権力論の地図——人文科学の空白を埋めるための覚書
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権力論の地図——人文科学の空白を埋めるための覚書
1. 本稿の射程と限界
「権力者は大喜びでしょう」——こう書く語り手が念頭に置いている「権力者」とは誰なのか。どのような制度的位置に立ち、どのような機構を媒介に、どのような種類の力を行使しているのか。これらの問いに答えなくとも文章として成立してしまう、というのが日本語圏の言論の現状である。
これは個々の書き手の不勉強だけでは説明できない。もちろん概念を使う以上、個々の書き手にも説明責任は残る。しかし、参照すべき共通語彙が制度的に薄い以上、問題は個人責任だけに還元できない。日本語圏の人文・社会科学は、権力論を共有研究プログラムとして制度化することに失敗してきた。海外には Power Studies、政治社会学、批判的国家論などの蓄積があり、人文・社会科学の外でも霊長類学・ネットワーク科学・行動経済学・社会神経科学が権力現象を研究している。日本語圏にもこれらの個別研究は存在する。しかし、それらを「権力論」という共通語彙・教育課程・横断的研究プログラムとして接続する制度的回路は弱い。結果として書き手は「権力者」と書くために参照すべき語彙を持たず、前近代的な「お偉方」表象に退行する。
なお本稿で「人文科学」と書くとき、それは日本の学制における狭義の人文学(哲学・文学・歴史学等)に限定せず、政治学・社会学・法学・歴史学・社会心理学などを含む広義の人文・社会科学を指す。欧米の humanities/social sciences の区分とは射程が異なるが、日本語圏の言論で「権力論」が引き取られていない領域として両者を一括して扱う方が、診断として有効だからである。
本稿は、この空白を一枚の地図で埋めることを試みる。専門研究ではない。原典の精密考証も新規定理の提出も行わない。提供するのは、(1) 隣接領域との区別、(2) 既存権力論諸潮流の比較配置、(3) 人文・社会科学外の権力研究との接続、(4) 日本人文科学における制度的欠落の構造的説明、である。読者には、この地図を起点として、さらに探求を進めるための座標として用いてもらえれば足りる。
2. 隣接領域との区別——規範論・法律論・国家意志説は権力論ではない
権力を論じるとき、最初に必要なのは隣接領域との区別である。規範論・法律論・国家意志説の三者はいずれも権力と深く関わるが、権力論そのものではない。この区別が日本語圏の言論で曖昧になっていることが、議論の混乱の主因の一つである。
規範論は、人々の実践を規制する取り決め——規範——がどう成立し、どう個人の行動を縛るかを論じる。認識論的規範論は、認識主体としての個人の頭の中で「かくせよ/かくすべからず」と命令する観念的に対象化された意志として規範を捉える。社会科学的規範論は、規範を「諸個人を共通に規制し拘束する社会的・一般的意志」として捉え、組織的・制度的規範における罰則貫徹力を規範の典型性の指標とする。後者の代表的展開を担った日本語圏の系譜(三浦つとむ・滝村隆一)は節8で詳論する。だが規範論はあくまで「規範とは何か」を扱うのであって、「誰が規範を裁可・決定する位置にあり、その位置はどう構成されているか」までは射程に入れない。後者が権力論の問いである。
法律論は、規範が法という形式で結晶化した後の、その形式的・体系的構造を扱う。憲法学・行政法学・刑法学・民法学などの法解釈学である。ケルゼンの純粋法学はその最も精錬された形式であり、法体系を価値判断や政治的事実から切り離して分析する。だが法律論は法の形式を扱うのであって、その法を制定・執行する権力配置は前提とする。法律論の射程は法体系の内部構造であり、権力の生成・維持・崩壊のメカニズムは射程外である。
国家意志説は、国家を一個の意志主体として捉える理論である。古典的にはヘーゲル『法の哲学』、ドイツでは G・イェリネックの国家法人説(『一般国家学』)が代表的である。国家は法的人格を持ち、その意志は法律として表明される——この構図は近代国民国家の自己理解の核心となった。だがこの構図には決定的な前提がある。国家を統一的主体として扱うこと、すなわち国家内部の権力分裂・階層・矛盾を一旦抽象すること。これは法体系の自己記述には有用だが、権力の現実分析としては不十分である。後述するマイケル・マンの四源泉モデルが示すように、現実の国家権力は単一の意志主体ではなく、複数の権力ベクトルの矛盾的合成体である。
権力論は、これら三者と区別される。問いは「権力は実際にどう作動しているか」である。誰が、どのような資源を媒介に、誰に対して、どのような帰結をもって、影響力を行使しているか。観察可能な行動パターン、制度配置、資源分布の分析である。
