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『オンラインの絆』第1章 2/9 【小説】

第1章 
 
 イージートークを始めて1年が経ち、尚子は趣味として続けていた。英語力が伸びたとは言えないまでも、外国の人と話す度胸は培われた。1年も続けていると、親しくなる先生も当然いる。フィリピン人の28歳のマリーは、コロナの影響で仕事が在宅勤務になったのを機に教え始めた。毎日のようにレッスンを重ねるうえで、恋の相談にも乗るようになり、今彼女は結婚し母になっている。いつか家に来てねとマリーは言う。尚子はマリーとその可愛い男の子に会うのを楽しみにしていた。この1年日本人の講師は取らず、男性の講師も避けていた。というのも、英語学習を始めてすぐに、文法の疑問を日本語で説明をしてもらいたかったので、日本人の男性講師のレッスンを取った。その講師の態度が威圧的に感じたからだ。
 そんなある日、たまたま日本人の男性のレッスンを取った。それが「先生」だ。当時19歳だった先生は、ちょうどその頃から、講師を始めたばかりだった。アメリカの大学に通っていた。娘と同い年だったので興味がわいた。初回のレッスンで、娘が高校の時に留学していたカナダのホストファミリーの所に行きたいから、英語を話せるようになりたいと告げた。先生から、「カナダに行けるといいですね。」とレッスン後メッセージが来た。
 イージートークでは、レッスン後、講師から生徒へ1回だけメッセージを送る事ができる。すべての講師がメッセージをくれる訳でもないし、テンプレートだと分かるメッセージも多い。そんな中、わざわざ自分のために書いてくれたであろう文章は嬉しい。それから、尚子は先生のレッスンを取りだした。今まで1年間英語だけでレッスンを取っていたため分からない箇所は分からないままだったのだが、日本語で説明を受けると納得できた。それが日本人講師のレッスンを受けることのメリットだろう。先生の説明は非常に理解しやすかった。尚子はなぜ今まで日本人の講師を取らなかったのかと後悔したくらいだ。
 4月に入って、尚子は英検2級を受ける事を決めた。4月初め、佳奈恵が英検準1級を受けると言った。尚子は賛成した。佳奈恵は続けた。「お母さんも英検受けたら?そうしたら、語彙が増えて、文法も理解できて、話せるようになるで。」話せるようになる。その一言で、尚子はその日のうちに英検2級に申し込んだ。5月30日が試験日だ。佳奈恵は尚子の行動の早さに驚いた。実は佳奈恵はそんなすぐに受けるつもりはなかったらしいが、母が申し込んだので同じ日の準1級を受けることにした。
 ちょうど次の日、先生に告げた。先生はいいとも悪いとも言う前に、「1日何時間勉強に使えますか?」と聞いてきた。尚子は考えた事がなかった。昨日英語が伸びると聞いて申し込んだだけだった。あまり少ないのもよくない気がして、「5時間くらい」と答えた。先生は、「それならいけるかもしれない。僕がお役に立てると思います。」と言った。尚子は結構大変な事を始めたんだと気づいた。腰を据えて望まなければいけないと感じた。先生に頼るつもりもなかったけれど、他に頼れる講師もいなかったし、外国人の先生は英検に詳しくなさそうだ。先生より他に日本人の講師をそもそも知らなかった。
 英検に合格するためには、単語を覚えないと話にならない。尚子は単語帳を購入し、過去問もやってみた。40%くらい解答できたので、なんとか間に合いそうだ。先生は、大学で使っている記事を使って、和訳する授業をしてくれた。文法もあいまいにしか分からなかったので、仕事の空き時間はユーチューブのただよびというチャンネルの文法の授業を一通り見た。まさに大学受験の時に戻った気分だった。
 先生は尚子のためにテストを作ってくれた。いろいろな方法で教えようとしてくれている事に尚子は感動した。先生自身に興味が湧いた尚子は、ある時、「プライベートな質問をしていいですか?」とレッスン中に英語で聞いた。ところが「NO」と即答された。その質問というのは、先生は、アメリカの大学に通っていたが、それは、どういう方法の留学なのか知りたかった。交換留学なのか、私費留学なのか。佳奈恵も来年留学したいと言っていたので、参考になればと思った。しかし、ノーと言われたことで、先生は自分の事を話したくない人なのだと思って、極力そういう質問はしないようにした。
 尚子は勉強時間を確保するため、朝の時間を使う事にした。今まで7時半に起きていたのを、6時に起きて7時半までの1時間半、勉強した。英検直前にはそれは5時半になった。朝勉強するのはいい。頭も冴えているし、なによりその日を制覇した気分になれた。英検を終わってからも、その生活スタイルは続けている。朝の時間1時間半、仕事の合間に1~2時間、夜に1~2時間で、毎日5時間は最低でも英検のために費やせた。休みの日には、7~8時間机に向かった。ゴールデンウィークに勉強していると、佳奈恵に「勉強だけしてたらいいんとちゃうねんで!(家事しろ)」と怒られた。勉強して怒られるなんて主婦は辛い。学生だったら、褒められるのに。
