「直感です」の奥に隠れていた、私の心臓の音。 魔法使いさんにコーチを引き受けてもらった、本当の理由
「直感です。」だけではない理由がちゃんとありました。
冬の静けさと灯りになりたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切にしています。
自由の光が差す方へ安心して転がって。私のままでもう全てそろってる。
誰かに選んでもらう、選ぶという経験はありますか?
あなたのことが好きです。結婚して下さい。
ネイルは、このサロンのこのお姉さんの仕上がりが好き。
スーパーのレジはこの店員さんの列に並ぶ。
私は、コーチとして選んでもらう、出会ってもらっていて、クライアントとしてもコーチと出会って(選んで)いる。
感覚や直感で、もっとこの人と話したい、大好きだって感じたからお話ししている。そういう言葉で説明していました。
何でも言葉で説明できるではなく、波長が合う、私と重なる所がある、響き合う人だ、という感じを信じるだけで十分。
けれど、最近、「釣りを一緒に楽しむような魔法使いさんのコーチングをどうして受けることにしたの?」と問われて改めて考えたら、言葉になる、と思ったから書いておく。
私の心臓である「探求」の回路を一緒に回してもらったから、直感で私は大好きだ、もっと話したいになった。また、人への好奇心が高い私にあなたを探求していいよと言ってもらうことは、おそらく一番楽しいが詰まっていること。
私の構造理解が進んだ
自己理解と同じ意味です。
価値観を私はこの1年何度が再編していて、自己理解が進みました。
発見だったのが、「探求」が価値観レベルで私にとっては大事なことだという理解でした。
体で説明していて(看護師してたから解剖がしっくりくるよ)、「探求」が心臓で、「自由」が酸素や呼吸、「好奇心」という血がめぐっていて、神経は「正直さと誠実」、骨格や筋肉が「健やかさ」。
「楽しい」という感情が特別で、それはもう空気のようにここにある。
私はこういう生命体。
一緒に「探求」の回路を回してもらったから
厳密にはコーチングだけではなくて、コーチングと重なりのある対話の時間を過ごさせてもらっている。
はじめてお話しした時に、問いをもらった。
ぶっちぎりで今まで話した人の中で話しやすかったから、「どうしてこんなに話しやすいんですか?」って尋ねたら、コーチらしく問いで返しましょうか?って、考えてみてって問いを渡してもらった!!
ドーパミンが止まらない。
話しやすかったのはどうしてか考えてみて?
には正解はない。評価もされない。自由に開かれている問い。
しかも、この問いに取り組むことは、話した時間を振り返ることになる。
私は日常的に学びを振り返るけれど、その時に起きているのは再体験だと思っている。
体験したことを振り返って観察する問いだった。
これが、私はとても嬉しかった。
考えていいんですか?というテンション。
自分で考えなきゃなの?という思考ではなくて、考えさせてもらえるっていう感覚です。
私は、「あなたはどんな風に作られたの?」という問いを持っていて、人への好奇心がおそらく高い人間です。
これが、コーチングが楽しいになっている源。
だから、考えてみて、考えていいよは、あなたを探求していいんですね?させてもらえるんですね?というわくわくでしかなかった。
その時は、分析という言葉を使っていて、私は人の仕組みや構造、ここまで歩いてきた物語、その人の奥、成り立ちに好奇心がわいている人間です。
あなたの世界にふれたい。それが人への好奇心の核。
しかも、「次に話す時に答え合わせをしましょう」って声をかけてもらった。
この時の私の感覚は、おもちゃをもらった子ども状態です。
このプロセスそのものが探求になっていた。
自分で一旦考えてみるのは、仮説を立てて、こういうことが起きていたのでは?と自分が体験したことを探索している。
次に話す時に、それを確かめることが出来た。
探求が深まり、しかもそれが真実に近いのか検証できる。
答え合わせができるが、振り切れたポイントだと思います。私とあなたで分かち合えるから。
楽しいでもある。
楽しいが、私にとって特別な感情だけど、一般的な楽しいとはズレていることも分かってきた。
悲しいや辛いがあっても、私は自己理解が深まったらそれは楽しいと認定している。
理解が深まる快感を私は、「楽しい」と表現している。
今まで学んだことと新しく入ってきたことがつながることも楽しいし、やっぱり深まるがときめきだ。
学びと学びがつながるの、めっちゃ楽しいと思っていたけれど、そこに起きているのも深まりだ。
最も好奇心がわいている目の前の人を探求できて、それは同時に自分を探求することでもあり、そして、応えてもらえて往復する。
この状態に私の魂?命がフル回転で喜んでいて、「ドーパミンが止まらない」という言葉になっていた。
きらきらしちゃうで、細胞が喜んでいた。
だから、もっと話したいです、になった。
共鳴が起きていた。
私の核心にふれていて、一緒に探求できるが直感的に分かったからなんだろうな、と思います。一緒に遊んでもらっちゃった!
