今日のジャズ: 10月20日、1960年@ニュージャージーRVG
Oct. 20, 1960 “For Heaven’s Sake”
by Tina Brooks, Blue Mitchell, Kenny Drew, Paul Chambers & Art Taylor at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ for Blue Note (Back to the Tracks)
ティナブルックスは、その柔和で陰りのある哀愁トーンと、繰り出す枯れた旋律が何処となく秋を彷彿とさせるアーティストの一人。ブリブリと積極的にブローして演奏を引っ張るリーダータイプではなくて、その場の雰囲気に控えめに合わせに行ってトータルバランスを取りに行くサーバントリーダータイプ。
前半、陰影のあるブルックス主導のゆったりした内省的なメロディーで、まったり進行して、演奏の土台を形成したかと思いきや、2:24からスイング感が加速、3:29にブルーミッチェルが場違いな位の華々しいトランペットで登場して、その派手で力強いトーンと音運びに引きずられるかのように、奏者全員の歯切れが良くなり、突如として迷いが晴れて道が開けるような流れが面白い。
脇役のムードメーカーが試合をひっくり返すかのような展開で、主役のブルックスですら影響を受けたのか後半のトーンが明るめに転じ、終盤で両者が絡むと合わせ味噌のように絶妙な陰陽バランスが取れているのが面白い。敢えて狙っての展開か、無意識にそうなったのか。
ミッチェルは、アートブレイキー同様に若手有望株を多数輩出したホレスシルバーのバンドの出身。10月14日紹介曲のリーモーガンとの比較で言うと、音色に煌びやかさと華があるのが共通点。
垢抜けた明るさや、後にファンクやフュージョンも手掛けた柔軟性は、アメリカでも特に多人種が行き交うフロリダ州マイアミ出身というバックグラウンドの影響か。そのミッチェルのシルバーとの溌剌とした観客と一体化している本作翌年のノリノリのライブ演奏はこちらからどうぞ。
ドラマチックな展開の先、5:28にドラムが止まると、物足りなさを覚えるのは、如何に地味ながら進行において燻銀のアートテイラーが存在感を示していたか、という証の裏返し。
ブルックスの存命中にリリースされたリーダーアルバムは、僅か一枚。現時点では本曲を含めて、計五枚が流通している。つまり、四枚が亡き後に日の目を見た。第一回目のセッションの記録が、良く分からぬ理由でリリースされず、その傾向が続いたというのが一般的な見解のよう。唯一リリースされたアルバムすら、大したプロモーションもされなかった。"Who Killed Tina Brooks?”というWikipediaで参照されていた文書によると、演奏も存在も際立って目立つ点が無いがために、ミュージシャンからもレーベルからも後回しにされて埋もれて機会を失い忘れ去られた、という事らしい。リリースされた一枚、”True Blue”から未発表アルバムを掘り起こしたのは、ブルックスの演奏に侘び寂びの美学を見出した日本の熱狂的なファンと、それを実現させた日本の東芝EMIレーベル、そしてブルーノート未発表音源発掘仕事人のマイケルカスクーナがあってこそ。本人の存命中にもっとスポットライトが当たっていれば、とも思うが、本人の性格なのか巡り合わせなのか運命の定めなのか、そんなブルックスの境遇に想いを馳せながら演奏を聴いてみると、また違った味わい方が出来るかも知れない。

1960年6月25日RVG録音
さて、本曲は、ビリーホリデーが歌った事で脚光を浴びてスタンダード化が加速した。曲名の和訳は「(一生の)お願いだから」。

ブルックスにご興味を持たれた方は、こちらのサイドマンとしてギターに寄り添った渋みのある演奏もどうぞ。因みにブルックスはサイドマンとして13作品に参加した。
本作同様の、安定感のあるテイラーとベースのポールチェンバースの組み合わせは、こちらでもお楽しみいただけます。
そして、ドリューとテイラーの組み合わせは、こちらからどうぞ。
ドリューとチェンバースの組み合わせは、こちらからどうぞ。
最後に、マイケルカスクーナによるブルーノートの発掘作品をお楽しみください。
本日も最後までお付き合い、どうも有難うございました。