四者の関係は次のようにまとめられる。規範論は規範の生成と本質を扱う。法律論は規範が法形式に結晶した後の自己整合性を扱う。国家意志説は法体系の主体として国家を擬制的に措定する。権力論は、これらすべての背後で実際に作動している影響力配置を経験的に分析する。
「権力者は大喜び」型の議論で混乱が生じるのは、この区別が制度化されていないからである。書き手が「権力者」と書くとき、それが規範論的主張なのか(規範を裁可する位置にある者)、法律論的主張なのか(法的権限を持つ機関)、国家意志説的擬人化なのか(国家を意志主体として擬人化した「権力者」)、それとも権力論的主張なのか(現実に影響力を行使している者の経験的同定)が、判別不能なまま流通する。
3. ウェーバー——権力論の出発点
近代権力論の出発点はマックス・ウェーバーである。1919年の講演「職業としての政治」で彼は国家を「ある一定の領域内において正統な物理的暴力行使の独占を要求する人間共同体」と定義した。この定義の射程は二つある。
第一に、国家を機構的・実体的にではなく、関係的に捉える視座である。国家は何かが「ある」のではなく、暴力行使の独占を「要求する」ことで成立する。この要求が成功している限りにおいて、国家は存在する。第二に、暴力(Gewalt)に「正統な」という形容を付すことで、ウェーバーは権力(Macht)を支配(Herrschaft)と区別し、支配を成り立たせる正統性類型を分析対象とした。なお、この定義における Gewalt はウェーバー原文では文脈上 physische Gewaltsamkeit(物理的強制力)であり、節8で論じる「Gewalt の権力含意の翻訳脱落」とは別の射程に属する。両者を区別しておかないと、節8の翻訳事故論との整合が見えにくくなる。
『経済と社会』におけるウェーバーの三類型——伝統的支配・カリスマ的支配・合法的支配——は、支配がいかなる根拠で受容されるかを経験的に類型化したものである。これは「正しい支配は何か」(規範論)でも「法はどう構成されているか」(法律論)でも「国家の意志とは何か」(国家意志説)でもない。「人々はなぜ支配に服従するのか」という経験的問いである。
ウェーバーの限界は、後の批判が示した通り、正統性が当事者の主観に還元される点にある。支配は被支配者によって正統と「みなされる」ことで成立する、という構図は、その「みなす」ことそのものが支配によって構築されている可能性を見落とす。これがブルデュー以降の象徴権力論で深められる論点である。
4. 米国系の三面論——ダール/バッハラック=バラッツ/ルークス
戦後米国の政治学は、権力を経験的に測定可能な対象として再定式化しようとした。1957年のロバート・A・ダール「権力概念」(Behavioral Science 誌)は、権力を「A が B に、B が本来しないことをさせる能力」として定式化した。これは観察可能な意思決定における勝敗の追跡を可能にする操作的定義である。
1962年のバッハラックとバラッツ「権力の二つの顔」(American Political Science Review 誌)はこれを批判した。観察可能な意思決定だけを見ていては、そもそも何が決定の俎上に乗るかを規定する力——アジェンダ設定権、非決定の権力——を見逃す。ある争点が議題化される前に握りつぶされるとき、決定の場では何も観察されないが、権力は確実に作動している。
1974年のスティーヴン・ルークス『現代権力論批判』はさらに第三の面を加えた。アジェンダ設定の更に手前で、人々の選好そのものを形成する権力である。被支配者が「自分の利益」だと思っているものが、実は支配者の利益に整合的に構築されている場合、これは最も深い権力作動である。なお、ルークスのこの定式化はマルクスの虚偽意識論やグラムシのヘゲモニー論を直接参照しており(後述節6)、米国系経験政治学と大陸系批判理論を架橋する位置にある。フーコー的言説権力・ブルデュー的象徴権力(後述節5)との連関も、この第三面を経由して論じられてきた。
この三層構造——観察可能な決定/アジェンダ設定/選好形成——は、権力の不可視化深度を測る尺度として、現在も基本枠組みとして機能している。「相対主義は権力者を喜ばせる」型の命題は、この三層のうちどこに位置する作動を論じているか不明のまま流通する。
5. 大陸系の生産的権力——フーコーとブルデュー
