「愛が恐い」のミニチュア版が起きている
相手から近づいてきてくれている。
なのに、嬉しいと同時に恐くなった。
秋口の陽だまりになりたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
胸に宿る小さなひかりは、そっと世界を照らしています。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切に。
相手から興味を持たれたり、仲を深めようとしてもらったことはありますか?
一緒に遊びに行きましょう。
共通の話題に花が咲く。
もっと話を聞かせてほしいです。
私は、周りの人に拒否されたくない、受容されたいと切実に願っていて、だからこそ自分から近づいた時に、それが起きたら恐いなと思ってきました。
けれど、最近相手から近づいてきてくれたのに、「恐い」という感覚があることに気づきました。
愛を受けとることに慣れていない、練習中なので「愛が恐い」と感じることはしばしば起きる。
その私も腕に抱いて、また野原に下ろしたりしながら愛を受けとる。
愛が恐い私
この私に気づいたのは、それこそとんでもなく深い愛を持って接してくれた人と出会ったからでした。
ここに私の愛の扉があるよ、って見せてくれたし、愛が存在している世界に包んでもらった感じです。
体験させてもらった、ふれさせてもらった、そのプールで遊ばせてもらっている。
ただ与えてもらっていると思っていたけれど、私の中にもあるから、感じるができたとも言えそうです。響き合う何かが私にもあった。
だから、私は私の中にある「愛がある」に通じる扉を開けた(気づいてなかった扉)。
開けない選択肢もあったんだよね。
この愛が恐いと思う私(うさぎちゃんと呼んでいる)は、愛がある世界を見たり感じたりするようになったからといって、消えてなくなった訳ではありません。
私はうさぎちゃんを両腕に抱えたまま、愛にふれる。
そう決めて、ふれる、感じることをしました。
再びうさぎちゃん
恐くて近づけないが起きたのは、それはもうとんでもなく愛が深かったからでした。
受けとれない、返せない、どうしようと、ただただ立ち尽くして泣きたかったです。
愛だと気づきたくないくらいだった。
今回はおそらくそれを小さくしたことが起きているんだ、と思いました。
「輪に入る、はじかれる」
こういう言葉を私は人との間にある関係を思う時に、コーチングセッションにおいて言葉にしたことがあります。
受け容れてもらう。の相手任せの受け身。
「入れてあげるよ」って言われたら近づける状態。
(今は、他人任せではなく「自分があたたかい関係を作るんだ」に世界が反転したので、主体的にそうしようとしています)
そして、今回は「おいでよ、入れてあげる」よりも一歩進んだ、相手から距離を縮めてくれるということがいろんな人との間で起きました。
たまたまだけど、私は近づいてきた、距離を縮めてくれたと受けとった。
大好きだと思う人が、そうやって私に近づいてきてくれる。
嬉しいけれど、ちょっと恐い。
うさぎちゃんがまた耳をぴんと立てているんだ、と思った。警戒している。
自分から近づく。
それについては私は私のペースで努力してきた感はあって、「これ以上近づかないで、来ないで」って言われるかもしれないという気持ちを持ちながら近づくにトライしてきました。
けれど、今回は逆のことが起きている。
相手が近づいてきてくれた。
愛を受けとる
愛を受けとる、ふれるを練習中。
だから、受けとることはできる。ありがとうって。
けれど、受けとった先に起きるかもしれないことにうさぎちゃんは「恐いんだけど」って私に伝えに来てくれている。
受けとって返せるの?本当に受けとっていいの?大丈夫なの?傷つくことは起きないの?
そうやって私を守る役目がうさぎちゃん。
どんな私にも大事にしている願いがある。
信頼とも関係していそうで、私を信じること、相手を信頼することも関わっていると思います。
小さな愛は受けとれるけれど、距離が近づくような愛は、ちょっとまだ大きいのだと思う。
だから、「愛が恐い」のミニチュア版みたいな感覚になる。
嬉しいけれど、恐い。
振り子は振れる
感情や今の私が過去の私に揺り戻されることを振り子のイメージで捉えています。
教えてもらってからこのイメージをとても活用している。
愛にふれる、感じるをし始めていて、「愛がない設定」で生きてきた私は、愛があるにOS更新したからといって、いきなりその世界に生きる、愛を生きるに完全シフトできた訳ではありません。
日々、新しい愛のかたちを発見したり、受けとったりして、光の世界で生きたいと願って、愛を感じるをしています。
だから、振り子が振れて、恐いになることはある。
振り子が振れているんだな、と見られる目があるから大丈夫だし、うさぎちゃんの話をちゃんと聞く。
「そうだよね、正面から愛だよって感じでやって来たけれど、大きさがちょっと大きいよね。
だけど、受けとっても大丈夫だよ。あなたに受けとる準備がある、気づける、愛にふれるをし始めたからやってきた愛なんだよ」って話してみる。
野原に自由にしていいよって一度は下ろしたけれど、また戻ってきている感があるので、またしばらく腕に抱いて、なでなでしていたらいい。
まとめ
愛が恐い私にキャラクターを与えて考えているので、イメージの世界の話がたくさん入っていました。
客観的に切り離して捉えることで、うまく付き合えると思っています。
あたたかい愛をたくさんもらっていて、発見してふれるをしているけれど、まだ大きさ的には大きいかも…となる愛もある。
そして、受けとる分量は選んでいいし、今は受けとれないなら、そっと横に置いてもいい。
これも合わせて思い出しておく。
受けとるだけで、もう返している。
ただ、ありがとうの気持ちで受けとればいい。
ぐらぐら揺れながら、行きつ戻りつしながらやっていくんだな~、ということを感じた秋。
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▼大きな世界の転換が起きた話。外の世界は恐くない。ありのままの私は受け容れてもらえないが、そうじゃないに変わった瞬間。
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