京都に住もうと思った理由(パート2)

この言葉を見かけたのは、Xだった。
発言したのは、エミンユルマズさん。
トルコ出身で、東大を卒業。野村證券を経て、
いまは投資家・経済評論家として活躍している人。
京都に住んでるわけじゃない。
でも、彼のような投資家が、
こんなふうに言い切るって、なんか…すごく刺さった。
たしかに、東京や大阪は他の都市と比較できる。
シンガポール、上海、ニューヨーク、ロンドン…。
でも、京都は?
代わりが、ない。
そうか。
「唯一無二の場所に、日常を置く」というのは、
ただのロマンじゃなく、ちゃんと“投資”でもあるのかもしれない。
このポストが頭にこびりついたのはいうまでもない。
最後のひと押しになった。
京都に家を買おう、と決心した。
とはいえ。
京都のことを“理想郷”だと思っていたわけではない。
すでに何度も通っているし、住んでいる人の声も聞いている。
ちゃんと、めんどくさいこともある。
物件価格は思っていたより高い。
特に中心部は、想像以上に争奪戦。
出てきた瞬間に申し込みが入る。
選択肢は少ない。
あと、観光シーズンの混雑。
通勤・通学の道に観光客がわらわらいると、
「え、ここ日常だよ?」って思う。
正直、大阪の片田舎の快適さに慣れてると、
ディズニーランドかよ!と思うことがある。
(*最後にディズニーに行ったのは10年前だが)
それでも、パート1で書いたきっかけから
次々と出てくる「住みたい理由」。
まず、街の広さがちょうどいい。前にも書いたが
”ぎゅっ”となってる。
体感として、ちょうど「人間スケール」。
歩いても自転車でも、満足の行く散策ができる。
「観光地に住んでる」って感じじゃなくて、
「観光地が生活の背景になってる」っていう感覚は
京都だけだ。
あと、季節の存在感がすごい。
春の桜、夏の祭、秋の紅葉、冬の底冷え。
それぞれがちゃんと主張してくる。
あと、
「紹介したくなる日常」がある。
「映えるスポットが多い」と言ってもいい。
東京の友人が京都に遊びに来ると、
ただ一緒に道を歩いてるだけなのに、言いたくなる。
「川床のカフェで見る鴨川と山サイコー」とか
「夕焼けを見るならここ」とか。
もちろん、まだ住んでない。
いまは、ようやく「家を買おう」と決めた段階。
でも、もう気持ちは、
半分くらい、京都の街にある。
他にない場所に、他にない暮らし。
ちょっと不便でも、それ以上に“意味”がある気がしてる。
あのエミンさんの言葉が、
いまでも、ずっと背中を押してくれている。
