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🌠過去と未来を繋ぐ者たち 4

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  第4章:エルダの苦悩


 夜が、静寂の帳(とばり)をオーロラランドへと下ろした。

 空には天の川をなぞるように淡い光の帯が揺らめき、幾千の星々が、世界を祝福するかのように穏やかに瞬いている。地上のあらゆる命が眠りにつき、草木さえも呼吸を整える時間。

 誰の目から見ても、この光景は無垢なる楽園そのものであり、完璧な調和を保っていた。

 だが、守護者エルダだけは、その静寂の中で眠ることを許されなかった。

 彼は生命の樹の根元に立ち、巨木が投げかける深い影の一部となって、ひとり夜空を見上げていた。視線は星々の運行を追っているように見えるが、その瞳の焦点はどこにも合っていない。彼の意識は、視覚的な風景を超えて、世界の「深層」を流れるエネルギーの網目へと向けられていた。

(今日も……異常はなかった。
     そうだ、なかったはずだ)

 彼は、強迫的なほど執拗に、今日一日の記録を反芻する。七つの光の出力。大地の水分量。精霊たちの微かな囁き。数字上、現象上、すべては均衡を保っている。それなのに、胸の奥に棘を刺したような鈍い痛みが居座り続けている。

 彼は、誰よりも早く、そして深く“気づいてしまっていた”。

 生命の樹の鼓動が、ほんの、砂時計の一粒が落ちる程度の刹那、乱れ始めていることを。
夜空を舞うオーロラの光が、以前よりもわずかに……粘りつくような重さを帯び始めていることを。
 それは世界中の誰も気づかない、微細な「歪み」に過ぎない。だが、守護者である彼にとって、それは沈みゆく巨船の底に見つかった、針の穴ほどの亀裂に思えた。

(このままでは、いずれ均衡は崩れる。私の代で、この楽園を終わらせるわけにはいかない)

 言葉にすれば予感が現実になってしまいそうで、思考はいつもその手前で無理やり停止する。エルダは、純白のローブの袖を強く握りしめた。白く細い指先には、隠しきれない震えが走っている。

「……大丈夫だ。何も起きてはいない」

 誰もいない冷たい夜の空気に向かって、自らを律するように呟く。

「私が守っている。
私が、この世界のすべてを……背負っているのだから」

 その言葉は天への祈りのようであり、同時に、自分自身をがんじがらめにする呪いでもあった。彼は、決して助けを求めようとはしなかった。守護者とは世界の支柱であり、支柱が重みに耐えかねて軋む音を立ててはならない。「弱さを見せないこと」こそが、愛する世界への誠実さであると固く信じ込んでいた。

 ふと、昼間に出会った三人の姿が脳裏をかすめる。レオンの射抜くような戦士の視線。アルジェリーナの風に敏感な苛立ち。そして、ホズミのあの慈悲深い眼差し。

(あの子は……ホズミは、見抜いていたな)

 エルダは自嘲気味に、わずかに唇を歪めた。自分が限界の淵に立ち、薄氷を踏む思いで役割を演じていることを、あの小さな者は感じ取っていた。

(優しすぎるのだ、君たちは。
だが、その優しさは、今の私にはあまりにも眩しすぎる)

 もし、真実を話し、肩の荷を分かち合えば、彼らはエルダを止めようとするだろう。世界の「自然な変化」を受け入れろと諭すだろう。だが、エルダにとってそれは、守護者としてのアイデンティティの“敗北”を意味した。

「……私がやるしかない。
私だけが、この永遠を守れるのだ」

 ぽつりと零れた独白は、夜風に溶けて消える。エルダの思考は出口のない迷路を巡り、ひとつの、恐ろしくも甘美な結論へと傾いていった。

 世界は変わり続けている。生命の循環という名の流れは、あまりにも速く、不確定だ。

 ならば――その流れそのものを、止めてしまえばいい。

 循環を氷のように固定し、揺らぎを鋼の意志で封じる。それは彼の中では破壊ではなく、至高の「守護」だった。変化しないものは、壊れない。静止したものこそが、永遠に美しい。疲れ果てた精神は、そう信じたがっていた。

 エルダは、吸い寄せられるように生命の樹へと手を伸ばした。その指先が脈動する樹皮に触れようとした瞬間――

 ――ズキン!

 胸を、焼け付くような鋭い痛みが突き抜けた。生命の樹からの、剥き出しの「拒絶」だった。樹は、生きようとする本能として、変化を拒む守護者の意志を烈火のごとき衝撃で弾き返したのだ。

「……なぜだ」

 エルダの声がかすれる。突き放されたショックに、彼は膝をつきそうになった。

「私は、君を守ろうとしているだけだ。永遠に、この美しい姿のままでいられるように……!」

 返事はなかった。ただ、冷たい風が頭上を吹き抜け、無数の葉がざわざわと波打つ。その音は、もはや祝福には聞こえなかった。それは冷厳な警告であり、道を誤り始めた息子を嘆く母の鳴き声のようだった。

 エルダはゆっくりと手を下ろした。全身を、言いようのない孤独感と寒気が覆う。気づいてしまう。もう、自らの意志で引き返すには手遅れなほど、深い闇に足を踏み入れ始めていることを。

「それでも、私は止まれない。
止まるわけにはいかないのだ」

 彼は自分を追い込むように、硬く言い切った。たとえこの身が重圧に壊れようとも。たとえこの名が、後世に「邪悪」として蔑まれようとも。目の前のこの世界を、このままの形で守り抜けるのであれば、それでいい。

 その覚悟は、あまりにも尊く、そして救いようのないほどに危うかった。

 完璧だった楽園の調律は、この夜、決定的に狂い始めていた。


エルダは自らが邪悪な者となってまでも、
この美しいオーロラランドを残したい。
と言う歪んだ正義を選びましたね…

わし(ムヒ)のnoteだけが知っている😁


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