相沢ハルが死んだ日。⑤【創作大賞2025】
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※この小説では、時間軸が過去に向かって進みます。
※最初から読んでも最後から読んでもストーリーをお楽しみいただけます。
2025年5月31日
「まさか、そこの二人がくっつくとは意外だよね」
仕事終わりにカラオケで合流した幼馴染の智則と健が、優弥を茶化してきた。
彼らとは中学の頃からの二十年来の親友。お互いに壮絶な体験もある中で励まし合ってきた、もはや家族のような存在だ。
優弥とハルの関係については、何度となく、共通の知り合いからは首をかしげられたものだ。
「正反対の性格がいいのかな?お前、奥ゆかしくて落ち着いた女性が好きなのかと思ってたから、あんなに社交的でよく喋る子がいいなんて意外なわけよ」
GLAYの「誘惑」を歌い終えた健がマイクを智則に渡しながら、優弥の肩に手を回してニヤニヤしていた。
智則も悪ノリを重ねてくる。
「なんでまたあの子も、お前がいいのかねえ。陽キャは陽キャ同士で愉しくやってそうなもんだけど、お前らあれだな、どっちかというと陰と陽が合わさったみたいな」
言いたい放題いいやがって。勝手に言わせとけ。
幼馴染の彼らによるハルの品評会を涼し気な顔で聞き流し、それでも優弥は自分達の相性が過去最高であると自負していた。
間違いない。歴代彼女のなかでも、一番俺を理解してくれている。
けっして順風満帆だったとは言えない過去の人生。
一躍脚光を浴びそうになった瞬間、どん底に突き落とされたりもした。
ここ数年は、家族関係のトラブルに巻き込まれて、ずっと自分主体の人生を送れていない、という苦しみがあった。
終わることのない介護。
決して目を覚ますことのない家族。
それでも、自分にとっては、家族のそばにいることが、せめてもの償いだと思っていた。
だが、出口の見えない地獄のような日々は、少しずつ優弥の心を削っていった。
そんな中、ハルがかけてくれた言葉は救いだった。
「優弥はきっと、苦しむ人の心に寄り添いすぎて、傷を共に背負ってきたんだよね。だから、いつも人には言えない秘密を持ってる。私にも、今は無理して話せないことは、話さなくてもいいよ。優弥の辛い時に、ただそばにいたい。優弥の心が軽くなるなら、そんな関係でいいんだよ」
自分のすべてを受け止めてくれるような、柔らかな温もり。この言葉が、閉ざしていた優弥の心のドアをフッと開けた。
ハルが見抜いた通り、優弥は自分の辛い現状を、他人に打ち明けることが苦手だった。
現に、幼馴染の智則や健にさえ、里美のことはほとんど話していない。
何年も前に夫婦関係が破綻していること、現在は伸弥と共に暮らしていることは伝えていたが、具体的な話まではできずにいた。
優弥の中で、少し後めたいものがあったのかもしれない。
それでも彼らは、深いところまで詮索せずにいてくれたし、何なら優弥の新たな恋を、揶揄しつつも応援してくれているのを感じていた。
「過去は過去。常に今を見つめているのが優弥らしいぞ。また人を好きになれる機会ができたなら、大事にしろよ」
そんな風に背中を押してくれる友人たち。
ありがとう。お前らがいるから、しょうもない話ができるから、俺もまだ生きていけるよ。
言葉には出せない感謝を、優弥は感じていた。
2025年5月5日
「ハルっていつもスーパーポジティブだよね。それがすごく癒されるんだ」
優弥は海を眺めながら、隣にいるハルに語りかけた。
二人は、サワナミ市民吹奏楽団のGWフェスに出演するため、初夏の海岸沿いにやって来ていた。
フェスが始まるまでの間、海辺で戯れるのもいいだろう。
空は快晴で太陽の光が眩しく、ハルの白い素肌が明るく照らし出されていた。
「それって、昔の彼女さんたちが大変だったから?」
優弥は苦笑いしながら頷く。
「まあね。みんな口を開けば『死にたい』っていう子ばっかりでさ。なんでか俺はそういう子を引き寄せちゃう癖があって。しかもそれを、いつも俺が助けなきゃ、って思っちゃうんだよね」
「大変だったね」
ハルは砂浜の砂を持ちあげた。それは手の隙間から、するするとこぼれ落ちていく。
生きるということについて、深く思い詰める性格の優弥のそばには、いつも「死にたい」と悩みを吐露するような友人・恋人が存在していた。
決して彼らを無下にしてきたつもりはないが、この「死にたい」と言う人々が周囲にあまりにも多すぎて、優弥は一つの結論に至った。
「『死にたい』と言ってきて、死を選んでいった過去の恋人、親友。その死は決して、そばで繋ぎとめられなかった自分の責任ではない。『その人の生命力の限界だったのだ』と思おう」
そうでも思わないと、やっていけないではないか。
すべてを自分の責任だと捉えてしまうと、自分自身の精神が崩壊してしまう。
ある時、ハルにもそんな話をしたことがあった。
すると、彼女は少しの沈黙の後、こう言った。
「分かった。じゃあ、私が『死にたい』と思った時は、優弥には相談しないね。相談してくる人自体がもう、疲れちゃったんでしょう。止められなかった後悔も残るしね」
「ああ、うん。まあ、ハルは『死にたい』なんて本気で言ってくることないでしょう。だからハルを選んだんだし」
「……そうだね」
ほんの少しだけハルの返事が小さく感じたが、気のせいだろう、と思っていた。
彼女は『死にたい』と日々自分にすがってくるような子じゃない。
ハルは優弥の今までの基準でいうと、出会ったことのないタイプの女性だ。
これまでの彼女達は、どこかに心の傷や精神障害をかかえて苦しんでいた。
もがきながらも生きようとする彼女たちを愛おしく感じ、彼女らのような社会に虐げられ、見捨てられた人こそ、世の中の真実を知っており、愛すべき存在だと思ってやまなかった。
ところが、ハルの存在が、優弥のなかの常識を変えたところがあった。
いつも天真爛漫で明るくて、周りに元気を与えてくれる太陽のような存在。
こんなにも明るくポジティブな子が世の中に存在するのか。
そのこと自体が、ひとつの驚き、感動であったし、何よりも彼女と過ごす時間のひとつひとつが幸せで、愛おしかった。
本当に良い子に巡り合えてよかった。
常に悩ましいことばかりの自分の運勢も、ハルのお陰で少しは上向きそうだ、と優弥は嬉しく思っていた。
まさか彼女が、誰よりも深い闇を抱えているなんて、その明るい性格からは到底想像がつかないし、知る由もなかった。
少なくとも、この時の彼女は、日の光を身体いっぱいに浴びて微笑みながら、地平線を眺めていた。
その視線の先に、一体何を見ていたのか。
本当の心は、彼女以外の誰にも分からなかったのかもしれない。
(⑥へつづく⇓⇓)
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