ミシェル・フーコーは権力概念を根本的に組み替えた。マルクス主義が前提していた「権力は実体として国家・支配階級に保有され、行使される」という構図——フーコーが「司法的・主権的権力モデル」と呼んだもの——を彼は明示的に拒絶した。『監獄の誕生』(1975)で展開された規律権力(pouvoir disciplinaire)は、抑圧する権力ではなく、主体を生産する権力である。学校・工場・軍隊・病院・監獄に共通する空間配置と時間配分の細部が、特定の身体・特定の主体性を作り出す。後の『性の歴史』では、生政治(biopolitique)と統治性(gouvernementalité)として、人口統計・公衆衛生・市場規律を介した群れ全体の管理として権力を再定義した。
フーコーの貢献の核心は、権力を「ある」ものではなく作動する関係として、しかも禁止・抑圧ではなく主体生成の形式として捉えた点である。「権力者が大衆を抑圧する」という古典図式は、これによって解体される。権力は中心を持たず、毛細血管のように作動し、被支配者自身が自己監視の主体として再生産する。
ピエール・ブルデューはまた別の角度から古典図式を解体した。彼の象徴権力論は、社会空間を複数の場(champs)の集合として捉え、各場に固有の資本(capital)の分布——経済資本、文化資本、社会関係資本、象徴資本——として権力を分析する。象徴権力の本質は誤認(méconnaissance)であり、不平等な構造が「自然なもの」「正当なもの」として受容されることで、権力作動が見えなくなる。
ブルデューの装置は、誰が「正しさ」を裁可する位置にあるかを経験的に分析するための強力な道具である。学術権力・メディア権力・象徴生産者は、自身が権力的位置にあることを誤認させながら、権力批判の身振りを通じて権力を行使する。「権力者は喜ぶ」と書く言論人自身がこの作動の典型である、という再帰的分析がここから可能になる。
これら大陸系生産的権力論を独自の視座から拡張したのがフェミニスト権力論である。キャサリン・マッキノンは法・性・暴力の交差において支配構造が再生産されるメカニズムを記述し、アイリス・マリオン・ヤングは抑圧の五形態(搾取・周縁化・無力化・文化帝国主義・暴力)として権力を分節した。ウェンディ・ブラウンは新自由主義的統治性が市民を消費主体へ変換する過程を批判的に展開した。これらの系譜は、ルークス第三面・フーコー規律権力・ブルデュー象徴権力それぞれに固有の批判を加え、現代英語圏 Power Studies の標準教養を構成している。なかでも、パンサルディが整理した power-over(支配としての権力)/power-to(行為能力としての権力)/power-with(協働としての権力)の三区分は、権力概念を「悪い支配」から「行為能力」「協働的編成」へと拡張する装置として、本稿の射程外に出ない範囲でも参照価値が高い。「権力者」を一義的に悪役視する素朴イメージへの代案として、特に有効である。
6. ヘゲモニー論——グラムシの場合
アントニオ・グラムシは獄中ノート(執筆 1929–1935、刊行は死後)で支配の二重性を理論化した。強制(coercizione)と同意(consenso)である。国家権力は警察・軍隊による強制装置だけでは持続しない。被支配階級が支配を「常識」として内面化することで、支配は安定する。これがヘゲモニー(egemonia)である。
ヘゲモニーは知識人によって生産される。グラムシは伝統的知識人(聖職者、教授、文学者)と有機的知識人(階級から内発的に生まれる知識人)を区別した。後者の役割は、支配的常識への対抗的な世界観を組織化することである。
グラムシの貢献は、文化・思想・教育・メディアを単なる上部構造の反映ではなく、権力作動の主戦場として位置付けたことである。これはフランクフルト学派、カルチュラル・スタディーズ、エントマンのフレーミング理論(1993)に至る批判的メディア研究の理論的源流の一つとなった。
7. 比較歴史社会学——マンとティリー

7. 比較歴史社会学——マンとティリー
マイケル・マン『社会的権力の諸源泉』(全四巻、1986–2013)は、権力を一元的に捉える見方を解体した。彼の IEMP モデルは社会的権力の四源泉——イデオロギー的(Ideological)、経済的(Economic)、軍事的(Military)、政治的(Political)——を区別し、それぞれが固有のネットワーク構造を持つと論じた。
この四源泉モデルの射程は二つある。第一に、国家を単一の権力主体として扱う国家意志説的構図を解体する。国家は四源泉の特定配置において結晶化する組織形態の一つに過ぎない。第二に、歴史的変動を四源泉の相互作用として分析可能にする。古代帝国・封建制・近代国民国家・現代資本主義は、それぞれ四源泉の異なる結晶パターンである。
チャールズ・ティリー『強制・資本・ヨーロッパ国家』(1990)は、近代国家形成を戦争遂行の組織化として分析した。「戦争が国家を作り、国家が戦争を作る」という定式の通り、徴税機構・常備軍・官僚制・警察は、対外戦争のための資源動員から派生した制度である。彼の論文「組織犯罪としての戦争作りと国家作り」(1985)は、近代国家を保護料徴収組織の延長として解析する射程の長い視座を示した。
