歌うことも表現で、それ以上にコミュニケーション
写真を撮ることが、コミュニケーションだという気づきがあったことに続いて、「歌う」も双方向だ、に気づいたので言葉にしてみる。
秋口の陽だまりになりたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切に。
窮屈さを感じたら、より自由を感じる方へ踏み出して。
あなたの周りには、歌を歌っている人はいますか?
歌が上手な人がいる。
カラオケが趣味な人。
アマチュアでバンド活動をしている人がいる?
カラーバス効果もあるのだと思うけれど、歌う人が私の周りには意外と多いなって思った。
私と頼るのおまじないを一緒にかけてくれた笑顔が爽やかなコーチはギターを弾きながら歌っているし、魔法使いって思う人も歌っているし、大学の時の友だちもミュージカルをするくらいに歌っていたし、合唱をしている人もいるし、かおるさんも歌っている。
自己表現にアンテナが立っている。私にとっては書くことが自己表現の1つの方法。
歌うことは、ライブという空間においては特に双方向で豊かなコミュニケーション。かおるさんのnoteから学んだこと。
書くことは自己表現
これに気づいたというか、私の中では、書くことは遊びだよね~、表現っていう感じではないよね~って思っていたのが、ただ内にあるものを外に出すことも表現だ、って言われたことで、私も書くことで表現している、に認識が変わった。
それがきっかけで、「自己表現」にアンテナが立った。
さらに、かわいくなりたい(見た目的に)も表現の1つだよなーって思っていて、自己表現のかたちについてぼんやりと考えていました。
絵を描く、踊る、写真、走る、歌う、書くにも小説もあれば、詩もある。
服装もメイクも自己表現で、所作ひとつとっても自己表現。
そして、何よりもマイコーチがステージで美を表現して、スピーチで魂からの言葉を届けてくれたことを体感したこと。
これが、私に表現すること、自分らしさを表現するとはの回路を開かせてくれました!!!
コーチの挑戦、あり方と雰囲気と言葉が一致していて、魂からの言葉を届けてくれたあの場にいられたことは、本当に幸せな時間だった。
私にとって特別な人、マイコーチがその姿を体現して見せてくれたことは、何者にも代えがたい体験。
私と音楽
かくいう私は、歌うの下手です。
カラオケも、もう何年も行っていない。
そもそも日常的に音楽をきくという習慣があまりない。
音楽は、ピアノを中学に入るまでは習っていたのと、高校生の時は部活でクラシックギターを弾いていたのでなじみはあるし、楽譜も読めるけど、今の生活に音楽はそれほどなじみがない。
ピアノ、発表会に出たくなくて、先生のことも嫌いでやめちゃったけど、弾きたいなーって思うことがあります。グループレッスンだったのが、個人レッスンになって、イヤになっちゃった。
(もともとが自分の意思で習い始めたのではないよね…)
全然指は動かないだろうけど、ストリートピアノを弾いてる動画を見ることにハマっていた時期があって、私もまた弾きたいなって思ったことがあります。
ギターは、ギター・マンドリン部という部活だったので、マンドリンも弾いたりしていました。
クラシックギターだったので、コードを押さえて弾くということはあんまりしていなかったけれど、働くようになってからクラシックギターを買って、ちょこちょこ弾いていた時期があります。全然弾けてなかったけど笑
星野源さんとスキマスイッチが好きなので、その歌は聞くけれど、流行りの音楽についてはテレビがないので、まったく分からない。
ラジオで流れる音楽を聞くのと、映画『ウィキッド』がめちゃくちゃ良かったので、サントラをずっと聴いていたりしたのと、藤井風さんをおすすめされているnoteを読んで、たまに聴いたりしています。
聴くというより、浴びている。
学生の時は、音楽よりも本に夢中で、CDを買ったりすることよりも本を買っていた。
歌うことも自己表現で双方向
貸別荘運営・じぶん副業づくり支援をされているかおるさんのnoteを読んで、歌うことも自己表現だ、と思ったのと同時に、私が思っていたより双方向なんだ、って感じました。
かおるさんは、自己理解でご縁を作ってもらった人です!
