相沢ハルが死んだ日。⑨【創作大賞2025】
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※この小説では、時間軸が過去に向かって進みます。
※最初から読んでも最後から読んでもストーリーをお楽しみいただけます。
2024年12月24日
目を覚まさない里美の病室で、優弥は伸弥とささやかなクリスマス会を開いていた。
「ママ、メリー・クリスマス。伸弥だよ」
決して答えが返ってこない母親に向かって、健気に声をかける伸弥の姿に、優弥は泣けてくる。
自分は一体どうしてやればいいのだろう。
いつも考えてきたが、答えが出ることはない。
まだ幼い伸弥が母親の存在を感じられように、イベントごとに家族行事らしいことはやっている。一方的にではあるが。
ケンタッキーのフライドチキンと、コンビニで買って来たクリスマスケーキを二人で食べる。今日だけは特別に、と担当看護師さんが飲食物の持ち込みを見逃してくれていた。
「パパ、美味しいね。やっぱりクリスマスはチキンとケーキだね」
「そうだな。伸弥がいい子にしていたから、ママとサンタさんからプレゼントがあるみたいだよ」
プレゼント、と聞くと、伸弥の目がキラキラと輝く。
「ほら、ここにプレゼントが来ているよ」
里美のベッドの奥に隠しておいたプレゼントを渡す。
優弥の顔がほころび、プレゼントを抱きしめる。
「本当に?ママもサンタさんに頼んでくれたのかな?」
「ああ、きっとそうさ。ママの意識はどこでも飛んでいけるから、きっとサンタさんともお話してるんじゃないかな」
「そうなの?ママすごいね!」
伸弥の夢を壊さないであげたかった。
茶番みたいな話なのは分かっているが、クリスマスプレゼントは、いつもサンタさんに相談しているし、そこにはお空に通信できるママも協力してくれている、と話していたのだった。
このストーリーがいつまで続くか分からない。
伸弥が小学生になる頃には、だいぶ厳しいストーリーかもしれない。
それでも、いつか気づいた時に、父親なりの優しさであったと理解してくれるなら嬉しい。
ただでさえ母親がいなくて寂しい思いをしている息子だ。彼を愛することは、人生の中で最優先だと決めていた。
伸弥のためなら、どんなことだってする。
生まれて来てよかったと、心から思って歩んで行ってほしい。
不完全な父親かもしれないが、息子を大切に想う気持ちだけは、誰にも負けない。
優弥はその一心で、何年も気を張って生きてきた。
ハルには申し訳ないことだったが、この家族行事のなかにハルを呼ぶことは、どう頑張っても想像することができなかった。
ちょうど、病室からの帰り際、ハルから着信があった。
着信音を発するスマホが鞄のポケットのなかで震えている。
だが、優弥は通話に出ることはなかった。
2024年12月15日
サワナミ市民吹奏楽団のクリスマス公演会が、今年も大盛況に終わった。
地域のクリスマスイベントとして、住民が心待ちにする恒例行事となっている。
打ち上げ後の帰り道、ハルはサックスを背負った優弥の隣を歩いていた。
「本当にお疲れ様でした。今回も満席だったね!」
「ああ。やっぱりお客さんの前で演奏できるって、嬉しいね」
日常の憂鬱から解放されたように、優弥も生き生きとしていた。
「優弥はステージ上だとキラキラ輝くね。大変だけど、続けてほしいな」
「まあ、サックスだけはやめられませんがな」
一つのイベントを一緒に成し遂げたあとの高揚感に共に浸っている。
今なら聞けるかもしれない。
「ところで、今年のクリスマスはどうするの?」
ハルは何気ないふりをして、しかしドキドキしながら優弥に問いかけてみた。
病院勤務で忙しいからか、優弥とは大抵の年間イベントは一緒に過ごすことが出来ない。
それはそれで仕事を頑張っている証拠だから良しとしよう。
