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自分にあたたかいまなざしを向けられてる?

あたたかいクライアントさんと出会うを実験中のなほです。

毎日楽しいが向こうからやって来るし、もっと楽しいを私にさせちゃう。

楽しくすぐに幸せになっていいよって私が私をぎゅってする。

タイトルそのままをあなたに尋ねさせて下さいね。

あなたは、自分自身にあたたかいまなざしを向けられていますか?

自分に対して厳しい目を持っていませんか?

人にはやさしく出来るのに、自分のこととなると許せなかったり、自己嫌悪に陥ることがあるかもしれませんね。

なんで出来ないんだろう?
そう思うことは私にもあります。

自分にあたたかいまなざしをおくることがまず大事。
人に対してあたたかく接することが出来るなら、自分に対してもそうしてみよう。


人間やってるなぁ

私は感情が振れる(感情の動きを振り子で考えてます)ことを最近よく経験していて、それも「悲しい」と感じることが多かったです。

泣いたり、どうしようもないと思う気持ちを味わっていて、辛かったり、ただ許された感覚で涙が止まらなかったりしました。

「怖い」はよく出会っていたけれど、「悲しい」は久しく会っていなかった…。

そんな時に、「私、人間やってるなぁ」と思いました。

いろんな感情がわいてきてそれが止められない、そんな私は自分らしい、人間やってる、という感覚です。

慈愛とともに生きていきましょう

言葉のギフトとして私は先週、この言葉を仲間と一緒に贈ってもらった。

私がクライアントさんに対してあたたかいまなざしを持って生きる。

その意味も含まれるけれど、
「まず私が慈愛とともに生きていくをしてね」そんな風に贈ってもらった。

とてもあたたかくて幸せだと思った。

この言葉を贈ってもらえることが、出会えることそのものがもう私の人生に「慈愛」をもたらしてくれている。

慈悲のまなざし

成人発達理論の基礎講座で「慈悲」という言葉に今週出会っている。
私のアンテナが立っているからか、あたたかいまなざしに出会い続けている。

人に対する慈悲のまなざしを相互発達段階の人は持ってるよ。
すべての段階の人が持ち合わせてもいるけれど、特にこの段階の人はそれを体現していると理解しました。

ちなみに、4月にはコンパッションという概念と出会っていて、本が読みかけです汗

「ともにいる」について私は考えていて、そのタイミングでおすすめしてもらった本です。

少しずつ言葉は違うけれど、あたたかいまなざしで人を捉えること、相手に対してもだけど、「自分自身に対してもだよ」がずっと私に降り注いでくる。

そういうタイミングあるよね。

人間味のある私は愛おしい?

私はそのままの自分に価値があるってあんまり信じ切れていなくて、その方向にシフトしようと染み込ませようとしている。練習中。

「私が私を信じる力」を持って歩いているから、大丈夫。

けれど、やっぱり価値はないのでは?に戻ることはあって、それが普通のことだと思っています。

すぐに「私には価値がある」って分かったから、明日からは新しい私に生まれ変わります!
にはならないと思います、と話した。

そういうのって、人間味があるよね、すぐに変われなかったり、出来ない自分が「愛おしい」という話を聞いた。

私、自分が愛おしいって思う感情ってあまり分からなくて、「人間やってるな~」で終わっていた。

「愛おしい」という言葉に抵抗を感じるのが私の今ここ。

そして、「マイペースで良いし、自分は自分だよな~」って思う。

と聞いて、私の課題だと感じた。

課題というと大げさだけど、私は人間やってるな~で、いろんな感情に振り回されているように感じたり、すぐにはありのままの私には価値があるって思えないな~で終わっている。

けれど、そのもう1歩先が出来るようになりたいと思った。

自分へのあたたかいまなざしをいかにおくれるか

愛おしいな~、そういう私。

とまですぐに思えなくても、私が私に「人間やってるなぁ」で終わらせないで、あたたかいまなざしでそう感じる私を見られる、受け容れられるが出来たら、幸せに近づけると思った。

それは、「慈愛とともに生きていく」になるし、「自分に対する慈悲のまなざし」になる。

「あたたかい」は、私にとって大事なことで、この言葉に、慈愛や慈悲、愛おしいが入っていると思う。

自分以外の人に対するあたたかいまなざしは、私は持っていると思っている。

相手に対しては持っているけれど、自分に対してはどうなのか。

どちらかと言うと、自分に対してはそのまなざし向けてないな~って思ったので書きました。

冷たいとまではいかないけれど、たんたんとした「人間やってるな」という観察者の目。

落ち込むことを許してあげられる、感情に留まる、味わうはしようと思えたし、時間的にもすぐに元の状態に戻らなくても良いよって自分に言ってあげられるようにはなっている。

ならば、もっと私が私にあたたかいまなざしを向けたい。

まとめ

自分に厳しくするは、意外と私は離れられているのかな、というのが書いてみて分かりました。

前は、すごく厳しいというと違うかもしれませんが、自己否定が普通だった。

出来てないを見つけるのが得意で、そこばかり見つめていたから。
ずっと出来ないを見て、そこを埋める努力をしていて、成長はしていたけれど、それは義務で、「出来た」を一切認めていなかった。

そのままの私をとりあえず受け容れるはしている、出来ているが分かったので、ならばその自分をもっとあたたかく見るをしようと思いました。

もし、あなたも自分に対して厳しいジャッジを下す自分がいるなって思うなら、まずは、そういう時もあるさで吹き飛ばして、「人間やってる、そんな自分もいるよね」ってあたたかいまなざしを向けてみて下さいね。

「人間でいたい」は本能なのでは?という感情についての話から、出来ない自分も愛おしいんだよと教えてくれたやわらかい笑顔のコーチに感謝です!

ありがとうございました。

「自分にあたたかいまなざしを向けられなくても良いよ」のnoteも更新しました。

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