愛があれば何もいらない? 愛と理解はセット② #セカイキ2025
コーチングの学びとクライアントさんと出会うの両立を実験中のなほです。
毎日楽しいが向こうからやって来るけど、自分でも作ります!
2025年4月6日に開催された『世界一自分らしい生き方の祭典』にオンライン参加しました。
その中で心に響いた「怒りは愛だ」について先日書きましたが、今回も「愛」に関連した学びについて残します。
『世界一自分らしい生き方の祭典』は、
自己理解メソッド創設者の八木仁平さん、作家・森の生活者の四角大輔さん、プロデューサーの川原卓巳さんの3人が、自分らしく生きることについて、考えたこと、感じることを共有し、心から自分らしく生きたいと願う人たちがその情熱を受けとる場です。Rebornする場でした。
私は、仁平さんのされている「100日間でやりたいこと探しを終わらせる自己理解プログラム」の修了生で、昨年の『世界一自分らしく生きる教室』で浴びた情熱がめちゃくちゃ良かったので、参加しました!
会場から質問された方への回答に出ていたのが、「愛と理解はセット」。
親との関係について悩んでいるというお悩みでした。
愛さえあれば何とでもなる?
愛だけではダメ?
どう思われますか?
お悩みの詳細にはふれませんが、親という存在とどう付き合うのかについては、私もまあまあ考えてきました。
「分かる~」とは簡単には言えないけれど、親も一人の人間で完ぺきではないので、何かしらの思いや悩みを抱えている人は多いのだろうなって思います。
両親がいて私がいる。だから影響を受けているし近い故にその距離感を変えるのは難しいと感じます。
親を愛することをやめなくても良い。ただ、影響を受けるのをそっと手放す。
愛と理解の両方があるのがベストだけれど、どちらかしかないのであれば、ある方でつながれば良い。
愛するのと影響を受けるのは分ける
頭と心を分ける
とも言い替えられていて、そっちの方が分かりやすいかもって思いました。
良かれと思って両親がアドバイスしてくるというのはよくあることだと思います。
心配しているし、愛してくれているからこその発言だというのも分かる。
けれど、自分のやりたい方向へ歩いて行くのに、それが時に引きとめてくる存在になることもある。
そこのバランス、住み分けがうまく出来ないという感じのお悩みだったと思います。
私は今まで完全に母親の価値観から出れないになっていて、抵抗できないってなっていたので、その葛藤が生じるという経験はなかったかもなって思いました。
葛藤する前に自分の気持ちは全部諦めていた。
今は、物理的に離れたし自分の生きたいように生きるって決めたので、わりとスルーしています。また、私は親のことを無条件に大好きだって言えないって整理していて、そう言えない自分を受け容れているので、そもそも親への愛という点からいってもそんなに大きくないから、その葛藤が生じないもありそうだと思います。
両親を大事な存在だと思って、愛する気持ちまでないものとしなくて良い。
ただ、自分が今から行こうとしている道を両親は知っている訳ではないので、影響は受けないって決めたら良い。
愛だから、ありがとうって心配する言葉は受けとったら良い。それだけでOK。ただ、それによって自分が判断を変えたりしなければ良い。
私は、これを聞いて意外と簡単に出来そうという感想を持ちましたが、いかがでしょう?
「自分を生きるって決めること」ともしかしたらセットなのかもしれないな、とちょっと思います。
そして親ではなくて、周りの友人などに対しても同じなのかもしれません。ドリームキラーに対しても言えそうですが、誰の影響を受けるのか、受けないのかを一度考えてみることは自分をくっきりさせるという視点からも、やっておいた方が良いなって感じました。
みんなの意見を聞き入れる必要はない。
愛と理解はセット
まず愛があることが大事。
そして、愛だけではだめで、理解することも必要。
愛があれば、全部OKじゃんって思いがちだけど、愛だけじゃダメらしい。
私はそもそも愛がどんなものがよく分からないって思っているので、何とも言えないけれど、愛が万能なものだ、と考えていた私に気づきました。
けれど、愛があっても理解がなければ、確かに難しい状況は起こる。
愛は万能じゃない。
愛はあっても無理解な人とは確かに付き合いにくい。私を分かろうとしてくれる、理解してくれないと衝突したり、障害になることもある。理解してくれないから、押しつけられたりケンカになったりするかもしれません。
だから、愛だけではなくて理解もいるよって教えてもらって、そうなんだなって思いました。
そして、理解だけでもダメ。
これは、何となく分かる気がしました。愛がないけど、分かろうとして理解してくれてもそこに温度がない気がしました。
何か共通の目的があり、期間限定の付き合いならそれでも良い気がしました。
関係を持続させることを考えたら、愛がなくて理解だけあるのは継続させる点からいくと、しんどい気がしました。
片方しか持っていない人とは、それぞれ持っている方でつながれば良い、と教えてもらいました。
愛がある人ととは、愛でつながれば良いし、理解がある人ととは理解でつながれば良い。
両方持っている人
四角さんが、両方を持っている人をリアルプロデューサーと呼んでいる、とおっしゃっていました(四角さんは以前音楽プロデューサーをされていて歌手をプロデュースされていました)。
プロデューサーは、まず、プロデュースする人への愛がなければならない。全力でその人を愛する。そして、理解もしようとする。この2つがあってこそ、プロデュースが出来る。
両親との関係についてふれましたが、両親が愛を持っていて、さらに理解もしてくれるという状態が子どもという立場からは最高なんだろうな、と思いました。ただ、そんなにうまくいく家庭ばかりでもないと思います。
私のことを両親に理解して欲しいという気持ちはない訳ではないけれど、今の所、そこまで親に対して私を理解して欲しい気持ちはないなって思います。
自分にとってかけがえのない人に対しては、まず愛を持って接するとともに、理解しようとすることを意識したいです。
ともすると、私は自分が理解されたいになりがちな気がするので、相手を理解することも大事なことというのを心に留めておきたいです。
まとめ
自分とそれ以外の人との距離感、どこで線を引くのか(逆に引かないのか)という話なのかなと理解しました。
それには、私を理解することが大事。
セカイキで学んだことからいくと
ちゃんと自分の体感覚を研ぎ澄まして、(頭ではなく)腹からわきあがる初期衝動とつながることが大事だなと思いました。
また、人と関係を作っていくことにおいての出発点が「愛」にあると感じました。
愛だけでも、理解だけでもダメで、両方あるのがベスト。
けれど、愛が出発点だと感じます。
愛が分からないなって思うけれど、私は人と双方向のあたたかい関係を作りたいは願っていてそれをしようとしています。
この「あたたかさ」に愛は含まれているのでは?と思いました。
私にも愛はあるって伝えてくれる人がいるので、私にも愛が出発点になる関係は作っていける。
そんな風に思うことが出来ました。
どちらかしかないなら、そのある方でつながれば良いし、
愛があるからと言って影響を受けることはしなくて良い。それは考えて自分で選択して良い。
影響を受けるのか、受けないのかは自分で決められる。
愛にアンテナが立っているので、愛とは何かについてのかけらを掴むことが出来た時間だったと思います。
今年も開催して下さったこと、運営スタッフの皆様、登壇された仁平さん、四角さん、卓巳さん、質問者さんに感謝です!
ありがとうございました。
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