三構成の明示的な整理は、2015年の後続的な目標システム論で提示されている。三概念すべてを2002年論文で完成したものとして帰属させるのは正確ではない。
ただし、この理論が主として扱うのは、行為者の内部にある認知・動機上の連結である。
本人が「運動は健康に役立つ」と強く信じていても、実際の運動方法に健康上の効果があるとは限らない。
したがって、
認知的連結
≠
実際の因果効果
である。
11 制度・物質上のネットワーク
組織、政策、教育制度、国家を扱う場合、認知ネットワークだけでは足りない。
必要なのは、
資源
予算
法的権限
組織間依存
評価制度
報酬
制裁
労働時間
技術
身体的負担
結果の分配
を含む制度・物質上のネットワークである。
たとえば大学の目的系には、
学生の学習目的
教員の研究目的
経営組織の存続目的
行政の人材育成目標
企業の採用需要
地域社会の期待
ランキング指標
補助金配分
研究費競争
が接続している。
これらは、個人の頭の中の連想関係ではない。
実際の権限、資源、報酬、契約、制度に支えられた関係である。
したがって、本稿のネットワークは少なくとも四層へ分ける必要がある。
図4 目的系の四層
第1層 語彙・規範層
目的、価値、理由、正当化、公式方針
↓
第2層 認知・動機層
行為者が信じる目標―手段関係
↓
第3層 計画・制御層
担当、期限、数値目標、評価指標
↓
第4層 制度・物質・因果層
資源、権限、行為、身体、実際の結果、副作用
層同士は相互作用するが、同一ではない。
公式目的
≠
本人の動機
≠
計画上の目標
≠
制度の実際の機能
≠
経験的な因果効果
12 ネットワークの矢印にも種類がある
単純なネットワーク図では、すべての矢印が同じに見える。
しかし、「運動→健康」という矢印は、少なくとも次の意味を持ちうる。
本人がそう信じている。
組織がそう説明している。
制度が健康施策として位置づけている。
統計的に関連している。
特定条件下で因果効果が確認されている。
倫理的に望ましいと評価されている。
したがって、目的ネットワークでは、矢印を型分けする必要がある。
意味・分類関係
認知・信念関係
計画上の目的―手段関係
経験的因果関係
制度・権限関係
測定・代理関係
規範・正当化関係
促進関係
阻害関係
また、成果が生じるために複数条件が同時に必要な場合もある。
資金
+
人材
+
法的権限
+
利用者の参加
↓
政策成果
一つずつの矢印が独立に成果を生むわけではない。
ネットワーク図は、因果モデルそのものではない。
どの矢印が因果仮説で、どの矢印が信念や制度上の位置づけなのかを明示しなければならない。

13 ネットワークを完全に描こうとしてはいけない
現実の目的系には、無数の接続がある。
すべての行為者、目的、目標、手段、副作用を完全に列挙することはできない。
仮に列挙できたとしても、実行時にその全体を参照し続ければ意思決定できなくなる。
複雑性を可視化するためのネットワークが、分析麻痺を生む可能性がある。
したがって、
ネットワークが真実で、直線が虚偽である。
という二分法は誤りである。
人間や組織は、有限の時間、情報、認知資源の中で行動する。
目的ネットワークから特定の行為者、課題、期間に必要な接続だけを残し、局所的な木や直線へ単純化しなければならない。
図5 診断層と実行層
多層ネットワーク
目的・利害・副作用・指標・権限
↓
範囲と優先順位を設定
↓
必要な関係を剪定する
↓
局所的な木構造・直線モデル
担当・期限・手段・確認事項
↓
実行
↓
結果をネットワーク診断へ戻す
ここから、三モデルの役割を次のように整理できる。
直線:実行図
木:分解図
ネットワーク:診断図
問題は、単純化することではない。
単純化のために切り落とした関係を、最初から存在しなかったものとして忘却することが問題である。
14 どの場面でネットワーク診断が必要か
次の条件が少ない場合は、直線または木構造でよい。
行為者が少ない。
目的の競合が小さい。
手段と結果の関係が比較的明確である。
副作用が小さい。
結果が早く分かる。
失敗が可逆的である。
指標に大きな報酬や制裁が結びついていない。
たとえば、部屋の照明を点けるためにスイッチを押すという行為に、大規模な目的ネットワーク分析は不要である。