と思いつつ、何度目かになるクリスマスだから、何かお誘いがあるかしら、と淡い期待もしていたものである。
ところが、優弥からの返事は、例年通りのものだった。
「うーん、クリスマスは、伸弥がサンタさんを期待してるから、実家の両親とパーティーでもして、俺がサンタをやろうかな、と思ってる」
「そっかあ。伸弥くん、きっと喜ぶね」
「ハルのとこは?ナツミちゃんに何か買ってあげるの?」
「うちはお姫様セットを買ってあげようかなと思ってる。お友達がネックレスをしたりマニキュアをしているのを見て、自分もしてみたい、って思ってそうだから」
保育園に通うナツミは活発で面倒見がよく、男友達ともよく一緒に遊んでいるようだ。
やや男勝りでおてんばのナツミが、アクセサリーやメイクキットに興味を示すなんて意外だったが、本人の願いだから叶えてやらねばならないだろう。
「やっぱり女の子なんだな。伸弥はレゴが欲しいらしい。サンタにお願いするものも、違うもんだな」
優弥は息子の伸弥の話になると、俄然明るくなる。
心から息子を大切にしているのが感じられる。
だから、ハルも余計なことは言わないようにしているのだが、少しだけ背伸びして聞いてみた。
「伸弥くんとナツミは前に芋堀りも行ったし、クリスマスも一緒に遊ばせたりしてみる?」
すると、優弥は少しバツが悪そうな顔をして答えた。
「うーん、クリスマスは家族の行事だから、ちょっといいかな。両親もいるしね」
ハルのなかで少しだけ諦めの音が響く。胸がキュンと痛んだ。
「そっかあ」
そのまま話を終えておけば良かったものを、さらに余計な一言を加えてしまった。
「ところでさ、優弥のご両親、お会いしたことないけど、いつかお会いできるかなあ?」
優弥の顔がサッと曇ったのが見えた。それは一瞬の出来事だった。が、ハルは見逃さなかった。
「うーん、今のところ、うちの親にハルを紹介する予定は、ないかな」
分かってはいた答えではあるが、ハルはさらに質問を加えた。
積み重ねた月日が、ハルをそうさせたのかもしれない。
「たとえば、何年か経ったときには、お会いできる日もあるのかなあ?」
すると優弥は俯き、首を左右に振りながら答えた。
「まあ、基本的にはこの先もハルを紹介する気はないかな。伸弥にとっても良くないと思うから」
「どの辺が良くないの?私の家族がいなくて、社会的弱者だから?」
「いや、そういうんじゃなくって」
「……私が訳ありの人間だから?」
「いや、それとこれとは関係なくて」
「お互いに子供がいても、それを生かして乗り越えていく道を選ぶ人だっているよね」
すると、優弥からはハッキリとした返答があった。
「俺は子どもの母親はやっぱり、一人しかいないと思ってる。伸弥が混乱するのを避けたいんだ。というか俺たち、ただ寄り添うだけでいい、っていう約束だよね?」
優弥の回答に、一瞬だけ氷のような冷たさを感じた。
「いつでもハルのそばにいるよ、俺がハルの居場所だよ」と言ってくれる温かい優弥なのに、家族の話になると、どこか入り込むスキのない氷の壁のような隔たりがある。
これ以上触れてほしくない、と言わんばかりの、シャッターが下りるのを感じていた。
そしてそのシャッターに閉め出されたハルは、一体どこへ行けばいいのか分からなくなる。
自ら余計なことを言ってしまったから起きていることは分かるのだけど、胸の動悸を感じる。優弥に悟られないように少しだけ離れ、呼吸を整えてから、ゆっくりと言葉を絞り出した。
「……そう、だよね。気が利かなくて本当にごめんね。クリスマス、ご家族水入らずで楽しんでね」
優弥はなぜか浮かない顔をしているが、ハルはそれ以上質問することができなかった。
(⑩へつづく⇓⇓)
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