高市首相の責任ある積極財政の「正体」、日銀の忖度が招く【富の静かなる収奪】
最近、円安と輸入物価が落ち着いてきた、というニュースを見かけるようになりました。
「それなら、そろそろスーパーでの支払いも少しは楽になるはず…。」
そんな期待とは裏腹に、日々の生活費は依然として高いまま。テレビをつければ「株価は高値圏で推移」「インバウンド消費は過去最高」と景気の良い話ばかり。それなのに、なぜ私たちの生活は楽にならないのでしょうか?
「景気が良い」というニュースと、手元のレシートを見比べるたびに、自分の暮らしとの「ズレ」を感じて、なぜか不安になってしまう…。
「この『ズレ』は一体何なんだろう?」
そう思っているうちに、仕事のメールが来たり、日々の雑事に追われたりして、何が本当なのか分からなくなり、ただ漠然とした不安だけが募っていく感覚へ。

皆さん、こんにちは。村田雅志です。
高市新首相が、所信表明演説で「責任ある積極財政」を打ち出しました。聞こえは力強いですが、この言葉の裏に、私たちの生活を脅かす経済現象が隠されている、と私は感じています。
今回のコラムでは、政府の新しい方針が、いかにして日本銀行を「利上げできない」状況に追い込み、結果として私たちの資産を静かに目減りさせるかについて分かりやすく解説します。
そんな馬鹿な、と思えるかもしれませんが、なぜ私がそう考えているかについて、ぜひ最後までお付き合いください。
高市首相の「責任ある積極財政」とドーマーの罠
まず、高市首相の所信表明演説の一部を見てみましょう。
「経済あっての財政」の考え方を基本とします。「強い経済」を構築するため、「責任ある積極財政」の考え方の下、戦略的に財政出動を行います。…こうした道筋を通じ、成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務残高の対GDP比を引き下げていくことで、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していきます。
ここでのキーワードは「責任ある積極財政」です。そして、その具体的な目標は「政府債務残高の対GDP比を引き下げる」ことです。
これを達成するための条件は、数式で書くと非常にシンプルです。
政府債務の伸び率 < 名目GDPの伸び率
この状態を達成できれば、国の借金の対GDP比は下がっていきます。
ここで、少し立ち止まって「名目GDP」の中身を見てみましょう。名目GDP成長率とは、経済の本当の実力を示す「実質GDP成長率」と、モノやサービスの価格が上がる「インフレ率」を足し合わせたものです。
名目GDP成長率 = 実質GDP成長率 + インフレ率
つまり、たとえ実質GDP成長がゼロに近くても、高いインフレさえ起きてくれれば、「名目GDP」は大きく成長します。
これは何を意味するのでしょうか。
つまり、政府にとってインフレは「借金の対GDP比」という見かけ上の数値を改善してくれる、まさに「恵みの雨」なのです。

当然、口には出しませんが、政府はインフレ経済を歓迎している、ということです。
では、政府は、どうやってこの「名目GDPで借金を薄める」状態を、安定的に作り出すのでしょうか。ここで重要になるのが「ドーマー条件」という経済学の考え方です。
「ドーマー条件」とは、政府債務の持続可能性(財政の安定性)を判断するための考え方で、アメリカの経済学者エフセイ・ドーマーが提唱したものです。
このドーマー条件とは、
名目GDP成長率が長期金利よりも高ければ、財政赤字が続いても政府の債務残高の対GDP比は安定する(あるいは減少に向かう)
というものです。
つまり、政府にとって最も重要なのは、
名目GDP成長率 > 長期金利
という経済環境を維持することなのです。この条件さえ満たせば、たとえインフレであっても名目GDPの拡大で借金の利払い負担を相対的に軽くでき、財政が持続可能になります。
高市政権にとって、この「ドーマー条件」を成立させることは、政権運営の「最優先事項」と言っても過言ではありません。そして、この政府の強い意志が、日銀への圧力につながっていくのです。
日銀にかけられた「利上げはするな」という無言の圧力
ドーマー条件を成立させるためには、「名目GDP成長率」を高く保ち、「長期金利」を低く抑える必要があります。
もし、日銀が利上げをすればどうなるでしょうか?当然、長期金利は上昇します。すると、「名目GDP成長率>長期金利」という不等式を維持するのが難しくなります。最悪の場合、不等号が逆転し、財政破綻のリスクが市場で意識されかねません。
だから、政府は口には出さないまでも「日銀よ、利上げはできるだけ避けてくれ」と、強烈なメッセージを送っているのです。

