見出し画像

「私は間違いなく謙信派」だったはずの私が、ある動画を見て『自分はどっちなんだ?』と立ち止まった話


昨日話題になった某球団のニュース記事を書こうと思い記事を作成した後に あ。また バカの壁 って思った事とウラで決まったアレコレを書いてもつまらない記事になるな。とボツにしました。

私の自慢の祖父は、大東亜戦争で「切り込み決死隊」に身を投じ、そこから奇跡的に生還した人でした。昨年、国会図書館のデジタルアーカイブで、祖父の生きた証が古い本に記録されているのを見つけた時の震えるような感動は、今でも私の「血肉」として心に刻まれています。
そんな山師だった祖父には、忘れられない口癖がありました。
お酒が入ると、決まって酔った勢いで、踊り付きで楽しそうに歌い出すのです。

「戦(いくさ)するなら 謙信公のような〜🎵」
「そりゃ 謙信公のような〜🎵」
「敵も情けに泣くような そうだ そうだ そうだ その意気だ その心意気〜🎵」

そして歌い終わると、私をまっすぐ見つめて、「謙信公のような、義に生きた男になれ」と熱っぽく語るのでした。 過去記事

幼い頃の私には、その言葉の本当の意味はわかりませんでした。
けれど、心の中には「上杉謙信=最高にカッコいいヒーロー」という方程式が刷り込まれました。
だからこそ私は、自分のルーツも含めて「自分は間違いなく、生涯ブレることのない上杉謙信派だ」と思って育ち、以前も謙信公の「義」の美学について熱く語る記事を書いたばかりでした。 過去記事

自分は「義」と「情緒」を重んじる人間だ。そう信じて疑わなかった私ですが、昨日、自分の心の奥底を覗き見るような、ある動画に出会いました。

みなさんも、まずは騙されたと思って、以下のスゴロクチャートを辿ってみてください。
左上の 「Start!」 から、あなたの心に従って 「YES(赤)」「NO(青)」 の矢印を進んでみてください。


辿り着いた結果の番号は、どのようなものだったでしょうか? 

  • 【結果 1】上杉謙信タイプ(純粋なる「義」とパッションの神将)
    あなたは純度100%の「情緒・直感」の持ち主。損得勘定や周囲の評価ではなく、自分の直感と『人としての正しさ』を信じて突き進みます。その裏表のない純粋さと燃え盛る情熱は、時に孤高でありながらも、多くの人々を惹きつけて絶対的な信頼を勝ち取るカリスマ性を持っています。

  • 【結果 2】武田信玄タイプ(ロジックと人情を両立する名マネージャー)
    あなたは「合理」をベースにしながらも、人情と伝統を絶対に捨てないバランスの達人。物事を冷静かつロジカルに整理し、勝つための組織(仕組み)を作る高い能力がありつつも、人の心に寄り添う温かさを忘れません。まさに現代社会において最も理想とされるリーダーです。

  • 【結果 3】織田信長タイプ(時代を切り拓く超合理の変革者)
    あなたは信玄の合理性をさらに極限まで突き詰めた、冷徹な「知性」の権化。古い伝統や時代遅れの常識を恐れず破壊し、最新のツールや技術を駆使してゼロから新しい時代を作るイノベーターです。他人に理解されずとも、大目的のために孤独な決断を貫く圧倒的な意志の強さを持っています。

  • 【結果 4】石田三成 & 大谷吉継タイプ(冷静なロジックと、熱い友情のハイブリッド)
    あなたは頭脳こそ極めて冷徹で合理的(三成)でありながら、心の中には「義」や「友情」のために命を懸けられる熱い想い(吉継)を秘めている人。普段はスマートで論理的ですが、ここ一番という場面では、勝ち目がなくとも大切な人のためにすべてを投げ打って戦える熱い人間味を持っています。

  • 【結果 5】真田幸村タイプ(滅びの美学を愛する究極のロマンチスト)
    あなたは、戦況を冷静に分析する高い知性を持ちながらも、最後は「己の生き様」と「美学」のために最も美しい散り際を選ぶ、究極のロマンチスト。短期的な損得や利便性を超えたあなたの生き様は、人々の心を激しく揺さぶり、後世にまで語り継がれるような美しく深い伝説を生み出します。

いかがでしたでしょうか? 

