着物作りの持久走型とスプリント型
ミジンコスピードの自分
自分の着物づくりは、とにかく遅い。
やる気がないわけじゃないけど、判断も作業もじわじわ進むタイプで、いわば持久走型。
ちまちま、のんびり、でも止まらずに進む感じ。
ただ正直なところ、「これ完成するのかな?」と思う瞬間も多い。
特に裁断や縫い始めのように“戻れない決断”が絡むと、手が止まりやすい。
スプリント型の母、登場
そこに母が入ってきた。
作業スタイルは真逆で、スプリント型。
「これでいいじゃん」「切っちゃえ」と判断が早く、手も止まらない。
こっちが迷っている間に、次の工程に進んでいる。
正直、最初はそのテンポに圧倒されていた。
でも不思議と、その勢いに引っ張られる形で作業が進んでいった。
一気に現実が動いた
その結果、裁断から縫い合わせの、袖や背中心、脇、袖口のくけまで一気に進んだ。
体感では、自分一人のときの2倍以上。
さっきまで“まだ布”だったものが、急に「着物の途中」に見えてくる。
少し前まで悩んでいたのが嘘みたいに、形が前に進んでいった。
一人だと数日かかっていたかもしれない工程が、短時間でまとまってしまった感じだ。
こういうのを「人の力が入ると現実が動く」というのかもしれないと思った。
でもスピードだけが正解じゃない
ただ、同時に思ったのは、速さが正義というわけでもないということ。
スプリント型の勢いはすごいけれど、その分だけ細かい確認や気持ちの整理は置いていかれることもある。
逆に自分のような持久走型は遅いけれど、その分「納得しながら進む」ことができる。
どちらが欠けても、たぶん完成にはたどり着かない。
くけで心が折れかけた一瞬
特にしんどかったのは、袖口のくけがひと通り終わった時だった。
ちゃんと針を進めて、縫い目も整っているのに、出来上がった部分を見たときに感じたのは達成感よりも「これだけ?」という小ささだった。
あれだけ時間をかけているのに、目に見える変化は本当にわずかで、少しだけ寂しさや絶望感に近いものがあった。
正直、ここでやめて浴衣みたいにミシンのステッチで表に縫い目が見えるやり方にしてしまってもいいんじゃないか、という気持ちも一瞬よぎった。
その方が早いし、見た目もそこまで崩れない。
でも、やっぱり仕上がりを比べると違いがあるのが分かる。
時間はかかるけれど、このままくける方向で進めようと思った。
ここからが本番
そして今は、ようやくスタート地点の先に立ったところだ。
くけや仕上げなど、目立たないけれど長い工程が残っている。
ここからはまた、自分のペースで進める時間になる。
焦らず、腐らず、でも止まらずに。
少しずつ積み上げていけば、ちゃんと完成に近づいていくはずだ。
たぶん着物づくりって、そういう繰り返しなんだと思う。
最後まで読んでくれてありがとう。
他にも着物やお茶、和風アニメなど和にまつわる記事をぼちぼち書いていくよ。
