『オンラインの絆』プロローグ 1/9【小説】
あらすじ
尚子は2020年のコロナ禍で鍼灸院の売り上げが半減し、空いた時間を利用してオンライン英会話「イージートーク」を始める。英語を学ぶ理由は、娘がカナダでお世話になったホストファミリーに感謝を伝えたいからだ。尚子は「先生」と呼ぶ大学生講師と親しくなり、彼のサポートで英検2級に合格。その後も英語学習を続け、英検準1級にも挑戦し合格。先生とのレッスンは彼女の日常を豊かにし、新たな挑戦への意欲を育む。尚子にとって先生との時間はかけがえのないものだった。
プロローグ
2021年3月に偶然出会ったはっきりした顔立ちで長髪の男性は大学生だった。尚子は、その人を先生と呼んでいた。
2020年3月はコロナの始まりの月だった。全国の学校が一斉に休校になり、街から人が消えた。緊急事態宣言、クラスター、濃厚接触者、無症状感染、不要不急と今まで聴いた事がないような言葉がテレビから連日流れた。尚子は一人で鍼灸院を営んでいた。医療系の仕事は休む必要はなかったけれど、患者は減った。それまでの売り上げは順調に伸びていたにもかかわらず、半減した。それがどれほどの痛手であったか想像してほしい。しかし、尚子はあまり悲観していなかった。新型コロナはそれほど怖い病気とは思えなかった。感染対策もやりすぎな気がしてならなかった。一応マスクと消毒はしていたが、本当にこんな消毒で防げるものだろうか。当時所属していた鍼灸の学会の会長は、ベッドのタオルの代わりにキャンプで使う銀マットシートをひいて、それを都度次亜塩素酸ナトリウムで拭く。次亜塩素酸ナトリウムの作り方も紹介していた。もし私が患者だったら、鍼灸院に来てレジャーマットの上で施術されたくはない。鍼灸師も医療従事者として早くワクチンが打てるようになってほしいと願う声もあった。それらの鍼灸師たちの言動は尚子にショックを与えた。薬に頼らず自己の自然治癒力を上げる事を目的とする東洋医学に携わる大先輩の態度に失望した。
尚子は、空いた時間をどう使おうかと考えた。その時、オンライン英会話が尚子の生活に入り込んできた。
2020年3月、オンライン英会話大手、イージートークが全国の学生にオンラインレッスンを1カ月無償提供をした。それを機に、大学に入学したばかりの娘佳奈恵が始め、私も7日間のお試しを経て正会員になった。イージートークのマーケティングの上手さに感心する。他のオンライン英会話を試す隙を与えなかった。
尚子には、英語を話したい理由があった。それは、2020年の夏にカナダに訪れる予定だった。佳奈恵が高校生の時に6カ月間カナダに留学した際、ホームステイさせていただいた家族に会いに行くつもりだった。佳奈恵がカナダにいた時、ビデオでホストファミリーと話した事はあったが、全くと言っていいほど聞き取れなかった。「I’ll show you」(アイル ショウ ユー)と言われて、「え?醤油?醤油がどうしたの?」と勘違いするレベルに自分でも辟易した。佳奈恵は、「カナダに行った時、ずっと通訳はできへんからな」と手厳しい。カナダの家でホストファミリーと娘が楽しそうに話す横で、蚊帳の外の私を想像した。それだけはどうしても避けたい。少しでも会話ができるようになりたい。そして、ホストファミリーに自分の言葉で、娘がお世話になったことをお礼が言いたかった。
2020年3月1日から始めたオンライン英会話を尚子は思いの外楽しんだ。フィリピンの先生が多かったが、他には、セルビア、トルコ、インド、カメルーン、南アフリカなどの先生が常にレッスンできる状態で待機してくれていた。アメリカ、カナダ、イギリスの先生もいたが、争奪戦でレッスンが取れるのは稀だった。イージートークは1回のレッスンは25分で、24時間何度でもレッスンが可能だったので、できるだけ多くレッスンを受けた。多い日には10レッスン受けた。ビギナー向けのテキストブックは日本語訳があったので、初心者の尚子にはありがたかった。なにしろ、大学生依頼の英語学習だからだ。個人的な話をする先生もいた。尚子が鍼灸師だと言うと、鍼に薬が塗ってあるのか?と興味津々に聞いてくる講師もいた。海外では、東洋医学はまやかしだと思っている人もいれば、神秘的だと思っている人もいる。鍼灸の治療を受けた人は稀で、知っているけれど、受ける機会がないという意見が多かった。
結局、コロナのせいでまだカナダには行けていない。しかし、尚子は勇気を出して、ホストママとメッセンジャーを通してお礼を伝える事が出来た。ホストママは英語を学んでいる事をすごく喜んでくれた。その事が尚子の英語学習のモチベーションの一つになった。いつかカナダに行った時にもっと話せるようになりたい。
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