「めっちゃムカつく!」「それってハラスメントですよ!」――仕事をしない社員を注意したら、ハラスメントなんですか?
「この仕事、お願いできますか?」
そう頼んでも、なかなか動かない。
期限を伝えても、提出されない。
進捗を確認しても、報告がない。
ようやく提出されたものを確認すると、頼んだ内容とまるで違う。
そこで、
「どうなっていますか?」
「なぜ報告しなかったのですか?」
「依頼した内容と違いますよ」
と指摘すると、返ってくる言葉が、これです。
「めっちゃムカつく!」
そして、もう一つ。
「それってハラスメントですよ!」
……えっ?
仕事を頼んだだけですよね。
報告を求めただけですよね。
頼んだ仕事ができていないので、確認しただけですよね。
それでも、相手が不快に感じたら、ハラスメントになるのでしょうか。
仕事をしない社員は、もう注意できないのでしょうか。
ハラスメントをなくすことと、注意をなくすことは同じではない
もちろん、職場のハラスメントはなくさなければなりません。
立場の強い人が、弱い立場の人を威圧する。
大勢の前で、繰り返し罵倒する。
仕事とは関係のない人格や容姿、家庭環境まで否定する。
達成できないと分かっている仕事を与えて、失敗する姿を見せ物にする。
こうした行為まで「指導です」と正当化してよいはずはありません。
しかし、その一方で、
相手が不快になった
=ハラスメント
でもありません。
厚生労働省は、職場のパワーハラスメントについて、
優越的な関係を背景とした言動
業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
労働者の就業環境が害されること
という要素を示しています。
そして、客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントには該当しないと説明しています。
つまり、
注意された本人が「ムカついた」と言っただけで、直ちにハラスメントになるわけではない。
ということです。
不快だったかどうかと、ハラスメントに当たるかどうかは、分けて考えなければなりません。
でも、本当にその社員だけが悪いのでしょうか
ここで、
「だから、最近の社員はダメなんだ」
「権利ばかり主張して、仕事をしない」
と結論づけるのは、少し早いと思います。
なぜなら、仕事が行われなかった背景には、いくつもの可能性があるからです。
たとえば、
依頼内容が曖昧だった
期限が明確に伝えられていなかった
必要な情報や権限が与えられていなかった
本人の能力を大きく超える仕事だった
ほかの業務を大量に抱えていた
上司によって指示内容が何度も変わった
体調や家庭事情に問題があった
単純に、本人が仕事を放棄していた
外から見える事象は、どれも同じです。
頼んだ仕事が、できていない。
しかし、その意味は一つではありません。

ここで必要になるのが、事象を情報に変える作業です。
「仕事をしない社員」という見方を、いったん外してみる
目の前には、次のような事象があります。
期限までに成果物が提出されなかった
遅れるという連絡もなかった
進捗確認への返答がなかった
再度依頼しても、対応されなかった
指摘すると、「ムカつく」「ハラスメントだ」と反発された
結果として、ほかの社員が仕事を引き取った
これを見て、
あの人は、仕事をしない迷惑社員だ。
と解釈することはできます。
ただし、それはまだ、事象に対する一つの評価にすぎません。
そこで、問いを変えます。
これは、本人の感情の問題なのか。
ハラスメントの問題なのか。
それとも、業務遂行の問題なのか。
問いが変わると、見るべき焦点も変わります。
感情、ハラスメント、業務不履行を分ける

