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怒りは愛だ 仁平さんの「思い出す」パートからの学び① #セカイキ2025

コーチングの学びとクライアントさんと出会うの両立を実験中のなほです。
毎日楽しいが向こうからやって来るけど、自分でも作ります!

2025年4月6日に開催された『世界一自分らしい生き方の祭典』にオンライン参加しました。
その中で心に響いた怒りと愛のつながりについて書きます!

『世界一自分らしい生き方の祭典』は、
自己理解メソッド創設者の八木仁平さん、作家・森の生活者の四角大輔さん、プロデューサーの川原卓巳さんの3人が、自分らしく生きることについて、考えたこと、感じることを共有し、心から自分らしく生きたいと願う人たちがその情熱を受けとる場です。Rebornする場でした。

私は、仁平さんの100日間でやりたいこと探しを終わらせる自己理解プログラムの修了生で、昨年の『世界一自分らしく生きる教室』で浴びた情熱がめちゃくちゃ良かったので、参加しました!

私は愛がよく分からないと思っているので、「愛」という言葉を聞くとどんな風に他の人が捉えているのか、考えているのかに注目してしまいます。

両親に私は愛されてきたし、今も愛されているのだと思います。家族からも友達からも、私が出会うすべての人から愛をもらっているのだろうなって思います。
けれど、うまく受けとれていないのだろうなも感じます。

また逆に私が他者へ愛を渡すことも出来ているのだろうけれど、それもあまりよく分かっていなくて、「それは愛だよね」って人から言われると、「そうか、これって愛なのか」って気づかされることがあります。

どこにでも愛はある、溢れているという視点で世界を眺めると、愛はたくさんあって、見つけることが出来る。
ただ見えていない、気づいていないだけ、というのを教えてもらったことがあります。

あなたにとって「愛」とはどういうものですか?
愛を与えたり、与えられたりという言葉をどう感じますか?

今回、仁平さんが怒りと愛の関係について語られていたので印象に残りました。

怒りは愛で、それは無限のエネルギー源である。エネルギー源というと、私は「快」と「痛み」を浮かべる。
初期衝動、子どもの頃の怒りを思い出すことは、大人になった私にとっての「やりたい」で、「できる」に変えることが出来る。


頭と体、どっちに従って生きる?

体というのは、首から下を指します。そして、体とは心のことです。

心はどこにある?

私は、これについても教えてもらったことがあって丹田のあたりにあるよって教えてもらいました。もっと広げると胸や腹です。

頭に従って生きようとしているのが多くの人で、そうじゃなくて心に従う、つまり首から下のある心に従って生きる。

「自分の腹からの衝動とつながって下さい」と仁平さんがおっしゃっていたのが端的で分かりやすかったです。

興味深かったのが、四角さんのされていた話です。
人間の腕が切断されてしまって再接着しようとした時、条件が揃えば再接着は可能です。
ですが、他の人の腕を接着しようとしても出来ません。それは体が異物と判断して拒否反応が起きるからです(医療的には厳密には可能になっているかもしれないけれど…)。
これはすんなり理解できます。
手術室看護師だったので、切断された腕の再接着の経験はありませんが、手指の再接着手術はよくありました。

では、仮に首で頭と体を切断された場合に、どうなるか。
現実的には致命傷になるので再接着は出来ませんが、どちらが主で、どちらが異物と判断されるのか。
それは、体が主で体が頭を異物と判断するそうです。
細やかな動きが可能な手やどこにでも移動できる2本の足と同列に、脳も考えるという機能を担っているだけで、体から見ると道具に過ぎない。

心は体の胸や腹にある。

自分の心とつながる。
こう言われると、ちょっと分からないってなるかもしれないけれど、体感覚で感じるもの、自分の衝動を思い出して、つながれということでした。
作るのではなくて、すでにあるものを思い出す。

体感覚は抽象度が最も高いもので、言葉にした瞬間に分かりやすさと引き換えに削がれてしまうもの、こぼれ落ちてしまうものがある。
これも、まさに私が言葉に対して持っていた感覚でした。
そして、体感覚はあまり意識したことがないなと思いました。

感情の中でも怒りに注目するの?

「思い出す」という言葉になっているけれど、コーチングにふれている私にしっくりきたのは、内なる声を聴く。
外側の声ではなくて、内側の声を聴く。

感情に蓋をしているから、やりたいことが出てこないんだよ、を私はサクちゃん(雑談の人・桜林直子さん)から学んでいて、それを論理的に教えてもらったのが、今回です。

感情に蓋をしているとは、心に蓋をしているということです。

子どもの頃は、感情のままに生きているけれど、大脳新皮質が発達することによって、頭の方(外側の声)に傾いていく。
「~すべき、~しなきゃ」になる。脳の発達のせいだって教えてもらうと分かりやすかったです。
もちろん、脳の発達だけのせいではないケースもある。親との関わりで感情を押し殺してしまうことだってある。

「感情にふれる」を、私はコーチングを通してやっています。
顕在意識を私たちは認識しているけれど、潜在意識にアクセスするには感情を入口にするとふれやすくて、そこから入ることで、本当の願いにふれやすくなるからです。