 先生は単語帳をコンプリートするように言われたが、出来ていなかった。その事を甘いと指摘された。また、ライティングの添削もとても厳しかった。日本語でさえ論理的に文章を書くことに慣れていなかった尚子にとって、英作文以前に、文章の構成から学ぶ必要があった。英語は結論を先に述べて、理由や例を挙げ最後に結論で締める。それに慣れるのも時間がかかった。ユーチューブでも英検のライティングの書き方を学んだ。英語ファイルの安先生のチャンネルも参考になった。毎日が新しい学びの連続で、学生に戻ったようだった。充実していた。先生と共に学んでいる感覚があったので、孤独を感じなかった先生は、尚子に英語の知識だけでなく、もっと大切な事を教えてくれた。真剣に学ぶ事の楽しさ、勉強の向き合い方。4月9日に英検を申し込んでから、一次試験5月30日までの1カ月半はあっという間だった。試験当日、会場の近くの駐車場に車を停めて、先生からのメッセージに気づいた。
「今日もありがとうございました!今まで、あえてなるべく言ってきませんでしたが、尚子さんの英語力はものすごい勢いで伸びています。僕が、高校生の頃一生懸命に勉強しても分からなかったところも、どんどんできるようになっています。部分によっては、自信を持てない所もあるかもしれませんが、スピーキングを除く全ての尚子さんの英語は2級以上だと僕が保証します。なので、自信を持って受けてきて下さいね。アメリカから祈っています。それではまた。」
 尚子が自分の子供以外から手紙をもらって泣いたのは初めてだった。改めて自分に喝を入れた。スピーキングを除くというのは、一言余計だと思ったが、先生は嘘はつけない性分なんだろう。尚子は、神戸学院大学のキャンパスでの久しぶりの受験を楽しんだ。鍼灸師の国家試験の時以来だった。
 自己採点では、合格したと思われた。2次対策が必要だった。テストは7月4日で、まだ1カ月以上あった。先生は、スピーキング力を上げるために、プレゼンテーションをすることを提案した。文章も一緒に考え、先生自身もプレゼンしてくれるという。面白そうなのでする事にした。鍼灸について書こうとしたが、筆が進まなかった。説明くどくなってしまう。そこで、息子について書くことにすると書けそうな気がした。尚子の息子は高校生で、自閉症スペクトラム障害とADHDを持っている。中学時代不登校になり、高校で自信を取り戻し、将来の夢を見つけ歩みだした事を書くと、すらすら書きたい事が出てきた。原稿を作り、暗記しビデオに撮ってチェックし、6月18日プレゼン当日を迎えた。朝6時からのレッスンで、ワンピースを着て、いつもより念入りに化粧をした。テッド@イージートークだ。尚子は、プレゼンを楽しんだ。
 プレゼン以降は、2次試験直前まで約2週間しかなかった。日が迫ってくるとだんだん焦ってきた。質問が聞き取れない事があり、致命的だった。当日の朝まで先生のレッスンをした。
 無事英検2級に合格した。1年間オンライン英会話をしていたとはいえ、3カ月で1発合格できたことは尚子の自信になった。その後、少し燃え尽き症候群のような感覚を味わった。逆に言えば、これまでの人生、燃え尽きるほど勉強をしたことがなかったのかもしれない。先生は、合格を自分の事のように喜んでくれた。そして、先生との毎日のように取っていたレッスンもペースを落とすつもりだった。なぜなら、先生のレッスンを取るには、予約が必要な事が多く、他の講師は、予約なくレッスンが取れる、つまり、余分な費用がかからないのだ。先生のレッスンは、1レッスン余分に800円払う必要があった。
 イージートークの講師の中には、いろいろな職業を持つ方がいた。一人は通訳を生業とし、空き時間に教えていた。その先生の分かりやすい表現と流ちょうすぎて聞き取れない発音に憧れてレッスンを取った。その年も同じくらいの先生とは気も合い終始日常の話で笑いの25分だった。
 インド人だが今はトルコに住んでいるという元客室乗務員の女性、世界を夫婦で旅しながらイージートークで教えている30代のセルビアの男性、元消防士だというセルビアの男性は1日20レッスンをこなす強者だが、指摘が鋭く、尚子の小さなミスも見逃さない。尚子は世界の人々との会話を楽しんだ。そして、自分の無知を実感した。
 それほどたくさんの様々な講師がいる中、尚子は同じようなペースで先生を予約した。それは、尚子にとって先生とのレッスンが日々のエッセンスになったからだ。昔とは比べ物にならないくらい日々が楽しくなった。発音を教える時、人差し指を振りながら、「出来てる、出来てる」という先生の表情が尚子は好きだった。
 先生が、アメリカのドラマ「ストレンジャーシングス」が面白いというので、観てみた。最初、尚子にはこのジャンルのドラマはあまり興味がなかった。先生の薦めでもなければ、決して観なかっただろう。尚子が高校生から大学生時代で、その頃を懐かしく思い出した。ドラマの中で使われていた映画「ゴーストバスターズ」「ネバーエンディングストーリー」は高校生の時、映画館まで観に行ったものだったし、ダンスシーンの曲、ポリスの「見つめていたい」は50代の人ならノスタルジーを感じるだろう。
 シ―ズン1~3まで観た。その後、シーズン4が発表されたが、先生がネットフリックスを解約したので、一緒に見れる時まで待っていた。この1年後、また先生も見る事ができたので、1話ずつ観た。感想を言い合えるのは楽しかった。しかし、それも、第6章で止まっている。また先生がサブスクを解約したからだ。さらにファイナルシーズン5は、2024年1月に撮影が開始されたそうだ。これを見終えるのは、いつになるやら。
 

https://note.com/namisasan/n/nfe75d169f175?sub_rt=share_pw

#創作大賞




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