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自分を表現するって自分を愛すること

自分を表現する。この感覚があまり分からなかった。

秋口の陽だまりになりたいライフコーチのなほです。

剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切に。
窮屈さを感じたら、より自由を感じる方へ踏み出して。

あなたは自分を表現してみて、と言われたら、どんな風に表現しますか?
言葉で説明する。
思いきり笑顔になる。
絵を描く。
写真を撮る。
ダンスで表現する。
走る。

私は、表現することと自分が縁遠いことだと思っていて、私が表現することなんて何もないと思っていた。

気持ちや感情を表出することが私にとっての表現で、何か形にする、工夫があるものを生み出すことが表現と思っていた。
けれど、そのまま出すのも表現で、文章は遊びでもあり表現。
私の周りには自己表現している人がたくさんいる。


表出する

この言葉の方がよく使っていたように思います。
気持ちを表出する。思いを表出できる。

看護的な言葉なのかどうかはちょっと分からないけれど、仕事でなじみのある表現でした。

患者さんが思いを表出できるように関わる。
気持ちを表出されたら、しっかり聞いて下さい。

そんな風に使っていた。

気持ちは、思いは、表出するもの。

自己表現

そう言われたら、感情を素直には出すようにしているから、自己表現って何って聞かれたら、私は気持ちや感情を抑えないで、出していることが自己表現、と答える。

抑えていた、抑えなければと思って努力していた時期があるからこそ、私はそのまま出すことにしている。

TPOはあるけれど、本来の私は顔に出やすくて、感情はそのまま出ているのが自然だから。

よく口をとがらせていて、「口をとがらせない」って注意されていた笑

そのまま出すのも表現らしい

何か工夫をこらしたり、個性を出すのが表現だと私は認識していた。

ファッションにも疎いので、服装で自分らしさを表現している人に憧れがある。
髪の毛の色、という部分に関してはブリーチしたことで、自由にやってみようになっていて、私がしたい髪色で自己表現ができるようになってきている。

芸人のバービーさんが好きなのは、その考え方もだけど、自由にファッションで自己表現されている人だと感じているからです。
けれど、実際は自分というよりもどう見られたいかを考えているという話を伺ったことがあり、見せ方を考えるのもあるんだ、と学んだ記憶があります。

今の私は、かわいくなりたいので似合うも大事だけど、自分らしさや着たいを優先しています。
相変わらず、おしゃれには疎いけどね!

話すのも苦手で、自己開示も苦手だと思ってきた私にとって、自己表現はかなりハードルが高いものと設定されていたんだと気づいた。
まあ世界から拒否されるって思ってたら、自分を出せないし、その上表現しろなんて、難しいよね。

表現は特別なことじゃなくて、ありのままを出すことも含む。
そこから始めたらいいんだ。

文章を書くのは自己表現に入れてなかった

「表現は工夫が必要」という思い込みがあったから、面白い言い回しや楽しい言葉を使うけれど、頭の中をそのまま出しているだけだから、それは表現ではない、という判断だった。

けれど、そのまま出すことも表現だ、とAIに教えてもらったから、文章を書くことを自己表現とすることにした。

そうすると、書いている、文章を編むことは、私が私に愛を注いでいることだってはっきりした感じがした。

noteを書くことは、私が私に好きをさせてあげること。
そこにさらに、私を表現することという意味が加わった。

好きの実践であり、自己表現で、自分を表現することは自分への愛。

周りの人の自己表現による愛

自然体でいるには、意識的に自分の好きなことをする時間をとっている。
そう教えてもらった。

それは、つまり好きをする、例えばおさんぽだったり、音楽を聴くだったり、ドラマを観るだったり、必ずしも自己表現ではないかもしれない。

けれど、中には楽器を演奏したり、編み物をしたり、写真を撮ったり、歌ったり、文章を綴ったり、絵を描いたり、粘土をこねて器を作ったりしている人がいる。

こんなに分かりやすいものでなくても、所作ひとつとっても自己表現はできる。

好きを受け身じゃなくて何かの形にすることは自己表現で自分への愛がつまった営みなんだ、と気づけた。

まとめ

文章を書くことがこんなにも呼吸のようになったのは、そこには否定されないがあったからだと思った。

もし、何か鋭い言葉が飛んでくる環境だったら私は書き続けていないと思う。
話せない、言えないがあったから、文章が私にとって大事な居場所になったのかもしれない。

本を読むのも、そこでは私と本の世界に閉じられて否定されないがあったからなのかも…と浮かんだから出しておく。

noteに心の闇だと思えることも書くことにそんなに抵抗がないのは、誰も私に厳しい言葉を投げつけてきたりしないから、がある。

毎日noteを書いている私は、それだけで自分で自分に愛を注げている。
ラッキー!
そして、ただ心のままに書くことも表現だ、と教えてもらったから、自己表現と呼んでいいし、自己表現することで愛を育んでいる。

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