マンとティリーの方法論的特徴は、経験的・歴史的データに基づく権力分析である。これは思弁的国家論とも純粋形式論理とも異なる、第三の方法論的伝統を構成する。
これら国家規模の比較歴史社会学と並んで、組織内部での権力集中を扱う系譜が組織社会学である。ロベルト・ミシェルス『現代民主主義における政党の社会学』(1911)の寡頭制鉄則——いかに民主的に組織された結社も、規模が大きくなるにつれ寡頭的支配へ収斂する——は、組織レベルの権力収斂を経験法則として定式化した古典である。フィリップ・セルズニックの TVA 研究、チャールズ・ペローの組織理論、グレアム・アリソンの『決定の本質』に至る系譜は、組織内部の権力動態を経験的に追跡してきた。後述する滝村隆一の「あらゆる組織の意志決定は専制的形態に収斂せざるをえない」命題(節8)は、ミシェルスの寡頭制鉄則の正当な後継として位置づけられる。国家規模と組織規模の権力理論を接続する回路として、この組織社会学的系譜は本稿の地図上の重要な経由点である。
8. 日本における権力論の独自展開——三浦・滝村の系譜
日本語圏で権力論を体系的に構築した稀少な系譜が、三浦つとむと滝村隆一である。三浦は『認識と言語の理論』で規範論を構築し、これに先立つ『大衆組織の理論』(1959)冒頭で「組織理論は一つの科学である」「サークル活動の経験を重ねていさえすれば自然にさとれるものであるかのように思いこんでいる者もある」と方法論的批判を発した。この批判の射程は、66年経った現在でも市民運動・左派組織が克服できていない問題を正確に診断していた。
滝村隆一(1944–2016)は岡山県倉敷市生まれ、法政大学社会学部卒。アカデミズムに属さず、在野で半世紀にわたり国家論を構築した。三浦と親密な関係にあり、武道理論家の南郷継正とも交流があった——日本語圏の在野理論のなかでも特異な接続関係である。
滝村の出発点は、マルクス=エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』における Kraft / Macht / Gewalt 三概念の峻別である。Kraft は物理的に作用する諸力一般、Macht は意志関係の創造を媒介に組織された社会的支配力、Gewalt は人間に対して暴力として作用する諸力——この区別を日本の権力論議論の出発点として再措定した。
この峻別の意義は、日本語圏の翻訳史を踏まえると鮮明になる。ドイツ語 Gewalt は、日本語の「暴力」よりはるかに広く、暴力・物理的強制力・公的権能・統治権力をまたぐ語である。立法権(gesetzgebende Gewalt)、司法権(richterliche Gewalt)、行政権(vollziehende Gewalt)、三権分立(Gewaltentrennung)、さらには親権(elterliche Gewalt)といった用語に「権力」「権能」の含意で広く現れる。だが日本語圏ではこの多義性を受けとめる語彙が育たず、「暴力」一語に圧縮されてきた。
「暴力装置」という日本語は、神山茂夫『天皇制に関する理論的諸問題』(民主評論社、1947)における「国家は具体的は暴力装置、即ち常備軍、警察等、監獄等によって構成され」という定式によって流通した(神山書20頁。原文は旧字体)。その典拠はレーニン『国家と革命』であり、ドイツ語訳では des Apparates der Staatsgewalt、ロシア語原文では аппарата государственной власти——いずれも逐語訳すれば「国家権力の機関」である。Apparat / аппарат はここでは「装置」よりも「機関」「組織」と訳すのが文脈に整合する。Gewalt / власть は「暴力」よりも「権力」と訳すべき含意を持つ。神山訳・流通語の「暴力装置」は、この二重の翻訳選択において Gewalt の「権力」含意と Apparat の「機関・組織」含意を同時に脱落させた語である。ウェーバー『職業としての政治』の Hauptinstrument der Staatsgewalt も、本来「国家権力施行のための主要な道具組織」と訳されるべきところを、長く「国家暴力の装置」として読まれてきた。「権力」が「悪い暴力」に矮小化される日本語圏の素朴イメージは、この翻訳史的事故に根を持つ。
