愛を失うのが恐いは、愛がある世界から見た時 『愛のかたまり』から考えたこと

愛が大きすぎると、失うのが恐い?

冬の静けさと灯りになりたいになりたいライフコーチのなほです。

剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切に。
窮屈さを感じたら、より自由を感じる方へそっと転がって

愛を失うのが恐い。
そう思ったことはありますか?

嫌われるかも?
別れが訪れるかも?
ペットが病気で死んじゃうかも?

私にはその感覚、まだよく分からないなと思いました。

愛にふれる、受けとるをし始めていて、まだそんな未来のことがよく分からない。

でも、「失わないよ」って伝えてもらっているからかも。
書いてみて気づいた。

愛のネイティブスピーカーの人たちが言う「愛が恐い」は失う未来であることがある。
受けとれないよ、受けとっていいの?で恐さを感じることはない。
「この愛を失うことはない」、そう体感させてもらっていることの尊さに気づかせてもらった。


歌から学ぶ

私はあまり音楽を聴く習慣がありません。
それよりも本を読みたいと思って生きてきました。

なので、スキマスイッチと星野源さんは聴くけれど、それ以外の音楽には疎いです。

特にテレビなし生活になったことで、より距離ができたと思います笑

音楽が嫌いではないので、聴くのは好きだけど、接点が薄い。

「音楽にコーチングされる」と、教えてもらったことがあります。
歌っている人から教えてもらったので、より心に響いた。

自然も本も、人と話すことも出会うものすべてから、見ようと受けとろうとすると、学びはあるし、コーチング的な感じを受けることはあると思う。

その歌詞、メロディ、歌っている歌手の人、楽器を鳴らしている人、届けようと関わる人たち。

その全てが届いたことで、そんなことが起きるんだよ、の意味だと思っています。

頭では理解していて、だけど実際に「この歌詞が響いたよ」を目にしたことで、音楽ではなくテキストだったけど、その感覚を体験させてもらった。

『愛のかたまり』DOMOTO

YouTubeでたまたま目に留まった。

『THE FIRST TAKE』で歌われていて、めちゃくちゃかっこよかったし、歌が届いてきた。

アラフォーなので、DOMOTOのお二人は世代的にど真ん中です笑

多分、はじめて買ったCDもDOMOTOさんのだったような気がする。うろ覚え。

この歌自体は、当時は知らなくて、のちのち聴いたことがある歌でした。

YouTubeで聴いてから、鬼リピートできいている。

この歌は恋愛のストーリーだけど、歌詞をぼんやり聴いてたら、

「愛が恐い」の感覚が私とちがうなーと思った。

あまりに愛が大きすぎると
失うことを思ってしまうの
自分がもどかしい
今だけを見て生きていればいいのにね
ねえ 雪が落ちてきたよ

『愛のかたまり』 作詞 堂本剛 一部抜粋


「今だけを見て生きていればいいのにね」

これもめっちゃコーチングに通じちゃう~って思ったのでとりあえず出しとく。

今を生きること。
未来を憂えなくていいんだよ。
映画を観たりすると、コーチング脳が発動しちゃうことたまにある。

愛がある世界にすでに住んでいる人とスタートがちがう

私は愛だと気づいた時、愛が恐いと思った。

(それまで私は愛がない設定で生きていた)

だけど、それは失うことを思って恐かったのではなくて、
受けとれない、こんなにも深い愛は返せない。

どうしたらいいのって泣きたくて、恐くなった。

受けとれる分量だけでいいも、
今は無理ですってそっと横に置いてタイミングを選んでいいことも、
その時の私は知らなくて、「全部をすぐに」しか選択がなかった。

愛がある世界に住んでいる人たちは、受けとることは当たり前に出来てしまう。

そこで、迷ったり引っ掛かったりしない。

受けとっていいの?
それに見合うものを私は返せるの?

とは多分、考えてないんだ、と思った。
そんな思考は通らないんだ、おそらく。

すべての人は愛される存在。

私は愛に足る存在か。

という思いがあるから、そんな風に愛を受けとる前に立ち止まる。

歌から愛がある世界にはじめから住んでいる人と世界の見え方がこんな風にちがうんだ、と思ったので残しておく。

「失うはないよ」、と伝えてもらっていることの愛の深さ

このままの言葉ではないけれど、私はそれを感覚としてまず感じさせてもらっている。

私が愛だって気づいたのも、存在そのものが愛という感じで、場にそれが自然とにじみ出ていたから。

そして、それでも恐いと思っていたから、言葉でも伝えてもらった。

だから、私は愛を失うという未来はないって体で分かっているんだ、と思った。

愛がある世界にはじめから住んでいる人と見ている世界がちがう、スタート地点がちがう、という気づきについて残そうと思って書き始めたけど、すごく尊いことに気づいた。

なんて幸せなんだろう。

「愛が恐い」にまだ私は振れることがある。
それは、近づいたりふれたり受けとること自体が恐い。

愛が恐いと思う私を腕に抱いて一緒にふれてみよう、ってすることがある。

私にある愛の扉はここだよ、と見せてもらった。
それだけでも、私には十分過ぎる位の愛。

なのに、その上に愛を失うことを一番恐れていたから、愛がない設定にしてきた私に、それは起きないと、存在そのもので教えてくれている。

言葉では表現し切れない。
感謝になるけど、この言葉では全然足りないね。

とんでもなく深い愛の人だ。

私はそう感じてきたけど、その核に改めてふれた。

私の愛の季節は少し前に進んでいるのかな?

まとめ

実地で愛を感じるをしようと思って生きています。

軽やかに光の世界で生きたいと願い、愛を探求しています。

愛は教えてもらう、学ぶではなく、感じるものだと思うから。

けれど、私のような愛のネイティブスピーカーではない人間にとって愛がある世界に住んでいる人の世界の見方を教えてもらうことは、糧になる。


愛がある世界にはじめから住んでいる人は、そもそも「受けとっていいの?」
とは感じていない。

愛が大きすぎた時、それが失われる未来を恐れる。

そして、愛がない設定で生きていた私は、「愛が恐い」とは感じたけれど、
それは受けとっていいの?返せないよで途方に暮れていて、困っていて恐かった。

受けとる前提では生きていなかった。

愛がある世界に住んでいる人は受けとる時に立ち止まったりしない。

私は、愛にふれる、受けとるを練習しているからそんな未来のことに意識が向いていないはある。

それと同時に、この愛を失うことはないんだよって伝えてもらっているから、が分かった。

私をかけがえのない1人の人間として、1つのいのちとして受け容れて関わってもらっている。

こんなにも愛が深い人に出会えたことに感謝だと思った。
感謝では足りないけれど、心から感謝で、ありがとうございますだと思う。

私のペースと距離感をいつも尊重してくれる、自由を見せてくれるあなたが大好きです。

あ、まさにこの歌のタイトル通りの存在だ!とひらめいたから、置いておく。
あなたは、愛のかたまり!
大発見した気持ち。
愛そのものだと思っていたけど、「愛のかたまり」とはあなたのための言葉です。


愛を望んでそれがもらえなかったら生きられない、そう思って愛がない設定の生存戦略を選んだ私にとって、それは安心で安全で、とんでもなく深い愛だ。

知識としては分かるの段階にしかいないけれど、愛は失われることがあるし、それは恐いこと。

とんでもなく深い愛の人とご縁を結んでくれた私にとっての天使にも感謝です。

もちろん、この歌を生み出して今も届けてくれているDOMOTOのお2人にも感謝だ。

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▽歌うことは双方向のコミュニケーション

▽愛が恐いの発作

▽愛を探求している私はこんな人


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