相沢ハルが死んだ日。⑦【創作大賞2025】
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※この小説では、時間軸が過去に向かって進みます。
※最初から読んでも最後から読んでもストーリーをお楽しみいただけます。
2025年2月10日
「ハルちゃんさ。優弥のことどれくらい知ってるわけ?」
健が、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、ハルに問いかけた。
二人は駅前の大通りに面したカフェで待ち合わせして、珍しく優弥抜きで話していた。
「どれくらいって……もうすぐ三年目くらい?健くんたちみたいに長い付き合いじゃないかもしれないけど、大体の性格とか行動パターンは把握していると思うな」
「そっかあ。じゃあさ、ご両親とかお会いしたことある?」
「いや……それはまだ」
「伸弥くんのことは?」
「……うちのナツミと一緒に遊んでくれたりしたけど」
「それくらい?詳しくは知らないんだ」
「まあ……」
幼馴染から、自分の知らない優弥の話をされるかもしれない。
ハルはゴクリと息を呑んだ。
なんとなく、思い当たらない節がなかったわけではない。
伸弥くんに会った時に、少しだけ感じるものがあった。
「俺から一つ忠告しとくけどさ、あいつの人生マジ重いから、重荷にならないレベルで止めといた方がいいよ。俺はむしろ、適当に不特定多数の女子と遊んだ方がいいんじゃない、って言ってるんだけどね」
訳知り顔の健からの言葉に、意外にもハルはムッとしてしまった。
「……ご忠告ありがとう。でも、だからって誰彼構わず取っ替え引っ替えするのも良くないと思います。健さんもほどほどにね」
健はムキになっているようなハルの表情をしばらく見やり、呆れたようにフッと笑った。
「まあ、俺は俺なりに考えがあってやってるんで。本気になって一人の女にのめり込むのも地獄だって知ってるからね」
その表情はどこか孤独で、本当は愛に飢えているようにも感じた。
健の過去についてはハル深くは知らなかったが、きっと痛い目に遭ったこともあるのかもしれない。
それでもハルの性格上、ついつい、言ってしまった。
「何があったか知らないですけど、希望を捨てちゃダメだと思います。世の中には色んな人がいるけど、すべての女子が信用できないわけじゃない。少なくとも私は信じてもらえるような人になりたいです」
健は「ほうっ」とおどけたような態度を見せたが、少しばかり目が泳いだ。
「まあ、あいつがハルちゃんと一緒にいる理由は何となく分かった気がするよ。俺は優弥が幸せなら何でもいいんだけどね。一応、忠告はしたからな」
健は一時間も経たずにフッと立ち上がると、「じゃ」と手を挙げて、店を去って行った。
なんだかんだ友だち思いの良い人なんだろう。
ただ、一見遊び歩いていそうな優弥の友人に、わざわざ呼び出されて「忠告」を受けたことに、ハルは得体のしれない胸騒ぎを感じていた。
2025年2月4日
「健にご飯に誘われた?……やめといたら」
ハルが健に誘われたと聞き、優弥は一瞬渋い顔を見せた。
あいつ、一体何考えてるんだ。珍しくイライラしている優弥の様子に、ハルはいぶかし気に首をかしげた。
「なんで?優弥の親友なんでしょ?信用できないの?」
優弥はハルの性格を知ってか知らずか、こんな風に言った。
「ハルは、押したら断れないタイプだものね。ちょっと経験のある男なら、気づくと思うよ。あいつはもしかして、分かってて声をかけているのかもしれない」
「どういうこと?優弥は私のこと、押したら断れないタイプだって分かって押したってこと?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「私が優弥の誘いを断れなくて、付き合い始めたと思ってるの?そんな生半可な覚悟な訳ないよ。真剣だよ」
「分かってるよ。ただ、時々、その真剣さが怖いんだ」
「怖い?」
「うん、いつかその真面目さが裏目に出て、俺たちの関係を壊してしまうんじゃないかってね」
優弥の言っていることがよく分からない。
ハルがきょとんと首を傾げると、優弥が躊躇いがちに続けた。
「その、ハルは綺麗すぎるんだよ。良くも悪くも、世間の悪を知らなすぎる。俺はハルが美化しているほど純粋な人間じゃないよ。至って普通の人間さ。何か大きな勘違いをされてないかなあ、って、時々不安になるんだ」
純粋さは大きな美徳でもあるが、時に周りを弾く排他性となる。
結果的に、世の中の必要悪を受け入れられずに、自ら苦しむことになる。
ハルは、いつか苦しむんじゃないだろうか。
優弥はそれが心配だったのだ。
――純粋ということが罪になる。
そんなこと、学校では全く習ったことのない話だ。
それでも確かに、今日も「純粋」という言葉を隠れ蓑にして、器の狭い人間が世の中をさばき、正者、いや聖者の顔をして闊歩している。
そんな見せかけの聖者の中に入るなんて、優弥は真っ平ごめんだ。
むしろ、罪や苦しみの中にこそ、学ぶべき教訓があると考えていた。
人生の中で何も苦労したことがない、という人間ほど信用できないやつはいない。そう思っているほどだった。
ハルはなおも解せない、という顔で首をかしげている。
「じゅんすい?じゅんすいって何だろう?私、何も世間の悪を知らないで元気でいるわけじゃないけどねえ。結構などん底経験者だとは思う」
「まあ、バックグラウンドをちゃんと聞くとそうだね」
「でもね、どん底からでも花を咲かせる蓮の花みたいな生き方もいいなって思うんだ。だって、泥のなかから咲くんだよ。すごくない?世界一カッコいい華だよね」
言われてみれば、「純粋」であることが、必ずしも世間知らずの甘ちゃんであるわけではない、ということを、ハルを通して最近は優弥も再確認しているような気もしていた。
どんなに辛い体験をしていても、泥の中から蓮の花が咲くように、しっかりと茎をのばして美しく花開く人もいるらしい。
道半ばで倒れていく人と、最後まで成功する人の違い。
それは、「希望」を見失わないことなのかもしれない。
ポジティブパワー全開のハルに感化されると、そんな気分にもなってくる。
「ごめん。ハル、やっぱり気にしないで。ハルはそのままでいいよ。ご飯も楽しんでおいで」
願わくは、どうかそのままで。
優弥は、彼女の希望を摘み取る存在が、間違っても自分でありませんように、と祈るような気持ちでいた。
(⑧につづく⇓⇓)
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