構えずに話せる、そのままを見せてくれる人です。
ライブに行って音楽を聴く、体感することはあっても、歌っている人の気持ちってあまり考えたことがなかった。
今回、僕が一番やりたかったこと。
それは、ただ上手に歌うことではありませんでした。
自分の想いと、この発表会ライブを支えてくれる先生方やバンドメンバーの方々の想い。
そして、この曲の背景にある物語、原作者の想い、ドラマ化に挑戦した佐藤健さんの想い、曲を提供した野田洋次郎さんの想い。
そういった、たくさんの人の想いを自分なりにイメージして、声や表情、動き、そのすべてで表現しきりたい。
そして、聴いてくれるお客さんの心を動かしたい。
それが、僕の最大の目標でした。
このnoteに私はコメントを書いたのですが、そこで返して下さったコメントを読んで、より明確に分かりました。
目の前のお客さんにダイレクトに届くという意味でも、ライブは特別な空間だなと改めて感じました♪
歌うことは自己表現ではあるけれど、そこには対話と同じように伝えたい思いがあって、それは自分の気持ちでもあるけれど、引用したようにいろんな人の想いを表現するであり、届ける、聴いてくれるお客さんの心を動かしたい。
上手に歌うことが目的ではない。印象的でした。
先日、私は一般の人がボイトレを受けて歌うステージを拝見しました。
そこでも皆さん輝いていて、自分を表現されていた。
上手に歌うではなくて、まさに「自分らしさを全身で表現されていた」だったんです!
かおるさんのnoteとつながった。
自己表現以上のものがある。
歌うという表現に私はどこか一方向みたいな思い込みがあったのだと思います。
ライブに行ったら、双方向で心が通い合っているとは感じるのに、歌う側が一方的に歌にメッセージをのせて届けるだと思っていた。それを私たち聞き手は受けとって、いい歌だな~って聞く。
けれど、そうではない。
歌うは、確かに1人で歌う、誰も聴いていない所で歌うことも出来る。
けれどライブという空間、目の前にお客さんがいてダイレクトに届く場、と言うのは同じ空気を吸っていて、音の圧を感じていて、一緒に作り上げている。
音楽に限らず生の舞台というのはすべてそういうものなんだろうけど、自己表現という視点と、双方向のコミュニケーションという視点から、「歌う」について、考えた出来事でした。
音楽は、言葉も含むし、楽器やその人の歌声、メロディやリズム、表情、体の動き、対話よりも豊かな表現方法なのかもしれない。
歌詞が決まっている曲を歌う時には言葉は限定されるのかもだけど、作った人の想いも、歌う人の想いものせている。
私が思っていたよりも、すごく可能性を秘めた表現で、コミュニケーションだ!
まとめ
私は、コーチングという対話を通してコミュニケーションするという方法をしばしば使っている。
そこにも豊かな時間があって、あたたかいコミュニケーションはある。
けれど、表現ではないのかな、と思う。
クライアントさんがそのままの何の役割も肩書きもない自分を表現できる場ではあるけれど、コーチにとってはそういう場ではない。
クライアントさんにとっては、自分を表現できる場であるの大事!!メモ。
今回、歌うという自己表現、そしてライブという空間における双方向性についてまっすぐに書かれたかおるさんの文章を読んで、歌うって素敵なことだな、って感じました。
あらゆる自己表現の方法が、自分を表現するだけで完結しているのではなくてコミュニケーションでもあるんだな、って改めて感じました。
書くことが、私にとって表現とカウントされていなかったのは、自己完結であることがほとんどだからっていうのも関係していそう。
「スキ」を押して下さる方がいるので、コミュニケーションは生まれているけれど、伝えたいを抑えてきていて、誰にも届かなくても読まれなくても書き続けるが私にはある。
やっぱり自己完結が出発点だから、表現って感じが持ちにくかったんだ、も分かりました。
日記をそのまま他の人も読めるようにした感じが私の書くのスタートでした。
かおるさん、ありがとうございました!!
なぜかおるさんがボイトレを受けて歌っているのか、その辺りを存じ上げないのですが(好き・大事・得意の好き?)、これからも楽しく歌って下さいね!!
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これからも「コミュニケーション」について書いていくので、フォローして楽しみにしていて下さいね。
読んで頂き、ありがとうございました!
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