この問題が難しくなるのは、三つの話が混ざっているからです。
1.感情の問題
社員は、注意されて腹が立った。
言い方が気に入らなかった。
恥をかかされたと感じた。
こうした感情そのものは、否定する必要はありません。
「ムカついた」という感情は、本人にとっては本物でしょう。
しかし、
不快だったことと、相手の行為が不当だったことは同じではありません。
相手が不快にならないことを、すべての業務指示の条件にしてしまえば、会社は仕事を頼めなくなります。
期限を守るように伝えることも、品質を直すように求めることも、報告を求めることもできません。
2.ハラスメントの問題
一方で、注意の目的が正しくても、伝え方が正しいとは限りません。
「こんなこともできないのか」
「給料泥棒だ」
「お前は会社に必要ない」
「小学生でもできる」
このような言葉は、未提出の成果物を完成させるために必要な説明ではありません。
本人の人格を傷つけても、仕事の改善にはつながらないからです。
確認すべきなのは、
注意する業務上の必要性があったか
指摘した内容は事実に基づいていたか
注意の方法や場所は適切だったか
人格否定や侮辱が含まれていなかったか
必要以上に長く、繰り返し責めていなかったか
です。
「仕事をしなかった社員が悪い」で終わらせてもいけない。
「本人が傷ついたから上司が悪い」で終わらせてもいけない。
両方を確認する必要があります。
3.業務遂行の問題
そして、もう一つ残るのが、仕事そのものです。
仕事は依頼されたのか
本人は依頼を理解していたのか
期限はいつだったのか
期限までに完了したのか
完了できない事情があったのか
遅れる場合の報告はあったのか
会社から支援や修正の機会は与えられたのか
その結果、誰にどのような負担が生じたのか
ここは、本人が「ムカついた」と言っても消えません。
ハラスメントを申し立てたとしても、別に確認しなければなりません。
ハラスメントの申告があったことと、業務上の問題がなかったことは、同じではない。
からです。
なぜ、会社は何も言えなくなるのか
Why――なぜ、この問題が起きるのでしょうか
会社は、ハラスメントを恐れています。
問題が起きれば、社内調査が必要になる。
人事や法務が動かなければならない。
会社の評判にも影響する。
裁判や労働局への相談に発展する可能性もある。
だから、社員から「ハラスメントです」と言われると、上司の方が黙ってしまう。
そして会社も、
しばらく様子を見ましょう。
と言う。
一見、穏当な対応に見えます。
しかし、仕事はなくなりません。
期限もなくなりません。
誰かが、その仕事をやらなければなりません。
結局、黙って働く社員が、仕事を引き取ることになります。
守られているのは、誰でしょうか
仕事をしない社員には、会社が配慮する。
注意した上司には、「言い方に気をつけてください」と伝える。
それでも足りない仕事は、別の社員に振り分ける。
その社員は、何も言わずに引き受ける。
残業して、間に合わせる。
また同じことが起きても、
「仕方がないですね」
と言われる。
この職場で、本当に守られているのは誰でしょうか。
声を上げた人でしょうか。
黙って仕事を引き受けた人でしょうか。
ハラスメントを恐れるあまり、必要な指導まで止めてしまえば、その負担は、まじめに働いている社員へ移ります。
注意できない職場は、必ずしも優しい職場ではありません。
問題を放置して、そのしわ寄せを、何も言わない社員に押しつけているだけかもしれません。
会社が見るべきものは、「態度」ではなく「事実」です
What――では、何を確認すればよいのでしょうか
会社が見るべきものは、
「あの社員は感じが悪い」
「上司は怒りっぽい」
「最近の若者は打たれ弱い」
といった人物評価ではありません。
確認すべきなのは、業務上の事実です。
たとえば、
いつ
誰が
どの仕事を
どのような目的で依頼したのか
期限と完成条件は何だったのか
本人はどのように返答したのか
どこまで実行されたのか
何が実行されなかったのか
その理由は何だったのか
会社はどのような支援をしたのか
周囲にどのような影響が生じたのか
ここまで具体化すれば、
「やる気がない」
「反抗的だ」
「パワハラ上司だ」
という人格評価から離れられます。
人を裁く話ではなく、仕事を成立させる話に変わります。
「あなたは無責任だ」を、事実に変換する
How――では、どのように注意すればよいのでしょうか
たとえば、上司がこう言ったとします。
「あなたは、本当に無責任ですね」
これは、本人の人格に対する評価です。
何を改善すればよいのかも分かりません。
そこで、事実に変換します。
「火曜日までに提出を依頼した資料が、木曜日の時点で提出されていません。遅れる場合の連絡も確認できていません」
これなら、確認可能です。
さらに、
「なぜやらなかったんだ」
ではなく、
「期限までに完了できなかった理由と、現在の進捗、提出できる日時を報告してください」
と求めます。
また、
「頼んだことくらい、まともにやってください」
ではなく、
「依頼した項目はA、B、Cの三つですが、提出された資料にはBとCが含まれていません。追加して、金曜日の午後3時までに再提出してください」
と伝えます。
ここで行っているのは、言葉を丁寧にすることだけではありません。
人格への攻撃を、業務上の確認へ変換する。
ということです。
「ハラスメントです」と言われたら、そこで話を止めない
社員から、
「それってハラスメントですよ」
と言われたとき、上司がその場で、
「違う!」
「何でもハラスメントにするな!」
と反論すれば、対立は深まります。
一方で、
「分かりました。もう何も言いません」
と引き下がれば、仕事の問題が放置されます。
必要なのは、二つの話を分けることです。
たとえば、こう伝えます。
「私の言動について、ハラスメントだと感じたということですね。その点は、会社の相談窓口にも相談してください。必要な確認には協力します。一方で、今回依頼した業務が完了していないことについては、別の問題として、現在の進捗と完了予定を報告してください」
これなら、
ハラスメントの申告
業務の未完了
を同時に扱えます。
ハラスメントの訴えを無視してはいけません。
しかし、ハラスメントという言葉が出た瞬間に、業務上の責任まで消してもいけません。
「ムカつく」は、結論ではありません
「めっちゃムカつく」
その言葉は、感情の表明です。
「それってハラスメントですよ」
その言葉は、問題提起です。
どちらも、話を聞く必要はあります。
しかし、どちらも、それだけで結論にはなりません。
本当に確認しなければならないのは、
何があったのか。
何を求められたのか。
何が行われなかったのか。
その理由は何か。
指導の内容と方法は適切だったのか。
です。
感情を否定する必要はありません。
ただし、感情だけで事実を上書きしてはいけません。
仕事をしない「人」ではなく、仕事が行われなかった「事実」を扱う
この記事の入口では、あえて「仕事をしない社員」という言葉を使いました。
しかし、会社が本当に扱うべきなのは、人ではありません。
仕事が行われなかったという事実です。
人を「迷惑社員」と決めつければ、会社は本人を排除する方向に進みます。
一方で、すべてをハラスメント問題にしてしまえば、会社は必要な指導まで放棄します。
その間で必要なのは、
事象を集める
問いを立てる
焦点を絞る
対応へ展開する
という作業です。
事象は、
社員が怒った。
ハラスメントだと言った。
仕事は終わっていない。
問いは、
これは感情、ハラスメント、業務不履行の、どの問題なのか。
焦点は、
誰が悪いかではなく、何が行われ、何が行われなかったのか。
展開は、
人格を責めず、業務上の事実を明確にして、改善を求める。