ただし、これを単なる言語的エラーとしてのみ扱うのは一面的である。戦後日本のマルクス主義運動において、「国家=暴力装置」観の流通は、当時の政治闘争(公安警察・自衛隊・米軍基地への対抗動員)における戦略的要請とも結びついた、実践的・選択的な解釈であった側面がある。翻訳事故と政治的選択の両方が、語の流通を駆動した。滝村が「国家=暴力装置」観を徹底批判したのは、この翻訳起源の誤理解と、それを温存した政治的選択の双方への批判であった。なお、神山テクスト本体・レーニン全集ロシア語版・滝村による再診断箇所(『国家論大綱』第一巻・『マルクス主義国家論』)の三層照合は、本稿の射程を超える注釈作業として別稿に送る。
滝村の権力定義は「規範にもとづいた観念的な支配力」である。権力者とは「諸個人の独自の意志を規制し拘束する、規範としての意志の、裁可・決定権を掌握した特殊な存在」である。指示・命令として発せられた支配者の意志は、生きた意志から離れて固定化された規範として、組織的・制度的に作動する。
この構図の重要な含意は二つある。第一に、権力は暴力ではない。暴力は権力の一形態に過ぎず、権力の本質は規範を介した意志の支配=従属関係である。第二に、国家と国家権力の区別である。国家権力の交代では国家は消滅せず、国家権力の消滅で初めて国家も消滅する。アナーキズムやマルクス主義の国家死滅論は、この区別を欠いている。
滝村のもう一つの理論的到達点は、国家権力を支配権力/被支配権力から独立した「第三権力」として捉えた視座である。国家は階級抑圧の道具ではなく、両階級の上に立って共同利害を統治・行政する第三の Macht である。なお、このテーゼ自体はエンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』における「相対的に自立した権力としての国家」という定式の系譜にあり、滝村独自の発見というより、彼が規範論基盤の上で再構築した解釈的展開である。レーニン的な「国家=階級道具・暴力装置」観への批判という点で、エンゲルス原典への忠実な回帰でもあった。
『国家論大綱 第一巻 上下』(2003)と『同 第二巻』(2014)は、序論〈政治とは何か〉、総説〈権力とは何か〉、本論〈国家とは何か〉の三部構成で、規範論から権力論へ、権力論から国家論へと積層的に構築される体系である。第一巻第八篇では国家と法、宗教、〈国民国家〉思想と人権論、契約国家論、G・イェリネックの国家法人説——本稿が論じた隣接領域すべてを批判的に解体している。
滝村の射程は国家論にとどまらない。組織一般について彼は『世紀末「時代」を読む』(春秋社、1992)で次のように定式化している——「あらゆる政治的、社会的、経済的……文化的でさえある組織の意志決定は、一人支配に収斂されるような専制的な意志決定形態を軸にして組織的に編成されざるをえない強度の一般的傾向性をもっている」。この命題は、丸山眞男の「神輿」論——確固とした中心がなく担ぎ手が押し合ううちに物事が思いがけぬ方向に流れる構造——や、半藤一利が指摘する「総大将はお飾りでよい、参謀さえしっかりしていれば」という山県有朋以来の制度的継承(『日本型リーダーはなぜ失敗するのか』)と同じ現象を、より一般的な組織論的水準で記述している。森山優『日本はなぜ開戦に踏み切ったか』が示した「両論併記」と「非決定」の常態化、そして「内容精査なしの承認」が指導者の条件とされる構造は、この滝村命題の経験的事例として読める。
ただし滝村は政治学・法学のアカデミズムからほぼ無視された。交流があったのは東洋史・日本史の研究者と、三浦・南郷のような在野の理論家である。学派化されず、後継者養成も制度化されなかった。これは個人の問題ではなく日本人文科学の構造的問題の表れである

9. 人文科学外の権力研究

権力は人文科学の独占領域ではない。むしろ最も経験的に厳密な権力研究の一部は、人文科学外で蓄積されている。
霊長類学では、フランス・ドゥ・ヴァール『チンパンジーの政治学』(1982)以来、群れ内の優劣序列・連合形成・互恵関係が詳細に観察されてきた。クリストファー・ボーム『森の中の階層』(1999)は、狩猟採集社会において威張る個体を集団が連合で抑制する逆支配連合(reverse dominance hierarchy)を記述し、権力集中に対する人類最初の是正メカニズムを示した。ロバート・サポルスキーのヒヒ研究は、社会的順位がストレス・健康・繁殖成功にどう影響するかを内分泌レベルで追跡した。
社会神経科学では、権力作動が脳活動レベルで測定可能になっている。ケルトナー、グルーンフェルド、アンダーソン(2003)の「権力・接近・抑制」理論は、権力獲得が報酬接近系を強化し、抑制系を低下させることを定式化した。ジンクら(2008、Neuron 誌)の fMRI 研究は社会的階層の手がかりが線条体・前頭頭頂ネットワークで階層特異的に符号化されることを示した。ホーゲヴィーンら(2014)は経頭蓋磁気刺激(TMS)で、権力プライミング後に他者行為観察中のミラー応答が低下することを実証した。ガリンスキーら(2006)の「権力と取られなかった視点」は、権力プライミングが他者視点取得を経験的に低下させることを示した実験パラダイムである。これらは「権力は腐敗する」というアクトンの警句を、神経科学的記述として裏付ける。さらにリリエンフェルドら(2015)の「成功するサイコパシー」研究、ダーク・トライアド(自己愛・マキャベリアニズム・サイコパシー)とリーダーシップ獲得の相関分析は、誰が権力位置に到達しやすいかを経験的に追跡している。
