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「おめでとう」と言いながら、静かに消耗していた。――内向型の私は、結婚式の「全員で感動しよう」という空気が苦手だ。

招待状が届いたときは、素直に嬉しかった。

何を着ていこうか考えて、ご祝儀袋を選んで、前日まで楽しみにしていた。

なのに、披露宴の途中から、つい「早く終わらないのかな」と思ってしまう。

笑顔を作り続けているうちに、じわじわと体が重くなっていく。披露宴で疲れ果てて、周囲が自然に二次会に行く流れになったとき、少しの絶望が押し寄せてくる。

帰り道、「私はちゃんとお祝いできたのだろうか」と考えてしまう。疲れた態度を見せていなかっただろうかと。

結婚式は、新郎新婦の大切な晴れ舞台で、招待してもらえたことにはすごく感謝しているし、招待してもらえた時、とても嬉しかった。
そして、新郎新婦への気持ちも、本物だった。

それでも、疲れた。

結婚式は「感情を演じ続ける場」だった

結婚式には、独特の空気がある。

「この場を全力で祝う」という熱量が、会場全体を満たしている。感動しなければならない、笑顔でいなければならない、楽しんでいるように見えなければならない。そのような暗黙の要求が、ずっと続いている。

内向型にとって、感情を「表現し続ける」こと自体がコストを伴う。好きな人の結婚式で、嬉しい気持ちはある。でも、その気持ちを一日中外側に出し続けることは、また別の話だ。

カメラが突然こちらを向いてメッセージを求められる。
ファーストバイトのアナウンスがあったら、前のほうに移動してカメラを向けなければいけない。
知らない人に話しかけられる。
乾杯のたびに笑顔を作る。

結婚式は、刺激の種類よりも、「感情のパフォーマンスを要求される時間の長さ」が特別なイベントだと思っている。

少し正直に言うと、宗教っぽいと感じることがある

これを書いていいか少し迷ったのだが、タブーのような面がある以上、私と同様に感じている人は少なくないのではと思うので書いてみる。

結婚式の場には、一種の「熱狂への同調」を求める雰囲気がある。

司会者が盛り上げる。
みんなが泣く。みんなが笑う。
みんなが「おめでとう」と声を合わせる。

場を盛り上げるのが苦手な私にとっては、先導してくれる人たちは非常にありがたいと思う。
ただ、一方で、その波に乗り続けることが求められる空間が、少し体育会系に感じられる瞬間がある。「ちゃんとノっていないと浮く」という緊張感。曇り顔をしていたら申し訳ないという感覚。

新郎新婦への愛情は本物なのに、その愛情の表し方が「この場のテンション感」とズレているだけで、なんとなく居場所のなさを感じてしまう。

円卓が地味にきつい

結婚式でしんどいのが、披露宴の席だ。

知り合いが少ない円卓に通されると、食事が始まるまでの時間が長い。何を話せばいいか分からない。話しかけるタイミングを探しながら、うなずきながら、「楽しい雰囲気を壊さないようにしなければ」と気を使い続ける。

卓は全員が向き合っている。沈黙もみんなに届く。手持ち無沙汰な自分が全員に見えている、という感覚が、地味に消耗する。

外向型の人が円卓を楽しめることが多いのは、見知らぬ人との会話そのものがエネルギー補給になるからだと思う。でも内向型にとってはそれが逆に働く。処理コストが高い状態で、休む場所がない時間が続く。

実は二次会の方がしんどい

一次会は、まだ流れがある。

プログラムに沿って動いていれば、受け身でいられる瞬間がある。食事をしている間は、話さなくていい。

でも二次会は違う。

  • 席が固定されていないことが多い

  • 自分から話しかけないと会話が生まれない

  • 立食の場合、「どこにいればいいか」問題が発生する

要するに、二次会は「社交すること」そのものがコンテンツになっている。

一次会を終えた時点で内向型のエネルギーはかなり消耗しているのに、そこからさらに積極的に楽しむことを求められる構造になっている。

「大切な友人の式なのに」という罪悪感について

好きなライブでも疲れる。大切な友人と長時間一緒にいても、帰宅するとぐったりする。

「好きかどうか」と「疲れるかどうか」は、別の話だ。

大好きな友人の結婚式を楽しめなかったことは、友情の薄さとは関係ないことが多々あると思っている。あの場に含まれている要素、感情の演技、長時間の社交、逃げ場のない円卓、二次会の自由参加型社交、すべてを処理するコストが単純に大きかっただけだ。

「祝福したい気持ち」と「疲れたという感想」は、両立する。

だが、「好きなら消耗しないはずだ」という絶対的な考えを持つ人もいる。だから後者は人には言えない。

私が変えたこと

責める方向から、設計を変える方向に切り替えた。

招待を受けた時点で考えること

翌日を何も入れない日にする。
翌日に予定がある場合には、できるだけ早いうちに先約があると伝え、一次会で失礼するようにする。

式の最中

少し距離を置ける場所を探す。トイレを使って一人になる時間を意図的に作る。

二次会の断り方

「お先に失礼します」だけで十分だと気づいてから、少し楽になった。辻褄を合わせるためにうまく嘘の理由を考えようとすると、それがまたストレスにいなる。ここをしつこく追及してくる人がいたとしても、答える義務はない。

おわりに

結婚式の帰り道、あなたはどんな気持ちでいますか?

うまく楽しめなかった日の帰り道の自分に、一言だけ言えるとしたら。
疲れたのは、ちゃんとそこにいたからだよ、と伝えたい。


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