賭けではなく、賭場を記述したい――「乱暴で雑なルール」「群れは誰を見せ、誰を消すのか」への付記――
はじめに
本稿は、独立した第三の論考ではない。
前二本を書き終えた直後に浮かんだ、一つの気づきをそのまま書き留めておくための付記である。
前稿では、制度とは計算コストを運用コストへ変換するプロトコルであり、そのプロトコルを更新し続ける仕組みなのではないかと考えた。
続く稿では、その更新に必要な新しい情報は、誰かの「賭け」、すなわち不完全情報下での局所的な探索から生まれるのではないかと考えた。そして、英雄、予言者、生贄、アウトローを、群れがその賭けの結果を編集・圧縮する仕組みとして読み直した。
しかし、二本を書き終えたとき、一つの違和感が残った。
私は本当に「賭け」を記述したかったのだろうか。
むしろ記述したかったのは、「賭け」が行われる場そのものではないか。
以下は、その違和感をそのまま言葉にした試みであり、まだ検討を先へ進めたものではない。だからこそ、独立稿ではなく付記として残す。
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意思決定と社会
私たちは、意思決定と社会を別々に研究することが多い。
心理学は個人の意思決定を研究する。
社会学は集団や制度を研究する。
経済学は市場を研究する。
政治学は国家を研究する。
しかし現実には、両者を完全に切り離すことはできない。
個人の意思決定は社会を書き換え、
社会は次の意思決定を書き換える。
私はこれまで、このような相互作用を「リカーシブな作用」と呼んできた。
もしそうなら、
「賭け」と「賭場」の関係も同じではないだろうか。
プレイヤーが賭場を作り、
賭場が次のプレイヤーを作る。
両者は原因と結果ではなく、
相互に状態を書き換え続ける一つの循環なのかもしれない。
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賭場には状態があるのではないか
ここでいう賭場とは、
博打場ではない。
社会でも、
市場でも、
学問でも、
民主主義でもよい。
重要なのは、
そこでは常に局所的な探索が行われ、
その結果が集団全体へ反映されるということである。
すると、賭場にも「状態」があるように思えてくる。
ある社会では、多様な挑戦が行われる。
別の社会では、誰も新しい挑戦をしない。
ある市場では利益が分散する。
別の市場では、一部へ集中する。
ある共同体では情報が広く共有される。
別の共同体では、一部の巨大ハブへ集中する。
これらは、それぞれ異なる状態として記述できるのではないだろうか。
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状態量という発想、とその手前で止まった理由
現時点では、これは思いつきに近い。
しかし、場を記述するためには、何らかの状態量が必要になるように思う。
例えば、
* 情報の分布
* 行動の分布
* 利得の分布
* ネットワーク構造
これらは、それぞれ社会の異なる側面を表している。
そして重要なのは、
これらを原因として扱うことではない。
むしろ、それぞれが社会の状態を観測するための観測量なのではないかということである。
さらに、
これらの観測量は独立ではない。
情報が変われば行動が変わる。
行動が変われば利得が変わる。
利得が変わればネットワークが変わる。
ネットワークが変われば情報の流れも変わる。
もしそうなら、
社会とは、
複数の状態量が互いを書き換え続けるリカーシブな場として記述できる可能性がある。
ここで一つ、正直に書き留めておきたいことがある。
「独立ではない」とここで自分で書いた時点で、これらを厳密な意味での状態量と呼べるのかどうかは、実はまだ分かっていない。それを詰める作業は、今回はしていない。ここでは、その手前で止まっていることを隠さずに残しておく。
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記述したいのは世界である
ここまで書いてきて、改めて気付いたことがある。
私が記述したい対象は、
制度だけではない。
賭けだけでもない。
社会だけでもない。
興味の中心にあるのは、
人間であり、
社会であり、
市場であり、
科学であり、
世界そのものである。
個別の分野を説明する理論ではなく、
それらを共通に記述できる座標系を探したい。
本稿で述べた「賭場」は、そのための比喩に過ぎない。
本当に探しているのは、
世界を記述するための場の理論なのかもしれない。
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おわりに
ここで述べた内容は、まだ仮説というより、二本の記事を書いた直後に浮かんだ気づきそのものである。
現時点では、
どの状態量を採用すべきなのかも分からない。
それらをどう定義すればよいのかも分からない。
数式を書く段階でもない。
しかし、この二本を書いたことで、一つだけはっきりしたことがある。
私は「賭け」を記述していたつもりだった。
しかし、その先には「賭場」を記述したいという問いが待っていた。
世界は、どのような状態量によって記述できるのか。
それらは互いにどのように作用し合い、
どのような循環として観測されるのか。
この問いを、独立した結論としてではなく、次に何かを書くときの手前に置いておくための付記として、ここに残しておく。