社会心理学では、タジフェルの最小集団実験(1971以降)が、恣意的・無意味な基準で集団を分けただけで内集団優遇が自動的に発生することを示した。集団の形成と境界の生成は同時であり、「我々」の形成は「彼ら」の排除を構造的に随伴する。アーヴィング・ジャニスのグループシンク理論、シェリフのロバーズ・ケーブ実験など、集団が権力構造を生成する過程の経験的研究は厚みを持つ。
行動経済学では、最後通牒ゲーム・独裁者ゲーム・公共財ゲームを通じて、交渉力・公正感・協調行動の実験的分析が蓄積されている。ゲヒター、モレマン、ノーゼンゾの 2025 年論文(Gächter, Molleman & Nosenzo, "Why people follow rules," Nature Human Behaviour, 2025, doi: 10.1038/s41562-025-02196-4)は、規範遵守の動機を内発的尊重(R)・外発的インセンティブ(I)・社会的期待(S)・社会的選好(P)の四因子に分解する CRISPフレームワークを提案し、罰則も他者観察もない匿名環境でも 55〜70% が規範に従う事実を経験的に確立した。これは規範権力の作動を物質的条件まで含めて分析可能にする貢献である。
進化政治学(Evolutionary Political Science)は、政治行動・権力獲得・支配連合の形成を進化生物学の枠組みで分析する研究領域である。ラリー・アーンハート(Larry Arnhart)は『ダーウィン的自然権』『政治的動物』等で、政治理論における「事実 vs 価値」「自然 vs 自由」「自然 vs 養育」という偽の二項対立を批判し、自然史・文化史・個人史の三層共進化として政治的権威を記述した。ドミニク・ジョンソンの『戦略的本能』は、戦争・外交における集団行動を進化的適応として分析する。アルフォードとヒッビング、フォウラーらの双子研究は、政治態度の遺伝的基盤を経験的に追跡している。これらは「権力者」の行動を文化・制度の表層だけでなく、進化的に組み込まれた集団行動様式として理解する射程を提供する。
ネットワーク科学では、ボナチッチの中心性指標(1972, 1987)、バートの構造的空隙論(1992)が、関係構造のなかでの権力位置を定量化する手法を確立した。クリスタキスとファウラーの社会ネットワーク影響研究、サージマンのネットワーク・テロリズム分析、Google PageRank がボナチッチ系列の固有ベクトル中心性の応用であることなど、経験的・実装的に展開されてきた。プレステージ・ベース・リーダーシップとドミナンス・ベース・リーダーシップの区別(ヘンリックら)は、権力獲得経路を二類型に分節する経験的枠組みである。
これらの研究と人文科学の権力論を接続する作業は、欧米では進化政治学、社会神経科学、ネットワーク権力論、行動政治経済学などの領域として進みつつある。日本ではこの接続自体がほぼ未着手である。
10. なぜ日本人文・社会科学は権力論を制度化しなかったか——構造的説明
ここまで概観した諸潮流のうち、日本語圏で標準教養として流通しているものはどれだけあるか。個別研究は確かに存在する。丸山眞男『現代政治の思想と行動』、藤田省三『天皇制国家の支配原理』、橋川文三の天皇制研究、戦後政治学の比較体制研究、社会学の階層・職業移動研究、政策過程論、行政学の意思決定研究、政治思想史におけるフーコー・ブルデュー受容——いずれも蓄積として無視できない。しかし、これらを「権力論」という共通語彙・教育課程・横断的研究プログラムとして接続する制度的回路は弱く、結果として一般言論への流通が痩せている。これが本稿の診断である。
構造的説明を試みれば、戦後日本の学問配置において、国家・権力に関する諸言説は次のように分配された。法学が国家の形式制度的記述を独占し、政治学は米国型実証研究(投票行動・制度分析・政策過程論)に向かい、政治哲学・政治思想史はマルクス主義・西欧思想の受容と注釈を担当し、社会学はフーコー・ブルデューを思想史的注釈として受容した。比較歴史社会学は専門領域として独立し、組織社会学は経営学に分流した。
