🌠過去と未来を繋ぐ者たち 2

前回はこちら
第2章:彼の名はエルダ
生命の樹は、今日も悠久の時を刻むように息づいていた。
巨大な幹から放たれる鼓動を、エルダは背中で受け止めている。
大地を巡る魔力の奔流、空を渡る七色の粒子、水の一滴に溶け込む遠い記憶。
それらすべてが精密な網の目のように組み合わさり、この箱庭を形作っている。
すべてが、正しく在る。
欠けた歯車はなく、歪んだ旋律もない。――少なくとも、そうでなければならない。
エルダは目を閉じ、意識を世界の隅々まで浸透させていく。
彼にとって、この平穏を維持することは、自身の心臓を動かすことと同義の、逃れられぬ義務だった。
その静寂の膜を破り、異質な響きが混じった。
足音が、三つ。
硬い鱗が地面を擦る音。小さな爪先がリズミカルに空気を叩く音。そして、羽毛が風を切り、慎重に距離を測る音。
エルダは即座に察知していた。
森のざわめきが、土の震えが、瞬時に新参者の訪れを告げていたからだ。
だが、彼はすぐには振り返らなかった。
まず、生命の樹の樹皮にそっと掌を当てる。
温度――異常なし。
脈動――一定。
光の流れ――極めて清浄。
よし。
胸の奥で、誰にも気づかれぬほど小さく安堵の息を吐く。それからようやく、エルダは緩やかな動作で振り返った。
そこに立つ三人は、この時代の住人とは思えぬ風貌をしていたが、不思議と拒絶感は湧かなかった。むしろ、彼らの纏う空気に、どこか遠い未来の「切実さ」を感じ取っていた。
(……調和を乱す者たちではない)
「ようこそ、オーロラランドへ」

エルダは穏やかに声をかけた。その声は春の陽だまりのように温かい。しかし、一点の曇りも揺らぎもない、水晶のような透明度を持っていた。
「この地は、生命の循環が交わる場所。争いを持ち込まぬ者であれば、種族も、出自も問いません。
誰であれ、この光に浴する権利があります」
ヒョウモントカゲモドキの青年、レオンがその言葉を吟味するように短く頷いた。がっしりとした体躯と鋭い眼光。修羅場を越えてきた戦士の凄みを宿しながらも、今はその牙を鞘に納め、目の前の「完璧な守護者」を静かに観察している。
(よく歩いてきた者だ。その足の裏には、この地の者たちが忘れてしまった険しい道の記憶がある)
エルダは内心で微かな敬意を抱いた。
「わたくしは、ホズミと申します」
ハリネズミの少年が、一歩前に出て凛とした動作で頭を下げる。
「こちらはレオンさん。
そして……アルジェリーナさんです」
大鷲の少女、アルジェリーナは言葉を返さず、短く顎を引くだけだった。だが、その視線は射抜くように鋭く、まっすぐにエルダの瞳の奥を捉えていた。
(……風を見る目だ。地上の理ではなく、天の意志を測る目)
エルダの胸に、さざ波のようなざわめきが走る。だが、守護者の仮面がそれを表に出すことはない。
「私はエルダ。
この世界の守護を任されています」
その名乗りには、傲慢さも卑下もなかった。ただ、太陽が東から昇るのと同じような、絶対的な事実としての響きがあった。守護者とは、世界そのものの一部であり、一個の「個」を消し去った存在なのだと、その立ち姿が語っていた。
「この世界は、ご覧の通り、穏やかです。
生命の樹は健やかに育ち、七つの光は滞りなく巡り、オーロラは絶えることなく空を満たしている。
飢えも、争いも、ここにはありません」
言葉は完璧に整っていた。事実だけを、美しく、過不足なく並べている。だが、その完璧さこそが、奇妙な圧迫感となって三人の間に漂い始めた。
「心配はいりません。オーロラランドは、守られています」
エルダは、自分自身に言い聞かせるように繰り返した。
「大丈夫です。すべては、私の統制の下にありますから」
――その瞬間だった。
ホズミの胸の奥で、冷たい氷の粒が弾けたような感覚が走った。
(……“大丈夫”)
その言葉は、あまりにも丁寧すぎた。あまりにも、必死すぎた。
ホズミはエルダの足元に目を落とす。微動だにしない立ち姿は、大地に打ち込まれた杭のようだ。だが、ホズミはある決定的な違和感に気づいてしまう。
(この方……一度も、空を見ていらっしゃらない)
エルダの視線は、常に目の前の三人か、背後の生命の樹に釘付けにされている。これほど美しいオーロラが空を舞っているというのに、彼は一度も、その天を仰ごうとはしない。
そして、生命の樹に触れる指先。慈しむような仕草をしながらも、その先がわずかに震え、ほんの一瞬だけ、視線を樹から逸らした。
それは、愛する者に向ける視線ではない。崩れてはならない積み木を凝視し続ける、強迫的な監視者の目だ。
(……休んでいらっしゃらない。
この方は、一瞬たりとも、守護者という役割から解放されていない)
世界を愛でる光ではない。世界という巨大な責任に、自らを縛り付けている者の色だ。
アルジェリーナもまた、くちばしを強く噛みしめていた。彼女の翼が、苛立ちを隠せないように小さく震える。
(この人……強い。正しい。でも――)
何かが決定的に欠けている。父がかつて語っていた、空の自由さ、風の奔放さ。
エルダの周りの空気は、まるで真空のように淀み、重苦しい静寂に満ちていた。風が吹いているのに、彼の周りだけは風が死んでいる。
「……それで、あんたは幸せなわけ?」
アルジェリーナの喉まで出かかった言葉を、レオンの低い声が遮った。
「俺たちは、この世界を見に来ただけだ。それ以上でも、それ以下でもねぇ」
それはエルダの「完璧な説明」に対する、暗黙の境界線の提示だった。
「……それでいい」
エルダは静かに頷いた。
「見ることは、理解への第一歩です。
この世界の美しさを、どうぞその目に焼き付けてください」
その言葉に、嘘はなかった。彼は心から、この世界が美しいままであることを願っている。ただ一つ――彼自身がその美しさを享受する権利を自ら捨て、システムの「部品」と化していることに、まだ誰も触れることはできなかった。
エルダ
それはオーロラランドの守護者
何故…守護者である彼が、邪悪な者へと変わったのか…
わし(ムヒ)のnoteだけが知っている😁
次回はこちら
💠サイトマップ
最後まで読んで頂きありがとうございます♪
少しでも面白かったな〜と感じたら、
スキ、コメント、フォローをよろしくお願いします。
今後の励みになります。
いいなと思ったら応援しよう!
🌈オーロラランド復興基金‼️
レオンとホズミの旅を応援してくれませんか?下の「チップ」から、二人の「おやつ代」などの旅費を募っています。頂いた応援は、書籍化など、世界中にオーロラを取り戻す活動に大切に使わせて頂きます。二人の冒険を支える仲間になってくれたら嬉しいです🦔🦎