日銀が政府の意向を「忖度」すれば、利上げのタイミングはどんどん後ろ倒しになります。その結果、円安はさらに進むことになるでしょう。
輸入物価が下がっても止まらない「ホームメイド・インフレ」の恐怖
「でも、円安で上がっていた輸入物価が落ち着いてきたじゃないか」
そう思われる方もいるでしょう。確かにその通りです。しかし、今起きているのは、それとは質の違う、もっと厄介なインフレです。
じつは輸入物価は、今年2月から前年を下回り続けており、「輸入インフレ」であるならば、消費者物価指数(CPI)も伸びが弱くなるはずです。
しかしCPIは前年比3%前後で高止まりしています。これは海外からのインフレ圧力ではなく、国内の賃金上昇やサービス価格の上昇などが原因となる「ホームメイド・インフレ」が起きている可能性を示唆しています。
もちろん、日銀もこの「ホームメイド・インフレ」の定着を、手をこまねいて見ているわけではありません。先日の金融政策決定会合の「主な意見」を詳しく読み解くと、内部での激しい議論が透けて見えます。
会合には、利上げに積極的な「タカ派」の委員たちがいます。
彼らは「企業や家計の予想物価上昇率は既に2%に達しており、インフレ・ノルムは定着した」「来春の賃上げで目標達成は決定的になる」と主張しています。
その上で、現在の超低金利が金融市場の不安定化リスクを高めていると指摘し、タイミングを逃さず利上げに踏み切るべきだと迫っています。
しかし、その一方で慎重派の委員たちがブレーキをかけています。彼らが懸念するのは、国内外の不確実性です。特に、米国の景気や関税政策の先行きが不透明であること、そして発足したばかりの高市政権の経済政策がまだはっきりしないことを理由に、「もう少し状況を見極めるべきだ」と主張しています。
とはいえ、会合メンバー間では、利上げ自体については概ね合意が形成されているように思えます。これは市場でも同じ見方が優勢で、12月の会合で追加利上げが決まると見られています。
しかし、本当にそうでしょうか?
私は、たとえ12月に利上げをしたとしても、それは「これで当面、利上げはしません」というメッセージも同時に発信されるのではないかとみています。
もしかしたら、サプライズとして、政府に忖度する形で12月も「利上げ見送り」を選択することもあり得ると考えています。
いずれのシナリオをたどったとしても、円安の流れを止めるほどの「本気の利上げ」は期待できません。つまり「ホームメイド・インフレ」の可能性がくすぶり続ける中、再び「輸入インフレ」がやってきて、私たちの生活コストを上昇させ続けるのです。
私たちはこの「新しい現実」にどう立ち向かうべきか
政府は「強い経済」と「財政再建」を両立させるため、日銀の金融緩和への依存を強めることになりそうです。
その結果として生まれる「円安」と「インフレ」は、政府が選んだ結果であり、私たちの持つ円資産の価値を静かに、かつ着実に奪うことになります。これは以前のコラムで指摘した「静かなる富の収奪」そのものです。
政府や日銀は、日本経済全体という大きな船を守るため、個々の乗客(私たち国民)の荷物が多少濡れることには目をつぶる、という選択をしているのです。
この厳しい現実の中で、私たちはどうすればいいのでしょうか。
答えの一つは、政府や日銀に「なんとかしてくれるはずだ」と期待するのではなく、私たち自身が金融リテラシーを高め、この円安・インフレの時代に適した資産防衛の術を身につけることだと私は思っています。
あなたは、政府・日銀が選択した「新しい現実」をどう受け止めますか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
私のnoteでは、今後も、こうした経済の大きな潮流を読み解き、皆さんと共に未来を考えるヒントを提供していきたいと思います。
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また次のコラムでお会いしましょう。
村田雅志(むらた・まさし)
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