相沢ハルが死んだ日。⑪【創作大賞2025】
前回の話はこちら⇓⇓
※この小説では、時間軸が過去に向かって進みます。
※最初から読んでも最後から読んでもストーリーをお楽しみいただけます。
2023年7月22日
……別の世界線に飛ばしてくれ!
優弥は時折、自分の境遇を儚んでいた。
ハルとの日々を過ごす度に、今まで感じた事のないシンパシーを感じ、そしてその思いは高まるばかりであった。
だが、今の自分は新たな女性と付き合える状態にはいないことも分かっている。
でも、その理由を口にすることもできない。
ただ、人を好きになることに理由なんていらない。言葉すら、いらないかもしれない。
今日は地元の花火大会。
海辺に数々の打ち上げ花火が上がるイベントデーだ。
サワナミ市民吹奏楽団でも、夕方から前座イベントとして、海辺の特設ステージでの演奏会が行われていた。
花火を心待ちにしている来場者たちの熱気と共に、演奏会は最高潮に盛り上がっていく。
優弥はハルと共にステージに上がった。
合唱団所属のハルだったが、持ち前の明るさと社交性を見込まれて、このイベントの司会進行役を務めていた。
夏のヒットソングメドレーが次々に披露されていく。
最後はアンコールにお決まりのサンバを奏で、辺りが暗くなったところで幕を閉じた。
ハルが生き生きとした声で奏者の紹介をしていく。
「美しい音色で皆さんの心を鷲づかみ!サックス、松村優弥でした!」
ハルの紹介と共にお辞儀をし、会場から割れんばかりの拍手に包まれた。
「お疲れ様!花火が始まる前に、ビール取ってくるね」
「ああ、行っておいで」
ハルが出店に向かって、パタパタと去って行く。
大切な人と一緒に大好きな音楽のステージに上がる。美味しいビールを飲みながら、共に花火を観る。
こんな嬉しい未来があってよいのだろうか。
優弥のなかでは高揚感と、後ろ髪を引かれるような思いが共存していた。
それでも、こちらに向かって微笑んでいるハルの姿に、確かな絆を感じていた。
出会うべくして出会ったのかもしれない。
過去世があるなら、何かの縁があるのかもしれない。
でも、どうして今なのだ?
こんな複雑な人生の途中で出会うなんて、あまりにも難しすぎる。
暮れゆく空を見つめながら、しばしの間、考え事に耽っていた。
ドーン!
大きな音が静寂を破り、花火が始まった。
気がつくと、ハルが隣に戻ってきており、微笑みながらビールを差し出している。
「お待たせ。間に合って良かった」
優弥は思わず、隣に佇むハルの姿をまじまじと見つめた。
柔らかな表情。優しい眼差し。何の疑いもなく、真っすぐに優弥を見据えている。
そこに、優弥を満たすすべてがあった。
ハルの横顔は、まるで光を宿した花のように美しかった。
今、目の前にいるハルに、何かを伝えなければいけない。
そう直感的に思った優弥は、おもむろに話し始めた。
「僕らの住んでいる宇宙には、何通りもの世界線があるらしい。自分達の生きている今が、ある決断によって、何通りもの未来に分かれることもある。それから、別の世界線では、誰かと出会っていない可能性や、違う境遇で出会っている可能性もあるらしい」
いきなりの優弥の思考を、ハルは苦笑いしながら聴いていた。
優弥は時々、こんな思索に耽る癖がある。
「パラレルワールドとかかな?つまり、どういうこと?」
「つまり、その、今の俺は、ハルと別の世界線に飛ばしてくれ、って祈ってる」
「別の世界線?もっと若い時に出会いたかったってこと?」
「まあ、たとえて言えばそのような。もちろん、息子を大切に想っているし、伸弥は俺の人生の宝物なんだ。だから、彼と出会わない世界線も考えられない」
「うん、分かるよ」
「ただ、今、俺がこういう状況じゃなかったら、きっと、『好きです、付き合ってください』って言っていると思うんだ」
……なんとも回りくどい告白であった。
「好きってことを言いたいのかな?」
ハルが優弥をまじまじと眺めると、少年のように顔を赤らめて頷いていた。
「言ってしまった。でも、何度も言わせないで」
ハルも純粋に嬉しかった。優弥と寄り添う日々は心地よく、生きていれば、少しはいいこともあるのだな、と心から思えた。
「分かったよ。教えてくれてありがとうね。別の世界線に飛ばなくても、今の世界線を温めていけばいいんじゃないかな」
「……うん。そうかもしれないな」
「ちなみに、別の世界線でも私たちは出会っていると思う?」
「そう思うね」
「どんな関係なんだろう?」
「それ、言わせるか?ハルみたいな人だったら……結婚してると思う」
「何それ~!超早い展開!!」
恥ずかし紛れに、明るく笑い飛ばすハルの声が夜空に響いた。
夜風が心地よく二人の間を吹き抜けていく。
「ごめんごめん、聞き流して。とりあえずは、重いことは考えないで。今の自分達が生きていくために、寄り添い合っていけばいいと思うんだ」
「そうだね。これからもどうぞよろしくね、優弥さん」
優弥の胸の奥が、ギュっと締め付けられた。
本当は、手が届かない人のはずだ。
でも、花火の光に照らされるハルの横顔は、どうしようもなく綺麗だった。
自分にできることは、ただ彼女の心を癒し、寄り添うだけ。
許されるかぎり、そばにいたい。
それが今の、優弥の願いだった。
真夏の花火が音を立ててはじけては、夜空に吸い込まれていった。
(⑫へつづく⇓⇓)
