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🌠過去と未来を繋ぐ者たち 3


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第3章:歪んだ正義 ― 壊れゆく心

 生命の樹の梢で、若々しい葉が、かすかに揺れた。

 風はどこまでも穏やかで、空は吸い込まれるような青を湛えている。かつての未来で見たあの禍々しい暗雲など、この世界のどこを探しても見当たらない。
 それでも、守護者エルダは、胸の奥底に生じた説明のつかない重苦しさを感じていた。それは静かな水面に一滴だけ落ちた墨汁のように、じわりと、しかし確実に彼の精神を侵食し始めていた。

(……今日も、問題はない。すべては統制され、予定通りだ)

 彼は、祈りのようにも、あるいは自分を縛り付ける呪文のようにも、心の中でそう繰り返す。
 世界は、正しく巡っている。七つの光は完璧な均衡を保ち、生命の樹は淀みない魔力を大地へと送り届けている。
 それなのに、なぜだろう。彼にはこの完璧な風景が、薄氷の上に築かれた危うい虚像のように思えてならなかった。

   「エルダ様」

 ホズミの声が、静寂を割って届いた。

 その声はあまりにも穏やかで、慈雨のようにエルダの耳を打った。責める響きも、疑う響きもない。ただ、透明な真実だけを映し出そうとする、ひたむきな声。だからこそ、エルダの胸に、それは冷たい刃のように鋭く刺さった。

「この世界は、本当に……このままで、よろしいのでしょうか」

 エルダは、反射的に答えていた。間を置くことは、自分の中に巣食う不安を認めることだと、本能が叫んでいたからだ。

「……もちろんです。
何の問題があるというのですか」

 迷いのない、即答。

 だが、その声の「速さ」に、レオンは微かな違和感を覚えた。

(早ぇな……)

 レオンは腕を組み、冷徹な戦士の目でエルダを見据える。本当に納得している者の答えではない。自分自身を説得するために、思考を通さず口が先に動いたような、そんな響きだった。

 隣に立つアルジェリーナもまた、不機嫌そうに翼を震わせ、苛立ちを隠さずに舌打ちをする。

(誰もあんたを責めてねぇだろ。なんで、そんなに急いで壁を作るんだよ)

 エルダは、三人の視線から逃れるように、再び生命の樹へと向き直った。その背中は、世界のすべてを背負っている者の孤独と、それゆえの頑なさを物語っていた。

「この樹は、世界の心臓です。
ここが在り続け、一拍の狂いもなく脈打ち続ける限り、オーロラランドが壊れることはありません。
私の代で、それを損なうことなどあってはならないのです」

 彼の手が、愛おしげに、しかし執着を込めて幹に触れる。その瞬間だった。

 ほんのわずかな――瞬きほどの時間。樹を巡る光の奔流が、一瞬だけ滞った。

 気づいたのは、ホズミだけだった。

(……今)

 生命の樹の鼓動が、一拍、遅れた。

 それは生命が本来持っている揺らぎなのか、それとも、エルダの張り詰めた意識が世界に伝播してしまった歪みなのか。

 沈黙が落ちた。美しいはずの森の静寂が、今は重苦しい圧力となって彼らを包み込む。その静けさに、エルダ自身が耐えきれなくなったかのように、ポツリと独白を漏らした。

「もし……」

 言葉が、震えながら宙に浮く。

「もし、この世界のすべてを、ある一点で止めてしまえば……。
変化も、衰退も、死すらも訪れないように、永久に止めてしまえば……この世界は、永遠に壊れずに済むのだろうか」

 その瞬間、周囲の空気が凍りついた。吹き抜けていたはずの風が、ピタリと止まる。木々の間で遊んでいた鳥たちの囀りが途切れ、楽しげだった妖精たちの笑い声が、遠ざかる。

「はぁ!?
止めるって、どういう意味だよ!
命をなんだと思ってんだ!」

 アルジェリーナが即座に声を荒げる。だが、エルダは答えない。自分の放った禁忌の言葉を、自らの内側で深く噛みしめるように、虚空を一点に見つめていた。
 ホズミは、そのエルダの痛々しい背中を見つめながら、残酷なまでに理解してしまった。

(ああ……そうか。この方は……)

 胸の奥が、氷を流し込まれたように冷えていく。エルダは、世界を壊そうとしているのではない。支配しようとしているのでもない。

(“正しさ”という名の、底なし沼に沈んでいるんだ)

 世界が壊れることを恐れるあまり、変化そのものを悪と断じている。揺らぎを拒み、不確定要素を排除し、均衡という名の檻の中に、愛する世界を閉じ込めようとしているのだ。

 それはあまりにも深く、純粋な「優しさ」から生まれた狂気だった。

「エルダ様」

 ホズミは、折れそうなほど細い声を、勇気をもって絞り出した。

「世界は……止まるものでは、ありません。
止めてはならないのです。
流れがあるからこそ、命は輝き、次へと繋がれます。
止まった水が腐るように、止まった世界もまた、いつか内側から朽ちてしまいます」

 長い沈黙が流れた。やがて、エルダはゆっくりと、何かの重圧を振り払うかのように首を振った。

「……君は、残酷なほどに優しいな、ホズミ」

 その声には、隠しようのない疲労と、深い絶望が滲んでいた。

「だが、優しさだけでは、世界は守れない。
この世界の重みを知らない君には、わからないのだ。
一つでも歯車が狂えば、すべてが瓦解する恐怖が」

「守るってのは、独りで抱え込んで、世界を窒息させることじゃねぇはずだ」

 レオンが、低く唸るような声を投げた。エルダの独善を叩き割ろうとする一撃。

 エルダは、初めてレオンの方を正視した。その視線は鋭く、しかし今にも崩れ落ちそうなほど哀しげだった。

「私は、守護者だ」

 彼は、自らに刻み込むように冷徹に告げる。

「それが、私の存在理由だ。
世界を止めてでも守る。
それが私の役目だ」

 その瞬間、ホズミは確信した。この人は――今この瞬間なら、まだ救える。

 だが、心はもう崖っぷちに立っている。ほんの一歩、ほんの一言。その掛け違いが、やがて七色の光を暗黒へと変え、世界を引き裂くことになるのだ。
 歪んだ正義は、まだ「正義」の顔をしたまま、生命の樹の下に毅然と立っていた。その足元で、大地の底から予兆ともつかない微かな震動が響き始めていた。


オーロラランドの守護者であるエルダ。

守護者であるが故に彼にのしかかる重圧…
この先どうなるのか…

わし(ムヒ)のnoteだけが知っている😁


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