一緒に世界を解き明かしましょう
この言葉も、私は心にとても残っていて、探求そのものだと気づいたから出しておきます。
いつこの言葉をかけてもらったか分からないけれど、「探求」が大事って分かっていなかった時のことだと思います。
え?解き明かしたいっっ!ってなったんですね。世界を解き明かしたい。
他の人からしたら、もしかしたら全然ときめかない言葉かもしれない。
とても響いた言葉でした。
この言葉を聞いて、目をきらきらさせちゃえる人とお話ししたいです。
自分のことも、大好きな人のことも、世界も解き明かしたい。
私はしばらくの間、コーチ(と呼ぶけれど)というその人自身を探求させてもらっていた。(誰かを探求するとは、同時に私を探求することです。)
好奇心が止まらなかったから笑
そして、それに応えてもらっていた。
たまに、今も私が考えた仮説に対して答え合わせをさせてもらっている。
それがちがっていたりするから、本当に楽しい。
仮説の検証によって、さらに新たな真実に出会えたり、私にとっての発見がある。
「何でも質問していいよ」って言ってもらっていて、探求し放題です笑
「感覚を尋ねる」を私は意図的にしていて、それは感覚と言葉の橋渡しがとても分かりやすくて、学びになると分かっているからです。
感覚の部分をこんなにも分かりやすく言葉で、時にイメージで見せてくれる、共有させてくれる人に私は出会ったことがありません。
私が受けとったことを返して、ちがっていたらそういう感じではなくて、ということもちゃんと教えてもらっている。
感覚と言葉、その両方の世界をみんな持っているけれど、そのあわいに立って通訳できる人。
あなたと話すことは循環
私の心臓が探求なら、話している場は循環が起きている。
他の誰と話しても循環は起きている。
けれど、「探求」という心臓の鼓動を打ち鳴らして好奇心の血をめぐらせる循環が、あなたとの対話の時間には起きている。
他の人との対話で起きている循環は、愛の循環、エネルギーの循環、思いやり、感謝、いろんなものが循環している。
けれど、私の核心の探求の鼓動を思い切り打ち鳴らせる場所だから、ということだと思う。
まとめ
とても私の中では言葉になった感がある。
「はじめて話した時にとても話しやすくて、感覚的にもっと話したいと思ったからです。」
という言葉も確かに成立している。
私がコーチを引き受けてほしいと思った理由として十分。
お互いの波長が合う、何か重なる所があるから対話しようになると思うから。
そして、それは体や感覚がキャッチすることで十分だから。
私の仕組みそのものについての理解が深まった今という地点からふり返ると、探求という心臓とあの場で起きたことが一致することで、私は感じたことがないくらいに満たされていて、この感覚大事ってなったのだと思う。
そして、何よりもとんでもなく愛が深い人だからです。これが土台にあったから、私は「話しやすい」と感じた。
安心できないと、話すことは難しい。
薄い桃色の水で満たされたプールがあったから。
どうして受けようと思ったの?という問いを改めて渡してくれた、ふわんふわんでクリーム色って感じのあなたに感謝です。
問われたら考えちゃうよね!
ありがとうございました。
どうして話しやすいと感じたのか考えてみて?の問いをくれたのは、どうして?がいつかきけたら、いいなーと、思います。
一緒に探求してくれる、探求させてくれる所が大好きです。
今日もここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この場所に、その日の気づきを静かに置いています。
また、書きにきます。
もし、この文章を読んで少し話してみたいと思うことがあったらプロフィールに静かな入口を置いています。
ともに探求の海を泳ぎたいなって思う人とお話ししたいです。
関連noteもどうぞ
▽私の仕組みと構造について
▽私の探求という心臓の鼓動を打ち鳴らして循環が起きた最初の場所
▽「探求」は心臓だと整理した。価値観について
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