【エッセイ】【文学】独文学者大山定一とゲーテ、リルケのことなど(番外編) 墓地を花園にした墓掘人の話
前回の記事の後日譚のような話です。
「大山先生が訳しておられたリルケの作品は、題名の雰囲気が薔薇とはだいぶ違いますが、Der Totengräber(墓掘人)という短編の一節です。原文もお示しします」——前回、出典が分からないとしていた「愛する少女の臨終に目蓋の上に薔薇のつぼみを載せる話」について、noteをフォローさせていただいている岡上容士さんからご教示をいただきました。岡上さんはフリーでドイツ語の校正者をされているプロです。主にカフカの「変身」の邦訳についての詳細な検証を記事にされています。
(前回の記事は👇)
作品名さえ分かれば話は早い。
河出書房版全集の第六巻、「その他の散文・スケッチ」の項に「墓掘り」(1903年)としてちゃんと収録されていました。この巻全体の最後の一篇で、私の見落としでした。引用されていた作品の一節の内容と作品名が結びつかなかったことと、目を皿のようにして調べましたので最後の方は疲れていたのが原因でしょう。
さらに本作全文を含む大山定一訳のリルケの初期短編集「純白の幸福」(人文書院、1954年刊)の古書も手に入れました(大山訳では「墓掘り人」)。プロの力を借りた素人文学探偵の反撃です。

「墓掘り人」は次のような話です。
舞台はサン・ロコというイタリア風の名前の町。そこの老墓掘人が亡くなり、後任がなかなか決まりませんでしたが、ある日、見知らぬ男があらわれ、新任の墓掘人に名乗りをあげました。遠い北の国からやって来たというこの謎めいた男に、市長の娘、16歳のギタは惹かれます。男は墓地を庭園に造り替えます。花壇がしつらえられ、花で埋め尽くされる墓地。ギタは早くに母を亡くした孤独な少女で、周囲の反対にもかかわらず、毎日のように母の眠る墓地を訪れて男と対話をします。内容はもっぱら死を巡ること——この二人の対話の中で、墓掘人が「愛する妻を失った男の話」として語るのが、件の薔薇の一節です。作品内の一挿話という位置づけですが、肝は墓掘人自身の話として受け取れることでしょう。おそらくそうなのでしょうが——ここまで頁をめくってハッと手が止まりました。ちょうど当該箇所に、小さな椛の葉が栞としてはさまっていたのです。手に取ってみると、頁にくっきりと椛の形が紅色にうつっています。何十年もここにはさみっぱなしだったのでしょうか。前の所有者も、愛する妻の死、むなしく開いたままの眼、耐え切れない男、目蓋の上に重石のように載せられた薔薇の固いつぼみ、静かに花開く薔薇という「小さな奇蹟」に心打たれたのだろうと想像が広がります。
物語は急転します。町でペストが蔓延するのです。不気味なよそ者がペストを招き寄せたに違いないと狂気に駆られ、墓地に押し寄せる人々。投げ込まれる石がギタの額に直撃し、男の介抱もむなしくギタは絶命します。黙々と墓を掘り、死者を埋蔵し続ける男。あざ笑うように無数の死体を墓地に投げ捨てる酔った無頼漢。山のように積み重ねられた死体。男は無頼漢の頭にシャベルを打ち下ろす、手ごたえがあった——「彼はそのまま、墓地をあとに、夜の暗黒に出ていった。みじめな敗北者として。彼は早く来すぎたのだ。あまりにも早く」——物語は静かに幕を閉じます。
「早く来すぎた者」、芸術に生きる人間の悲しい運命の物語といえるでしょう。そして、その理解者はやはり孤独な魂の持ち主であるということ。充満する死のイメージといい、小品ながらリルケらしい隠れた逸品だと思います。
岡上容士さんの記事は専門性が高く、内容を理解するのは容易ではないと思いますが、ハインリヒ・マン(1871~1950年、トーマスの兄) の「ゲヴェールトさん」という子ども時代の思い出をユーモラスに描いた素敵な短篇を端正な日本語で訳されています。下のリンクから読めます。おすすめです。
岡上さん、ありがとうございました。
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