反対に、次の条件が増えればネットワーク診断が必要になる。
複数の行為者の利害が競合する。
目標が予算、昇進、制裁に結びつく。
結果が長期に遅延する。
副作用が別領域に及ぶ。
失敗が不可逆的である。
手段を管理する組織が独自の利害を持つ。
数値指標が実態の代理として使われる。
目的を設定する者と費用を負担する者が異なる。
政策、教育、研究、医療、大規模企業、国家制度では、直線だけでは不十分になりやすい。
15 目標は目的の代理変数になる
複雑な目的は直接測れない場合が多い。
幸福
教育の質
研究力
公共の安全
社会的信頼
自由
人権保障
組織の健全性
そこで、目的の一部を表す指標が選ばれる。
幸福
→ 満足度
教育の質
→ 試験得点
研究力
→ 論文数・引用数
安全
→ 犯罪認知件数
組織成果
→ 売上・利益
この指標に目標値が設定される。
目的
↓
代理指標
↓
数値目標
↓
評価・報酬
しかし、指標は目的そのものではない。
指標問題は少なくとも三種類に分けるべきである。
16 指標問題の第1型——妥当性の欠如
第一は、選ばれた指標が目的を十分に表していない問題である。
研究力 ≠ 論文数
教育の質 ≠ 試験得点
安全 ≠ 犯罪認知件数
健康 ≠ 体重
これは、誰かが不正に指標を操作しなくても発生する。
目的が複数の側面を持つのに、指標が一側面しか表していなければ、指標の改善と目的実現はずれる。
必要なのは、指標を増やせば自動的に解決するということでもない。
指標を増やせば、測定コスト、相互矛盾、責任の曖昧化も増える。
問うべきなのは、
指標は目的のどの側面を表すか。
どの側面を落としているか。
その脱落は許容可能か。
目的と指標の関係は時間とともに変わっていないか。
である。
17 指標問題の第2型——指標への戦略的適応
第二は、指標が報酬、予算、昇進、制裁に結びつくことで、行為者が目的よりも指標を最適化する問題である。
Goodhartが1975年に述べた問題は、政策による制御圧力が統計的関係を崩すという金融政策上の文脈にあった。社会指標一般については、Campbellが1979年に、定量指標を意思決定に強く用いるほど腐敗圧力を受け、監視対象の過程を歪めやすくなると論じた。現在広く知られる「測定値が目標になると、よい測定値でなくなる」という形は、Strathernによる監査社会・大学評価の議論を通じて一般化された表現である。
例を挙げる。
論文数で評価すれば、論文の分割投稿が増える。
手術件数で評価すれば、必要性の低い手術を増やす誘因が生じる。
逮捕件数で評価すれば、容易に逮捕できる対象へ資源が集中する。
就職率で評価すれば、就職が困難な学生を対象から外す誘因が生じる。
これは単なる「不正な人」の問題ではない。
制度が指標達成へ報酬を与えるなら、指標適応は制度に対する局所的合理性を持つ。
目的とのずれを生み出しているのは、個人の人格だけではなく、指標、報酬、権限、競争を結びつけた制度である。
18 指標問題の第3型——目標が対象を作り替える
第三は、指標が既存の対象を不正確に測るだけでなく、対象そのものを変える問題である。
ランキングが導入されれば、大学はランキング項目に合わせて資源を配分する。
引用指標が重要になれば、研究者は引用されやすい問題、流行分野、論文形式を選ぶ。
歩数計が普及すれば、運動が「身体を動かして楽しむこと」から「一定歩数を達成すること」へ再定義される場合がある。
EspelandとSauderは、ロースクールランキングを対象に、公開測定が組織の認識、資源配分、行動を変え、測定対象となる社会世界そのものを再構成する現象をreactivityとして分析した。
これは、単なる測定誤差でも、指標攻略でもない。
目的を測る
↓
指標が設定される
↓
人々が指標に適応する
↓
対象の行動と意味が変わる
↓
目的そのものが再解釈される
したがって、目標設定は観測であると同時に介入である。
この意味で目標は、目的を表現するだけでなく、目的を遂行的に構成する。
19 手段や目標の「自己目的化」は一種類ではない
「手段が目的化した」と批判するだけでは、複数の現象を混同する。
少なくとも四種類に分ける必要がある。
1 規則・手続の目的化
本来は目的を実現するための規則や手続が、それ自体で守るべき価値になる。
