ガソリン高は単なる前座、「小さな欠品」から始まる第三次オイルショック
ホルムズ危機で詰まる日本の「毛細血管」
皆さん、こんにちは。村田雅志です。
ホルムズ海峡は、世界の原油市場の大動脈です。IEAによれば、通常は日量約2,000万バレルの原油・石油製品がここを通り、世界の石油消費の約2割に相当します。今回のイラン紛争で、その流れは「細る」のではなく、ほとんど「しずく」まで落ち込んだとされ、原油価格は100ドルを超えました。
そんな状況にもかかわらず
「石油備蓄があるなら、まだ大丈夫でしょう」
「ガソリンが少し高くなるだけで、第三次オイルショックなんて大げさだよ」
最近、こうした声を耳にすることは珍しくありません。おっしゃっている方々の気持ちはわかります。
足元ではガソリン平均価格が1リットル当たり190円程度まで上がり、製油所の稼働率は7割程度に低下しました。しかし、政府は補助金で小売価格を全国平均170円程度に抑える方針を打ち出しています。
石油備蓄も、資源エネルギー庁が公開する資料によると248日分(1月末現在)、IEA基準でも210日分あります。数字だけ見ると、「まだ何とかなる」と感じるのは自然です。
しかし、私は(ひねくれているせいか)人々を安心させようとするコンテンツが「政府」から発信されると、むしろ現状と今後を警戒感を持って考えるようにしています。
今回のコラムでは、今回の危機の本質は、日本がある日、突然「止まることではない」ことを指摘し、私たちが気を付けるべきことは、非常時が平時の顔をしたまま生活の奥へ入り込んでくること、ではないかという考えをご紹介したいと思います。
いつものように、ぜひ最後までお付き合いください。お願いいたします。
石油備蓄があるのに、なぜ安心できないのか
オイルショックというと、多くの人はガソリンスタンドの行列や価格表示を思い浮かべるかと思います。けれども、今回の危機の本質はそこにはありません。
まず石油備蓄日数の「真実」を確認しましょう。
「248日分の備蓄」の意味は、日本社会が248日間、平常運転できるという意味ではありません。
ここでいう石油備蓄は、あくまで「原油総量」の話です。現実の社会を動かしているのは、もっと複雑な“製品と原料の組み合わせ”です。ナフサ、重油、物流燃料、包装材、化学原料といったものです。
私たちの生活は、こうした製品・原材料によって成立しています。日本社会が平常運転できる備蓄は、「原油や製品の総量」でなければいけません。
じつは政府は、ナフサについて「現時点で直ちに需給上の問題は生じていない」としつつも、川下在庫の活用、中東以外からの輸入、国内精製を組み合わせて、トータル国内需要の約4か月(120日)分を確保可能と見込む、という説明をしています。ナフサの備蓄は240日の半分の120日ということです。
本当に怖いのは原油ではなく「原材料」の不足
では、次に原油よりも不足に対する危機感が高まっていると言われている「ナフサ」を見てみましょう。
ナフサは原油を精製して作られる石油製品の一種で、エチレンなどの基礎化学品を経て、プラスチック、ゴム、電子部品、塗料などにつながっていきます。
ナフサ調達元は中東45%、国産40%、その他輸入15%(2024年)ですので、今回のイラン紛争によるオイルショックの影響は、車を動かす燃料(ガソリン)だけでなく、物を包む、運ぶ、作るための原料にも波及します。
つまり、今回の危機は、単なる原油高ではなく、原材料不足と言えます。
ガソリン価格が高くなると痛いですが、もっと厄介なのは、その手前で社会を成立させている包装材、化学品、重油、物流燃料といった原材料が細っていくことです。
原材料の流れは、身体でいえば「途中の血流」です。途中の血流が細っていこうとしているのが、今の日本経済です。
血液が体内に残っていても、毛細血管が詰まれば、身体は末端から先に傷みます。
今回のオイルショックは、このパターンです。
昨年秋から見られた「コメ不足」騒動も同じ図式です。
今回の事態は、「毛細血管型オイルショック」と呼んでもいいと私は思っています。
“毛細血管”の異変はすでに始まっている
毛細血管の異変は、すでに始まっています。
JFEスチールでは重油不足で発電設備の一部停止が起き、三菱ケミカルなど石化企業では減産や値上げが進み、銭湯の休業も出始めています。
現時点で先に傷んでいるのは、末端の家計消費ではなく、その手前の供給網です。製油所稼働率が7割を割り込んだこととも合わせて見ると、異変は「毛細血管」から始まっています。
この現象は1970年代型のオイルショックと少し違うところだと思います。
昔のオイルショックは、人々が行列を作る、スーパーや百貨店の棚から商品が消えるといった目に見えるパニックでした。
しかし今回はもっと現代的です。見えにくい中間工程から、静かに社会が痩せてます。
生活は、大停電の一撃だけで壊れるわけではありません。むしろ、小さな欠品の連鎖で壊れます。
日本は「効率の国」でなくなる
この危機が長引いたとき、日本社会が失うものは何でしょうか。
いちばん大きく失われるのは「効率」のような気がしています。