思い通りの結果になった方も、意外な結果に驚いた方もいるかもしれません。

実は、このスゴロクチャートの質問と診断内容は、私が昨日YouTubeで偶然見つけた、ある対談動画からインスピレーションを得て作ったものです。

その動画とは、実業家であり文明批評家でもある執行草舟氏が語る、

「上杉謙信 x 武田信玄 日本人の精神を形作った武将たち」

というものでした。

「私は完璧な謙信派だから」と、軽い気持ちで再生した動画でしたが、そこで語られていたのは、私のこれまでのアイデンティティを根本から揺さぶるような、日本人の精神の「二面性」の真実でした。

動画の中で執行氏は、謙信と信玄を「どちらが良いか」という善悪ではなく、「日本人の精神を形作る、究極の半身同士」として対比させていたのです。

上杉謙信は【感じる軸・情緒(縄文の魂)】。私利私欲を完全に捨て、ただ「信義(義)」と直感のために生きた、スピリチュアルな純粋さの体現者。

対する武田信玄は【知る軸・合理(弥生の文明)】。データを重んじ、勝つための「仕組み」と「磐石な組織」を作り上げた、極めて科学的でロジカルな文明人。

そして執行氏は、こう静かに語りました。

「川中島の戦いで、この二人が決着をつけず、引き分けたことこそが日本人の奇跡である」と。

もし、純粋な情緒を持つ謙信が勝っていたら、日本は情緒やパッションだけに偏り、国家を維持できない「非現実的な国」になっていたかもしれない。逆に、もし徹底した合理主義の信玄が勝っていたら、日本は冷徹なロジックと実利だけの「魂のない冷たい国」になっていたかもしれない。

この二つの対極する精神が激突し、互いを認め合って美しく引き分けたからこそ、現代の私たちの中に「高い合理性を持ちながら、同時に美しい情緒(義や人情)を大切にする」という、世界に類を見ない精神の美しいバランスが生まれたのだ、というのです。

この解説を聴いたとき、私はハッとしました。

自分は「完璧な謙信派(情緒)」だと思い込んでいましたが、この過酷な現代社会を生き抜くためには、信玄のような「合理的な知性」も間違いなく私の中に必要であり、実際に使っていることに気づかされたからです。

どちらか一方だけでは、人間は完成しません。

情緒だけでは現実の荒波に押し流され、合理だけでは魂が乾いて死んでしまう。

そのことに気づいた瞬間、私を「謙信派」に育てたはずの、あの「切り込み決死隊」から生還した祖父の姿が、まったく違う色彩を帯びて脳裏に蘇ってきました。

祖父は私に「謙信公のように義に生きろ」と言いながらも、戦争という極限の過酷な現実を、強靭な「合理性」と「生への執着」によって泥臭く生き抜いて帰ってきてくれました。そして戦後の混乱期をたくましく泳ぎ切り、命を私へと繋いでくれたのです。

そう、祖父自身の中にこそ、純粋な「情緒(謙信)」と、生き抜くための「合理(信玄)」が同居し、その二つが見事に調和していたのだと、今になって深く納得がいきました。

私たちは、時に信玄のように冷徹に現実を見つめて仕組みを作り、時に謙信のように熱くパッションを燃やして信義を貫く。

どちらか一方を選ぶ必要なんてなかったのです。

その両方を抱きしめて、葛藤しながらも進んでいくことこそが、私たちが祖先から受け継いできた、愛すべき「日本人の精神」なのだと、あの動画は教えてくれた気がします。

みなさんは、どの武将タイプでしたか?

そして、謙信と信玄、どちらの魂に惹かれますか?

いいなと思ったら応援しよう!

n8s ありがとうございます!! 励みになります。