Mertonは、官僚制が技術的には予測可能性と効率性を高める一方、規則遵守が本来の目的から転位し、形式主義や硬直化を生む可能性を論じた。
公共目的
↓
規則を作る
↓
規則遵守を評価する
↓
規則を守ることが目的になる
↓
公共目的が妨げられる
2 組織存続の目的化
組織には人員、予算、権限、雇用、専門的地位、取引関係が蓄積する。
その結果、当初の公共目的とは別に、
組織を存続させること
が多数の人にとって現実的な目的になる。
これは、単に「初心を忘れた」のではない。
手段の周囲に物質的・制度的利害が形成された結果である。
3 活動の機能的自律
当初は別の目的の手段だった活動が、技能、楽しみ、所属、誇り、自己同一性を生み、その活動自体が目的になる。
健康のために始めた武術が、それ自体の技芸的探究になる。
仕事のために始めた研究が、知ること自体の楽しみになる。
これは必ずしも病理ではない。
4 目的の継承・更新
当初の目的が達成されたり、環境変化で意味を失ったりした後、組織が別の目的へ移行する場合がある。
これも直ちに「目的転位」として否定できない。
重要なのは、
新しい目的を誰が決めたか。
旧組織の存続を正当化するためだけではないか。
新目的に必要な能力と正統性があるか。
費用を負担する者が意思決定に参加しているか。
である。
20 誰の目的、誰の目標なのか
目的系は、単一主体の頭の中だけで完結しない。
会社には、
株主
経営者
従業員
顧客
取引先
地域社会
国家
の目的がある。
学校には、
生徒
保護者
教員
学校経営
行政
大学
企業
の目的がある。
国家政策には、
政府の政策目標
官僚組織の運用目標
政党の選挙目標
産業界の利益
国民の生活目的
国際関係上の制約
が接続している。
したがって、「社会全体の目的」「組織の目的」という表現は、複数の目的を一つに束ねている可能性がある。
上位目的は、論理的に自動決定されるわけではない。
国家目的が個人目的より規模が大きいからといって、自動的に上位になるわけではない。
会社の存続が従業員の健康より上位であることも、論理的には導けない。
何を上位目的とみなすかは、
決定権
資源配分権
評価権
発言権
費用転嫁能力
によって決まる。
目的階層は論理図であると同時に、権力配置図でもある。
21 目標は目的からだけ生まれるとは限らない
通常は、
目的 → 目標
と考える。
しかし、現実には逆方向もある。
組織が先に「売上を10%増やす」という数値目標を設定し、それを正当化する目的物語を後から作ることがある。
測定技術が登場したことで、それまで存在しなかった目標が生じる場合もある。
測定技術
↓
測定可能な指標
↓
数値目標
↓
行動変化
↓
目的の再解釈
目標は、目的の子どもであるだけではない。
目標が目的を作ることもある。
デューイは、目的を最初から固定して手段だけを選ぶ考え方を退け、手段の費用や結果を検討する過程で目的そのものも再評価・修正されると論じた。目的と手段を連続的な探究過程として捉えるこの視点は、本稿の構造論に直接接続する。
詳細な哲学的位置づけは第2稿で扱うが、第1稿の段階でも、目的から目標・手段へ一方向に流れるだけではないことは確認しておく必要がある。
22 目的系は時間とともに更新される
ここまでの図は、目的系の静止画である。
しかし、実際には、目的、目標、手段、指標、行為者の利害は時間とともに変化する。
図6 最小時間発展モデル
時点tの目的
↓
時点tの目標
↓
手段の選択
↓
活動
↓
結果・副作用
↓
指標による観測
↓
報酬・資源・権限の変化
↓
次時点の目的・目標・手段
↺
簡略化して書けば、
次の目的系
=
現在の目的系
+介入
+結果
+副作用
+外部変化
+制度的報酬
となる。
目標を達成すれば、次の目標が生じる。
失敗すれば、手段だけでなく目的そのものが再検討される。
手段として導入した組織が力を持てば、組織存続が新しい目的になる。
測定技術が変われば、観測可能な目標も変わる。
この動的システムの詳細は第3稿で扱う。
第1稿では、目的ネットワークが固定した地図ではなく、観測と介入によって更新される地図であることを確認する。
23 三類型レンズで整理する
A型——規約・流儀の問題
次の区分は、分野や言語共同体の流儀に依存する。
