”愛”とは諦めないこと はっとりさんの愛にふれた
私にもその感覚がある。
春の日差しでありたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、ころん、と生きる。
きらきらしたら、ぷかぷかに戻るリズムの中で、私のままで、もうすべてそろってる。
あなたにとって、愛とは何ですか?
与えるもの。
一緒にいたいと思うこと。
すべてが愛おしいと感じること。
愛って何?
の問いを私は考えていて、感じていて、思い出している途中。
愛とは、理解したいと思うこと、寄り添いたいと思うことを決して諦めないというかたちがある。
他者を100%理解できないことが分かっていても諦めない。
"愛"とは諦めないこと
【あなたにとって”愛”とは?】
— はっとり@無駄と余白を愛すコミュニティデザイナー (@BibbiBobbiboo1) March 30, 2026
「諦めない」こと。
どれだけ想っても、どんなに寄り添っても、他人である以上、本当の意味でその人を理解することはできない。でもできなかったとしても、「理解したい」という姿勢を手放さない、諦めない。それが私にとっての愛。
Special thanks @shino_bunko 🤍
「自己理解プログラム」でお話ししたことのある、無駄と余白を愛するコミュニティデザイナーのはっとりさんが愛について、こうつぶやいていた。
私は、愛を思い出す道の途中だから看過できなかった。
何より、はっとりさんは愛の人であたたかくて、包容力を感じさせる人。
だから、そのはっとりさんが、「愛とは諦めないこと」という言葉にしているのは、とても腑に落ちていて、心に響いた。
「理解したい」という姿勢を手放さない、諦めない。
そこに覚悟のような「強さ」を私は感じた。
はっとりさんの愛は、やわらかいだけじゃないんだ、強さも秘めていたんだ、と思った。
理解したい私
看護師として働いていた時の感覚を思い出した。
私は患者さんのことを理解したかったし、寄り添いたかった。
だから、共感しようと意識していたし、受容的態度で接していた。
看護師の私がしていた「ともにいる」は、ぎりぎりまで近づきたいであって、私という輪郭を保ったまま近づける所まで近づきたかった。
けれど、時にはその境界が溶けてしまうということも起きていたと思う。
「100%相手のことを理解することは出来ない。」
この前提を私は持っていた。
はっとりさんの言葉に重なる。
「本当の意味でその人を理解することはできない」
だからこそ、理解しようとすることを私も諦めたくなかったのだ。
そう思うからこそ、ぎりぎりまで近づこうとした。
健康な私と、病んで病院にいる患者さんでは、分かり合えることはないのかもしれない。
それでも、私は心のゼリーを預かりたかった。
また、どうしようもない隔たりを感じること、言葉の力が無力になる瞬間というのも存在した。
「死にたい」という言葉を口にする患者さんの気持ちを私は想像することは出来ても、理解することは出来なかったし、かける言葉を持ち合わせていなかった。
だから、ただその場にともにいた。
体にふれる、その場を時間をともに過ごすしかできなかったでもあるし、そうすることで何かは伝わっていたと思う。
コーチングをしている私にもつながっている。
あなたの本当の願いや本音をともに見つめたい。
その根底にはあなたを理解したいがある。
自分の声を見つけることから自分を生きることは始まる。
受容と理解が私にとっての愛
【私にとって愛とは?】
— なほ|照らす言葉を贈る人 (@naho_terasu) March 30, 2026
去年の夏からずっと考えている。
理解と受容が私にとっての愛だ。
私も理解しようとすることを諦めたくない。
あなたと私はちがう人間、だけど同じ人間でもあるから。
分かち合いたい。 https://t.co/HiOgkyjaKA
私は、愛がほしい。与えてほしい。
そして、与える側になりたくない、と思っていたことに2月気づいた。
コーチングで話している時に見えた私。
与える側に立つと、もらえない、そして私の愛が減っていくように思っていたのだ。
愛は光だから、与えても減らないし、循環しているもの。
空気のようにそこに存在している。
まだまだ愛されたいに重心があって、自分が人に与えられるということがあまり分かっていない。
私は愛だ。愛そのもの。
それを思い出させてもらったけれど、愛はあふれているという感覚ではなく、漏らしている。
周りの人が、私から愛を感じてくれている。だから、漏れてはいる。
最近は、意識して愛を流しています。
愛される。愛する。
その両方が、私にとって「受容」と「理解」の上に成り立っている。
私は、相手のことを理解したい、知りたいと思う。
それは、「もっと愛おしくなるからだよ」と教えてもらった。
理解することで愛したいと思っている。
理解すること=大切にすること・その人の風景を尊重すること
知りたいは、私にとって愛の動作なのだ。
まとめ
愛のかたちについて、また1つ知ることが出来ました。
愛についてまっすぐに言葉にできること、一般的な概念や定義ではなく、「自分にとっての愛とは何か」を言葉にできるのは、とてもまぶしいと思った。
愛はすべての人にとって普遍的なテーマだと思う。
けれど、語る機会はそんなに多くない。
また、人によっては愛にふれることが難しいタイミングがあったり、準備が出来ていなかったりする。
はっとりさんの愛と私の愛。
重なる所があると思った。
こうやって重なりのある人と出会えていることに感謝です。
はっとりさんがこうして愛について言葉にしてくれたから、私も今の私が思う愛のかたちについて言葉にする機会をもらいました。
ありがとうございました!
魔法使いでもあるはっとりさんの愛にふれさせてもらいました。
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愛って何?についてもお話しできたら嬉しいです。
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▽分かち合うことを諦めない
▽愛「で」生きると言葉にしている人にも出会っている
▽ケアの原点で愛の原点は、ただその場を分かち合うこと
森の奥の小さな庭で、
文通をしています。
「なほの静かな文通室」
よかったら、のぞいてみてください。
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