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「ガソリン170円」で終わらない話、備蓄放出の裏に隠れるコスト吸収の行方

皆さん、こんにちは。村田雅志です。

ガソリンについて、小売価格を全国平均で170円程度に抑制するなどの補助を開始します。

電気・ガス料金については、直ちに上昇することはありません。

高市首相はご自身のXでこのように投稿しました。
また、赤澤経済産業大臣は閣議後の記者会見で

総理からも、昨夜Xで発信をいただいておりますが、改めて私からもふだん通りの給油を国民の皆様にお願いをしたいというふうに考えております。

ナフサは(中略)現時点で、直ちに需給上の問題はまず生じていません。

と発言されました。
高市首相の投稿を見たり、赤澤大臣の発言を、聞いたりして、少し安心した方もいらっしゃるかもしれません。

政府のおかげでちょっと安心

しかし、私はむしろ逆の感覚でいます。

国家が原油備蓄を放出し、補助金を再開し、それでもなお「普段どおりの給油を」と呼びかけています。

なんだか、2011年の大震災後に起きた福島原発事故に関する政府発表がプレイバックされたかのようです。

政府は、平時の顔を保ったまま、裏では非常時対応が始めています。経済産業省は3月16日、民間備蓄義務量の15日分引き下げと当面1か月分の国家備蓄放出を決め、3月17日には3月19日からガソリン小売価格を全国平均170円程度に抑える補助を行うと説明しています。

「第三次オイルショック」という言葉で今の事態を受け止めている方もいらっしゃるかもしれませんが、その危機感そのものは間違っていないと思います。実際、原油市場では3月17日に1バレル103.42ドル(ブレント)で引け、ホルムズ海峡をめぐる混乱が続くなかで供給不安は強まっています。しかも日本は原油の約95%を中東に依存しています。こうした局面では、日本は備蓄で時間を稼ぐしかない構造を抱えています。

ただ、今回のコラムでは「明日、石油が尽きるのか~」といった煽りではありません。感情論を一旦脇に置き、経済メカニズムから見ると、本当に怖いのは別のところにあることをご紹介します。

発生した巨大なコストが、誰に、どの順番で、どこまで押しつけられるのか。

今回は、その「見えない押しつけ」の地図を整理してみたいと思います。ぜひ最後までお付き合いください。


いま起きているのは「時間の買い上げ」

政府の説明にあるように、日本で原油がすぐに干上がるわけではありません。日本は原油の緊急備蓄を計254日分持ち、政府はその一部を使って供給ショックをなだらかにしようとしています。今回の備蓄放出(と補助金)は「危機がない」ことの証明ではなく、「危機の表面化する速度を遅らせる」措置として読むべきと思われます。

この「時間の買い上げ」を、安心材料と読むか、猶予期間と読むかで、その後の見え方は大きく変わります。

じつは私は後者だと思っています。

なぜなら、今回の政府が抑え込んだのは店頭価格の見え方でしかなく、発生したエネルギーコストは(当然ですが)抑えられていないからです。

原油高のコストはどこで吸収されるのか

原油価格の高騰によって上がったコストは、日本経済のどこかで吸収されます。

第一の吸収先は、家計です。

ガソリン、軽油、灯油はわかりやすい入口にすぎません。原油価格の上昇は、やがて物流費になり、物流費は食品・日用品・外食の価格に変わります。

こうしたコスト高は、都市部よりも他地域でより大きく効いてきます。ガソリン(≒原油)を使う車での移動の比重が高い地方や郊外では、移動そのものが生活コストの中核にあるからです。

第二の吸収先は、企業です。

原油高はすべての企業にとって同じショックではありません。価格に上乗せできる企業は、原油高ショックを他社・家計に転嫁できますが、交渉力の弱い下請けや内需型中小企業は、自社で吸収しがちです。するとショックを吸収した企業は、賃上げ余力、採用、設備投資を削らざるを得ません。ショックは「企業の話」で終わらず、数か月遅れて家計に戻ってきます。

第三の吸収先は、政府と通貨です。

政府は補助金で原油高ショックによる痛みを和らげます。しかし、補助はコストを消す魔法ではありません。政府は、誰かが負担するはずだったものを、一時的に引き受けているにすぎません。

家計は政府のおかげで原油高ショックからいったん逃れることができるかもしれません。しかし、そのツケは別のかたちで必ず戻ってきます。
「国が抑えてくれるから大丈夫」という理解は不完全な考えです。

すでに、数週間後、数か月後に起きること

すでに起きていて、これからさらに強まるのが、不安の可視化です。

表示価格、ニュース、買い控えや買い急ぎ、といった動きです。
政府はあえて「普段どおりの給油」を呼びかけていますが、それ自体が、すでに心理面の不安が政策対象になっていることを示しています。

数週間後に起きるのは、生活費の再値上がりです。

政府による補助は3月19日出荷分から始まりますが、店頭価格への反映にはおおむね1〜2週間かかると説明されています。

つまり数週間後には、物流費が静かに上昇し、食品や外食、宅配、地域交通のコストに滲んできます。ガソリン価格だけを見ていると見落としますが、家計を本当に痛めるのは「エネルギー高が生活のあらゆる価格に転写されていくこと」です。