purposeとgoalの区別
goalとobjectiveの階層
目的を上位、目標を下位に置く構成
targetを数値目標に限定する用法
組織内での目標管理様式
これらには唯一の普遍的定義があるわけではない。
したがって、用語を使うときは、どの分野の流儀を採用しているかを明示すべきである。
B型——現段階では定理的不能を主張しない
目的系を完全に記述できない、目標化では必ず情報が失われる、といった強い不能命題は、本稿では証明していない。
ただし、実践的限界はある。
認知資源は有限である。
将来結果を完全には予測できない。
他者の目的を完全には観測できない。
全接続を調査すればコストが増大する。
測定は対象を変える場合がある。
したがって、完全記述ではなく、目的に応じて範囲を限定した暫定模型を作る。
第三型——遂行的構成
本稿で最も重要なのは第三型である。
目標を設定すると行動が変わる。
指標を公表すると組織が変わる。
ランキングが「良い大学」の意味を変える。
KPIが実際の組織目的を変える。
質問によって目的が言語化・再編される。
目的系の観測・記述・評価は、対象の外に立つ中立的行為ではない。
目的系へ介入し、次の目的系を形成する。
24 目的系の分析項目
目的・目標・手段だけでは、制度分析には足りない。
少なくとも次を確認する必要がある。
A:行為者
P:目的
G:目標
M:手段
C:制約・文脈
I:指標
O:産出・成果・影響
U:意図しない副作用・分配効果
Π:報酬・予算・権力・制度的誘因
分析時には、次の問いを置く。
主体
誰の目的か。
誰が目標を設定したか。
誰が手段を選ぶか。
誰が費用を負担するか。
誰が利益を得るか。
関係
目標は目的のどの部分を表すか。
手段は目標に寄与すると誰が考えているか。
因果効果は検証されているか。
複数条件が必要ではないか。
階層
何が上位目的とされているか。
なぜそれが上位なのか。
下位目標の達成は上位目的へ寄与するか。
上位目的が美辞麗句になっていないか。
評価
何を観測すれば達成と判断するか。
指標は何を表し、何を落とすか。
指標を攻略できないか。
指標が対象の意味を変えていないか。
競合
どの目的とどの目的が衝突するか。
短期目標と長期目的が対立しないか。
個人目的と組織目的が対立しないか。
利益と費用は誰に分配されるか。
自己目的化
規則遵守が目的になっていないか。
数値目標が目的を乗っ取っていないか。
組織存続が本来目的より優先されていないか。
新しい目的への移行は正当な更新か、単なる自己保存か。
時間
目的はいつ設定されたか。
途中で目標や手段が変化したか。
結果が出るまでどの程度遅延するか。
副作用はいつ現れるか。
目的系を再評価する時点は設定されているか。
25 直線、木、ネットワークの相補関係
本稿は、直線思考を捨ててネットワーク思考へ移れ、と主張するものではない。
三つのモデルには異なる用途がある。
モデル主な用途見えやすいもの落ちやすいもの直線実行、説明、担当手順、期限、責任競合、副作用、多行為者木分解、階層化上位・下位目標横断接続、循環ネットワーク診断、競合分析多対多関係、利害、阻害実行順序、責任の単純化
したがって、適切な運用は次である。
ネットワークで複数の目的、行為者、利害、副作用を診断する。
特定の課題・期間・行為者に必要な部分を剪定する。
木構造で目標と作業へ分解する。
直線モデルで担当と手順を定めて実行する。
結果をネットワークへ戻し、切り落とした関係を再点検する。
ネットワークは地図であり、直線は経路である。
地図だけでは歩けない。
しかし、選んだ経路だけが世界のすべてだと思えば、崖や迂回路や他者の生活圏を見失う。
結論——目的を明確にする前に、目的系を可視化する
目的・目標・手段は、一本の階段として表現できる。
しかし、それは特定の行為を実行するために、複雑な目的系から一部を切り出した局所図である。
直線を木へ拡張すると、上位目的、下位目標、中間目標、手段の階層が見える。
木をネットワークへ拡張すると、一つの目標に複数の目的が接続し、一つの手段が複数の結果を生み、目的同士が競合することが見える。
さらにネットワークを多層化すると、
言葉として表明された目的
本人が認知している目標―手段関係