この分配のなかで、各領域はそれぞれの権力研究を持つが、それを「権力論」という共通枠組みで横断的に接続する研究プログラムは育たなかった。ウェーバーは思想史化され、ダール/ルークス系列は政治学の局所論争として扱われ、フーコー/ブルデューは思想注釈に留まり、マン/ティリーは比較歴史社会学の専門領域に閉じ、ミシェルス系の組織社会学は経営学・組織論として分散した。これらを統合した権力論の標準教科書も、共通の理論核を持つ研究プログラムも、日本語圏には事実上不在である。
三浦・滝村はこの空白を在野で埋めようとした稀少な系譜だが、学派化に成功しなかった。丸山眞男・藤田省三・橋川文三も国家・思想・権力に関する重要な仕事を残したが、いずれも学派化された権力論プログラムとしては結晶しなかった。点としての仕事は存在するが、理論核・経験的方法・後継養成・査読誌制度を伴う研究プログラムとしての成立に至らなかった。
これは時枝誠記→三浦つとむ→南郷継正と続く修正言語過程説が、個人発掘によって辛うじて系譜を保ったまま学問として制度化に届かなかった構造と同型である。日本人文・社会科学のかなりの領域に共通する問題である。学際接続もまた制度化されておらず、霊長類学・社会神経科学・行動経済学・ネットワーク科学の権力研究を人文・社会科学が引き取る回路も、人文・社会科学の権力概念をそれらに提供する回路も、ほとんど機能していない。学問の制度化を論じきるには、本来、各領域内部の権力闘争(学派形成、引用ネットワーク、査読慣行、人事市場)を分析対象に含む科学社会学的考察が要るが、それは本稿の射程を超える別稿の論点である。
11. 起点に戻る——「権力者は大喜び」の再帰的空転と語り手自身の権力性
前節は構造的欠落の説明であった。本節は別の局面を扱う——語り手自身の発話位置に潜む権力性が、その語りによっては自己観察できないという再帰的盲点である。
「相対主義は権力者を喜ばせる」「みんなちがってみんないいは権力者を利する」という命題が空転するのは、それが本稿で配置した権力論諸水準のいずれにも接続していないからである。その「権力者」は——ウェーバーの正統性類型のどれに依拠するのか、ルークスの三層のどこに作動するのか、フーコーの規律的・生政治的作動のどの層なのか、ブルデューのどの場のどの資本所有者なのか、マンの四源泉のどれに該当するのか、ミシェルス的寡頭制の組織内位置か、滝村の意味で誰がいかなる規範を裁可・決定する位置にあるのか、フェミニスト権力論が同定する性的・文化的支配構造の担い手なのか——これらすべてに答えなくとも文章として流通可能なほど、参照すべき共有財が日本語圏で痩せている。結果として「権力者」は前近代的な「お偉方」表象、想像上の悪役、修辞的なダミーに退行する。
ここから本節固有の論点に入る。語り手自身が制度的に占めている位置——大学教員の学術権力、メディア発言者の象徴権力、「正しさをつくる側」を自己定位する認識的権力——は、その語り手が「権力者」を批判する身振りそのものによって不可視化される。ブルデュー的に言えば、象徴権力の作動を批判する語りそのものが、別の象徴権力の作動形態である。「権力批判する言論人が、自身の発話位置における権力性を不可視化したまま発話する」という再帰的盲点は、日本語圏では構造的に再生産されている。
フーコーの視座から見れば、これは特に深刻である。権力を「悪い特定の他者」に局在化させる修辞は、それ自体が権力の毛細血管的作動——主体生成・規律・自己監視——を見えなくする操作である。「反権力」を標榜する言説や運動が、独自の言説体制と内集団規範を生産することで新たな権力装置として作動するという反転は、20世紀の革命運動史が繰り返し例示してきた現象であり、日本の戦後左翼運動の内ゲバ史もその一例である。
歴史的事実として、20世紀以降の大規模動員では、絶対主義的言説——「客観的歴史法則」「科学的根拠」「国家の真実」「民族の本質」——がしばしば中核装置となった。スターリン主義、ナチズム、新自由主義の TINA(他に選択肢はない)、戦時動員、いずれも絶対主義の動員である。「相対主義は権力者を喜ばせる」という経験命題は、この歴史的非対称性に対して経験的検証を欠く。
ただし、これを以て相対主義を全面擁護するわけではない。21世紀のポスト真実政治では、絶対主義的動員と相対主義的シニシズムが併用される。権威主義的指導者は「真実などない、あるのは権力闘争だけだ」というシニシズムを動員に利用し、メディア環境の断片化はオルタナ・ファクトの生産と消費を可能にする。ブリュノ・ラトゥール後期の「私は陰謀論の側に立っていたのではないか」という反省(『ガイアに直面する』他)、テリー・イーグルトン『ポストモダニズムの幻想』、スティーヴン・ヒックス『ポストモダニズムの哲学的原理』に至る系譜は、相対主義的言説が反知性主義の養分となりうる構造を学術的に展開した。問題は「相対主義か絶対主義か」の二者択一ではなく、どの認識形式がどの権力配置でどう利用されるか、という経験的・配置論的問いである。山口・正木型の素朴な「相対主義は権力者を利する」命題は、この問いを立てない点で空転する。