ここまで変換して、ようやく会社は問題を扱えるようになります。
注意できない職場で、誰が仕事をするのでしょうか
ハラスメントをなくすことは重要です。
しかし、
ハラスメントをなくすことと、注意をなくすことは同じではありません。
仕事を頼む。
期限を決める。
報告を求める。
問題があれば、改善を求める。
これは、組織が仕事をするために必要な行為です。
その際、人格を傷つけてはいけない。
威圧してはいけない。
見せしめにしてはいけない。
しかし、相手が不快になる可能性があるからといって、必要な確認まで放棄してはいけません。
仕事をしなかった人を一方的に責めるのでもない。
注意した人を一方的にハラスメント加害者にするのでもない。
感情、言動、業務上の事実を切り分ける。
そして、
人を裁くのではなく、仕事を成立させる。
それが、会社に必要な「変換」なのだと思います。
今回の記事では、「ハラスメントです」と言われた瞬間に、必要な指導や事実確認まで止まってしまう職場について考えました。
しかし、強い言葉によって現場の判断が止まる問題は、社内だけで起きているわけではありません。
お客様からの苦情には向き合う。けれど、暴言や過剰な要求まで「お客様だから」と受け入れる必要があるのでしょうか。

また、社員を注意する前に、会社が何を求めているのかも確認する必要があります。
マニュアルどおりに動いてほしいのか。それとも、自分で考えて動いてほしいのか。
その境界が曖昧なままでは、社員も上司も戸惑い、仕事が止まります。

そして、現場の社員へ注意し、問題が起きれば説明し、批判も引き受ける。
そうした役割を、いつも現場の上司や人事、広報だけに背負わせてよいのでしょうか。
会社として何を求め、何を守るのか。本来は、経営トップが自分の言葉で示す必要があります。

職場の問題は、誰か一人を「迷惑な人」と決めつけても解決しません。
感情と事実を分ける。
仕事への期待を明確にする。
そして、誰が責任を持って伝えるのかを決める。
三つの記事をあわせて読むと、仕事が止まる職場を、どう動かせる職場へ変えていくのかが見えてくると思います。