計画上の目標と担当
実際の制度・資源・因果関係
が一致しないことが見える。
目標は、目的を単に細分化するものではない。
目標は、抽象的な目的を観測・実行・評価可能な状態へ翻訳する。
しかし、その翻訳は中立ではない。
目標は目的の特定側面を選び、指標と報酬を通じて行為を変え、場合によっては目的そのものの意味を作り替える。
手段も中立ではない。
手段は資源、組織、技能、利害を生み、その周囲に新しい目的を形成する。
したがって問うべきなのは、
本当の目的は何か。
だけではない。
次の問いである。
誰が目的を定義しているのか。
その目的はどの目標へ翻訳されているのか。
その目標は目的の何を可視化し、何を落としているのか。
その手段は有効だと誰が信じ、因果効果はどう検証されたのか。
どの目的を進め、どの目的を妨げるのか。
誰が利益を受け、誰が費用を負担するのか。
指標や組織が目的を乗っ取っていないか。
そして結果によって、目的系はどのように更新されたのか。
最終命題は次のようになる。
目的・目標・手段は、対象に内在する固定属性ではなく、特定の行為者が、特定の関係・階層・時間範囲において割り当てる実践的役割である。目的は価値的・実践的方向づけ、目標は選択された到達・接近・評価状態、手段はその状態への移行に寄与すると想定された介入である。ただし、行為者の意図、行為の原因、制度の機能、行為を説明・正当化する理由は、目的とは区別されなければならない。
目的系全体を一文で表すなら、こうなる。
目的系とは、目的・目標・手段の一本の階段ではなく、行為者ごとの価値、意図、指標、介入、制度、結果、副作用が複数の層で接続されたネットワークである。ただし、人間や組織はその全体を一度に実行できないため、診断ネットワークから必要な関係を剪定し、一時的な木や直線として行動する。問題は単純化することではなく、単純化によって切り落とした関係を忘却することである。
主要参考文献
Kruglanski, A. W. et al., “A Theory of Goal Systems,” 2002. 目標と手段を認知的・動機的な連結システムとして扱う基礎理論。
Kruglanski, A. W. et al., “The Architecture of Goal Systems: Multifinality, Equifinality, and Counterfinality in Means–End Relations,” 2015. counterfinalityを含む三構成を整理。
Simon, Herbert A., Administrative Behavior および “The Proverbs of Administration.” 手段―目的階層とその限界、限定された意思決定を論じる。
Dewey, John, Theory of Valuation, 1939. 目的と手段を固定的に分離せず、結果に照らして目的も再評価する探究モデルを提示。
Merton, Robert K., “Bureaucratic Structure and Personality,” 1940. 官僚制における規則遵守の目的転位と硬直化を分析。
Campbell, Donald T., “Assessing the Impact of Planned Social Change,” 1979. 社会指標が意思決定に強く利用されることによる腐敗圧力と歪みを論じる。
Strathern, Marilyn, “‘Improving Ratings’: Audit in the British University System,” 1997. 監査・評価指標が大学制度を変える問題を扱う。
Espeland, Wendy Nelson & Michael Sauder, “Rankings and Reactivity,” 2007. 公開測定が組織行動と社会的現実を再構成する反応性を分析。
石部統久「いわゆる目的、目標という言葉は英語ではいろいろな種類がある」「出島としての英語——七つの語彙座標が示す『目的』の構造的不整合」。
石部統久・ChatGPT5.6
査読:ChatGPT5.6・Claude Fable5・Grok・Gemini(Parcae Protocol)