数か月後に起きるのは、分配の固定化です。

企業収益の悪化が賃上げや賞与に跳ね返り、価格転嫁できる企業とできない企業、資産で逃げられる世帯と現金しか持たない世帯の差が、よりはっきりと開いてきます。

原油高は単発のニュースとして消えても、原油高を契機に削られた貯蓄、見送られた住宅取得、学び直し、転職機会は戻りません。

原油高ショック階級マップ

以前のコラムで
2×2で見る「インフレ・円安階級マップ」
というマトリックスをご紹介いたしました。

このマトリックス(地図)は、「外貨連動所得の有無」と「インフレ耐性資産の有無」という2軸を使いました。ただ、今回のショックを整理するには、また別の地図が必要です。

横軸は「コスト転嫁力」です。
原油高によって上がったコストを、価格や報酬に乗せて相手へ回せるかどうかです。

縦軸は「資産・外貨ヘッジ力」です。
株、不動産、外貨など、円安やインフレに対してバランスシートを守れるかどうかです。

この2軸を掛け合わせると、次の4つの層が見えてきます。

2×2で見る「原油高ショック階級マップ」

第1象限:転嫁できる × ヘッジあり

この層は、原油高ショックを他者に転嫁できる層です。価格転嫁しやすい企業や上流にいる人、そして資産サイドで守れている人たちです。痛みはゼロではありませんが、生活を削る前に価格や資産で吸収できます。

第2象限:転嫁できる × ヘッジなし

仕事や事業で原油高ショックを避けることはできても、家計の守りが薄い層です。売上や所得は増えても、生活必需品やエネルギー高で実感が削られやすい層でもあります。見た目は順調でも、「思ったほど豊かにならない」という感覚を持ちやすい層です。

第3象限:転嫁できない × ヘッジあり

所得面では原油高ショックに対して弱いものの、バランスシートで耐える層です。日々の負担感はあるものの、株や不動産などの資産がクッションになります。伸びは鈍くても、致命傷になりにくい層です。

第4象限:転嫁できない × ヘッジなし

原油高ショックが最も深く刺さる層です。車通勤が前提の地方、価格交渉力の弱い下請け、賃上げ余力の乏しい内需産業、不動産を保有しない賃貸世帯、などなど。今回の原油高で生活が削られるのは、主にこの層です。

ここで重要なのは、同じ「原油高」に見えても、人によっては「通過するコスト」でしかなく、別の人にとってはショックがまともにぶつかって生活が破壊される、ということです。

AIに画像を作らせるとこうなりました

原油高ショックを変える3つの装置

第一の装置は、居住地です。

都市か地方かという単純な話ではありません。車がなければ生活が成立しない場所に住んでいるかどうか、など複雑です。原油高は、交通インフラの違いを通じて、生活コストの差に変わります。

第二の装置は、住宅です。

持ち家か賃貸かだけではなく、断熱性や設備の差が効いてきます。省エネ性能の高い住宅、太陽光や高効率設備を持つ住宅と、古くて効率の悪い賃貸住宅とでは、同じ電気・燃料高でも家計への効き方が違います。

第三の装置は、キャリアです。

価格転嫁しやすい産業や企業にいるのか、それともコストを自腹で吸収しやすい産業にいるのか。原油高は、一見するとエネルギーの問題ですが、実際には「どこで働いているか」というキャリアの問題でもあります。

こうして見ると、今回のショックは単なる物価上昇ではありません。
居住地、住宅、キャリアという、簡単には動かせない条件を通じて、家計の耐性差を固定していくプロセスです。

「ガソリン170円」は猶予にすぎない

最後に、今回もっとも危うい点について触れたいと思います。

「170円程度に抑える」と聞くと、危機は管理されているように見えます。
確かに、政府対応として必要な措置でしょう。実際、補助と備蓄放出がなければ、家計への衝撃はもっと急だったはずです。

ただ、それでもなお指摘されるべきことは、170円という数字は防波堤ではなく、猶予だということです。

国家が時間を与えてくれている間に、誰が価格に乗せ、誰が利益率で吸収し、誰が生活から削るのか。
その差が、次の数年の日本の階級地図を塗り替えていきます。

争点は「第三次オイルショックが来るかどうか」ではありません。
もっと地味で、もっと厄介な問題です。

原油高のコストを最終的に誰が背負わされるのか。

そこを見誤ると、ニュースは追えても、自分の生活で何が起きるかは見えないままになります。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

皆さんは先ほどのマップの「どの象限」にいると感じていますか?

皆さんの生活で、今回最初に痛み始めたのは何でしょうか。
移動費でしょうか、食費でしょうか、それとも仕事の先行きでしょうか。

そして皆さんは、上がったコストを誰かに転嫁できる側でしょうか。それとも、自分で吸収するしかない側でしょうか。

よろしければ、こうした感想を、ぜひコメントで教えてください。

また、今回の内容が少しでも参考になったと感じていただけたら、コラムへのスキと、noteのフォローをいただけると励みになります。

Xでは、こうしたマクロな構造変化が日々のニュースにどう現れてくるかをリアルタイムで追っています。激動の時期を読み解く一助として、あわせてご活用ください。
https://x.com/muratamasashi

また次回のコラムでお会いしましょう。

村田雅志(むらた・まさし)


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