その感情の中でも、「怒り」はわりと浅い所、ふれやすい所にしまわれていることを教えてもらいました。逆に楽しいという感情は奥の方にある。

自分のやりたいことを探そうってなった時、自分らしさを見つめる、自己分析などで、しばしば言われるのが、
「子どもの頃に何をやっている時が楽しかった?」のようなポジティブな体験を集めようということです。
実際、やりました。
けれど、「感情」というものにフォーカスを当てると、喜怒哀楽の「楽」は一番奥にしまわれている、だから「楽しかったことなんてなかったよ」になったりします。

怒りは愛で、無限のエネルギー源

怒りと愛は一番遠い距離にあるような言葉じゃない?って私は感じました。
けれど、つながるのかぁって感じました。

コーチングととても共通している話で理解がしやすかったです。
感情にふれる、感情の蓋を開けて思い出すことをワークとしてやりました。

怒りとはどんな存在?

やっかいなもの、あまり感じたくないものと思っていて、何であるかについて考えたこともなかったなと思いました。

・私が何を重んじているのかを教えてくれる。
・私の願いを教えてくれる。
・私の生きたい世界が眠っている。
・怒りの反対に、私の願いがある。
私がどう生きたがっているのかを教えてくれる。

こう説明してもらうと、怒りと愛はつながるが分かりやすくなりました。

すべての感情はつながっている。これを私は教えてもらってからそう信じるようになったし、そう見るようになりました。
ネガティブもポジティブもなくてすべての感情は感じて良いし単体では存在していない。つながっている。

怒りの反対に愛があるなら、怒りの方がアクセスしやすい場所にあるなら、それを思い出せば良い。
怒りを感じる所には愛がある。

エネルギー源としてみると

「快」と「痛み」がエネルギー源で、「痛み」の方が5倍そのエネルギーとしては強い。「快」を求めるのと「痛み」を回避したいなら、「痛み」の方が5倍。
だから、「痛み」を感じたくないというエネルギーの方が行動に結びつきやすいということを学んだことがあります。

正直、それが科学的には正しいと思うけれど私は「痛み」を感じるのを回避するために行動していくというエネルギーで行動することをあまり良いものとは受けとっていませんでした。

けれど、「怒り」も「痛み」に入るのだろうし、その反対には「愛」があるんだよって教えてもらったことで、それをエネルギーにして生きていくことも出来るし、否定的なイメージが変わったと思います。

しかも、愛は無限のエネルギー源!!

大人の私がそれを思い出すこと

子どもの頃に感じていた怒りを思い出すワークをしました。
憤り、怒り、悲しみ、寂しさ。

子どもの頃に感じていたそれらの感情は、おさえこむしかなかった。
感じていても、大人に力で押さえつけられることもあったかもしれません。

けれど、大人なら「やりたい」を「できる」に変える力がある。
そう教えてもらったことに勇気をもらいました。

大人の私なら誰にも訴えられなかった私の怒りや悲しみや寂しさをどうすれば解決できるのか、ちょっとは分かっているし、出来るかもしれない。

ワークを眺めると、私の本質を突いているように思いました。
書き出した私の言葉をまとめると、

・自分の意思をきいてもらえない、尊重されないこと
・愛されているって分からないこと
・イヤだって言えないこと
・私を抑えつけること、人から押しつけられること
への怒り、憤りがあって、

今やろうとしている生き方が、好奇心がコンパスで、自分を最優先にする、他者優先にならないってまさにつながっていると感じました。
私の意思を尊重して、人から押しつけられたり、イヤなのに引き受けるのではなくて、意思は好奇心を解放することだし、NOを言えることは私を優先すること。
初期衝動、原体験として私にあったものの反対側、満たされていなかった、怒りを感じたことの逆をいっている。

まとめ

「世の中に感じる義憤がやりたいことに結びつく」は聞いたことがあるけれど、こうやって子どもの頃の私が感じていた怒りを思い出してみると、改めて頭ではなくて心の方に焦点を当てて、どう生きたいの?
を考えることが出来たと感じました。

小さな怒り、寂しさかもしれないけれど、それって大事な感情で、また喜び・楽しさよりも浅い所にあるなら、もっとじっくり考えるとまだ思い出していないものがあるのかもしれない、と思いました。

頭なんてちっぽけなものだよ、頭じゃなくて体に従え。
初期衝動とつながるだけで良い、自分の願っている世界がどうやったら実現するのか分からない、それでOKというメッセージもとても力強かったです。

どうやったら良いのかあんまり分かってないままに歩きだしていて、頭で考える世界に戻る、ブレそうになっていたので、改めて私の心が呼ぶ方へ行くんだよね?って確認させてもらいました。

場を開いて下さったこと、運営スタッフの皆様、登壇された仁平さん、四角さん、卓巳さんに感謝です。

体感覚、研ぎ澄ませられるようにしていきたいです!!
ありがとうございました。

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▼セカイキでの愛に関連する学び②

▼「愛」について興味のある方にオススメの私のnoteです。良ければのぞいてみて下さいね。

最後までご覧頂きありがとうございました!
次回もセカイキ2025からの学びについてお伝えします。
フォローしてお待ち頂けると嬉しいです。

素敵な春をお過ごし下さいね。

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