加えて、本稿執筆者自身もこの再帰的盲点から免れない。本稿は「権力論の地図」を一望的に提示することによって、読者に対するメタ的な認識的権力位置を行使している。地図を引く者は地図に載らない、という古典的問題である。この自覚を欠いたまま地図を提示することは、本稿が批判してきた「権力批判の象徴権力的作動」の典型例になる。本稿執筆者の発話位置——在野研究者としての周縁性と、note・Medium という媒体の象徴的位置取り——もまた、独自の権力配置の上に成立している。本稿はこの自覚を地図の余白に書き込んだうえで、読者の批判に開かれた覚書として置かれる。
この空白を埋める仕事は、本来、人文・社会科学の中心的責務であるはずである。しかしその責務を引き受ける研究プログラムが制度化されていない以上、当面、エッセイや在野の論考が穴埋めをするしかない。本稿もそうした穴埋めの一枚に過ぎない。
補論——五概念体系との接続(既存読者向け)
以下は、本稿執筆者が長年使用してきた五概念体系(Aktuanz / Panich / Kontextleib / Interaktuanz / Intraaktuanz、および H₁/H₂ 並走)に親しんだ既存読者向けの接続メモである。ここまでの議論はこの補論を読まずとも完結している。初読者は読み飛ばして差し支えない。

従来の対応図式(権力=Aktuanz、規範=Panich…)は概念を一対一で割り付けるだけで、五概念体系の核心——同一現象を五つの視角から多層的に記述する——が活きない。代わりに、ひとつの権力作動を五概念で同時に切る方が、概念体系の独自性が立つ。
例として、フーコー的規律権力の作動——学校の出席簿管理——を考える。
**Aktuanz(現勢)**として:朝8時30分、教師が出席簿を開き、生徒の名前を呼び、応答を記録する瞬間。これは時刻 t における特定の指示・応答・記録の現勢として立ち上がる。
**Panich(汎我)**として:この出席確認が、特定の教師・生徒・教室を超えて、全国の学校で同型のパターンとして反復される構造。組織的・制度的規範として持続する側面。滝村の「規範としての意志」の固定化と重なる。
**Kontextleib(文脈体)**として:同じ出席簿管理が、明治期国民国家形成・戦時動員・戦後民主主義教育・新自由主義的成果主義のそれぞれの文脈で全く異なる意味を帯びる。同一の指示・命令が、異なる Kontextleib のなかで異なる効果を持つ。
**Interaktuanz(間勢態性)**として:教師と生徒の間に、出席という行為を媒介に成立する関係的配置。権力は実体として教師に保有されているのではなく、教師=生徒間の関係パターンとして成立する。
**Intraaktuanz(内勢態)**として:生徒が「遅刻したら呼ばれる前に駆け込まなければ」と内面化し、自己を監視する作動。フーコー的規律権力の核心——被支配者の内側で再生産される自己監視——がここに対応する。CRISP の R 因子(罰則なしでも従う内発的尊重)が観察する現象は、この Intraaktuanz 層における規範の物質化として読み解ける。
五概念は、同じ出席簿管理を五つの視角で同時に切る。一対一対応図式ではなく多層記述として用いるとき、五概念体系は単なる翻訳語の開陳に留まらず、権力作動の解像度を上げる装置となる——これが暫定的な仮説である。予測的妥当性の検証は本稿の射程外であり、別稿の課題として残る。
H₁/H₂ 並走は、この多層記述に直交する別の切り口である。H₁(認識・象徴的権力作動)はブルデュー的象徴権力、フーコー的言説権力、グラムシ的ヘゲモニー、メディア・フレーミング、フェミニスト権力論の文化的支配論を射程に含む。H₂(物質的・強制的権力作動)はマンの軍事的・経済的源泉、ウェーバーの暴力独占、ティリーの戦争=国家形成、社会神経科学の報酬系・ミラー応答変化、進化政治学の集団行動様式を射程に含む。H₁ と H₂ は対立するのではなく、現実の権力作動はその相互浸透として展開する。出席簿管理の例で言えば、教師の象徴的位置取り(H₁)と教室空間の物理的配置・身体動員(H₂)は、同一作動の二面である。
権力論の地図は、これら五概念多層記述と H₁/H₂ 並走の交差面のなかで、より細密化が可能である。本稿はその予備的覚書として閉じる。
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石部統久・Claude Opus 4.7
査読:Claude Opus 4.7・Grok・Gemini・GPT(Parcae Protocol)