ジャストインタイム、低在庫、高効率物流、安定調達、といった効率的なシステムです。ここにはバッファ(緩衝)がありません。
しかし、ホルムズ海峡封鎖という供給ショックの前では、こうした効率システムは弱みとなります。
政府は記録的な備蓄放出に踏み切り、IEA加盟国全体でも過去最大となる4億バレルの協調放出が決まりました。あわせて日本政府は米国産原油の国内備蓄や、非中東からの調達拡大も模索しています。電力業界からは石炭利用や原子力の重要性を見直す声も出ています。
ここから先、日本社会は少しずつ顔を変えていくはずです。
ジャストインタイムから備蓄と冗長性へ。
原発廃止から再稼働容認へ。
脱炭素の空気は安全保障との折り合いへ。
市場任せの発想は、補助金と行政介入へ。
日本は「効率の国」から「冗長性の国」へ戻されていくように思えます。
今回の危機は、エネルギー価格の問題であると同時に、日本社会の設計思想そのものを変える圧力でもあるのです。
本命は「全面崩壊」ではなく「準配給社会」
ここで注意すべきことは、「日本経済が明日にも全面停止する」わけではない、ということです。
実際、国際社会も何もしていないわけではありません。G7はエネルギー供給と海上輸送路の安全確保のために必要な措置を取る用意があると表明しましたし、イラン側からは日本関連船舶の通航支援に前向きな発言も出ています。日本国内でも、停戦後を前提とした機雷掃海の可能性にまで言及が出始めています。少なくとも、関係各国は「全面的な流通停止」を避ける方向で動いています。
現時点での本命シナリオは「突然の社会崩壊」ではありません。
本命シナリオは、もっと地味で、もっと長引くものです。
企業から先に血液が詰まり、生活に遅れて転写されます。
価格は上がります。選べる商品は減ります。物流は鈍ります。
そして、人々は“まだ平時に見える日常”のなかで、少しずつ自由度を失っていきます。
こうした社会は、ある種の”準配給社会”と呼ぶべきかもしれません。
露骨な配給は政府からありません。
けれども、実質的には
「欲しいときに、欲しいものが、以前ほど自由には手に入らない社会」
がやってきます。
日本経済が詰まる順番
今回の危機を理解するうえで重要なのは、「何がどれだけ不足するか」以上に、どの順番でモノが詰まるかです。おそらく日本社会で私たちが目にするのは、つぎのような展開でモノが詰まる状況ではないでしょうか。
まず、ホルムズ海峡の封鎖・通航障害リスクで原油価格が上がり、製油所の稼働率が落ちます。すでに起きていることです。
次に、ナフサや重油、物流コストの制約が広がるはずです。
その後、包装材、化学製品、中小工場、地方交通といった“生活を支える原材料”が傷みます。
最後に、その遅れた影響が家計不安や買い急ぎ、政治への強い圧力となって噴き出します。この順番です。
矢印で表現すると、こんな感じでしょうか。
(スタート!)ホルムズ危機
→ 原油高・製油所稼働率低下
→ ナフサ・重油・物流燃料の制約
→ 包装材、化学品、中小工場、地方交通の傷み
→ 家計不安、買い急ぎ、政治圧力の噴出
と、危機の本体を見失います。見るべきは、素材、燃料、物流、地方インフラです。
今回の危機を理解するうえで重要なのは、「何がどれだけ不足するか」以上に、どの順番でモノが詰まるかです。おそらく、こうなるのではないでしょうか。
最初に痛むのは、消費者の目に見えるスーパーの棚ではありません。その棚を成立させている途中の工程です。
ニュースを見るときも、ガソリン価格だけを見ていると、危機の本体を見失います。見るべきは、ナフサ、重油、物流、地方インフラを見るべきでしょう。
危機の本体は、いつも目立つ場所に出てきません。先に現れるのは、社会の毛細血管の中です。
気づいた時にはもう遅い
今回のオイルショックが私たちに突きつけているのは、単なる原油高ではありません。日本社会がどれほど「途中の血流」に依存していたかという事実です。
「明日から配給制」という劇的な破局は訪れないでしょう。しかし、社会は大きな一撃で破壊されるとは限りません。包装材、素材、物流、地方交通といった毛細血管から先に詰まり、その結果として、後日に
「気がつけば、ずいぶん不自由な社会になっていた」
と気づくことが多いような気がします。
じつは今回の危機の本質は、静かに社会が変わっていくことにあると私は考えています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
皆さんの生活や仕事は、どこから先に詰まると思われるでしょうか。
ガソリンでしょうか。
包装材でしょうか。
物流でしょうか。
それとも、勤め先の受注でしょうか。
よろしければ、こうした感想を、ぜひコメントで教えてください。
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また次回のコラムでお会いしましょう。
村田雅志(むらた・まさし)
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