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『観測外―警視庁A種事案:シュレディンガーの叛逆―』 第五章 ◆交差する運命 【1】

第五章 交差する運命 【1】



  独特の排気音を流しながら一台のバイクが海岸線を駆け抜けていく。
ネイキッド特有の低く響く太い鼓動。黒い車体のCB400SF(スーパーフォア)。
 回転数が上がった瞬間、VTECに切り替わりエンジン音が乾いた咆哮ほうこうへと変わる。加速と共に黒いバイクは海岸線のカーブへ吸い込まれていった。
 黒のレザージャケットに身を包んだ灰瀬が疾走する。
身体を傾け、一体となったバイクのタイヤが路面を掴み込む。
海が視界の端で流れていく。
 潮風が強い。風を身体に感じながら灰瀬はアクセルを少しだけ開いた。
速度が上がる。
 ヘルメットの中で小さく息を吐く。考えるのをやめたかった爆発事件……。そして能力者の存在。違和感を感じた『顔のない人間』。
もし本当に、あの男が警察の内部の人間だったとしたら――。

 思考がそこに触れそうになった瞬間、灰瀬はアクセルを強く開いた。
エンジンが唸り声をあげる。
余計な思考が爽快な加速と共に風の中へと流されていく……。

 その時、数キロ後方で別のバイクが走っている姿が目に入る。
メタリックノクターンブルーの車体にブルーレザージャケットの男。アンチテーゼのゼファーを乗りこなすその男はミラーシールドのその奥で、一つの考えを巡らせていた。

 それは、つい最近起きた爆発事件についてのことだった。
警視庁周辺はまだ騒がしい状況の上、爆発事件の余波と報道陣たちに埋め尽くされている。
 そして、なにより奇妙なのは内部調査の中心人物として自分が置かれていることだった。
 
(一体、俺の身に何が起きているんだ?なぜ俺が調べられる? )

男は溜息を吐く。

「上層部は詳しい説明もせずに面倒な仕事を押しつける」

 公安の任務は既に終わっている。少なくとも表向きは。

だが――
 
(あの様子だとしばらく目立つ場所にはいない方がいいだろう……)

 海岸線のこの道は普段から交通量が少ない。
だから、何かを忘れるにはちょうどいいルートだった。
そんな時に見えた一台のバイク。
黒い車体の――

「スーフォアか」
 
 距離が少しずつ縮まる。男は特に気にせず速度を合わせた。
やがて灰瀬のバイクの横に並ぶと、一瞬だけ目線を交差させる。
フルフェイスのヘルメット越しにその表情は見えないが、男は軽く手を上げた。ライダー同士の暗黙の挨拶だ。灰瀬も同じように片手を上げる。

 二台のバイクは、そのまま並んで走った。
二人の間を海風が吹き抜ける。偶然できたツーリング仲間もまたいい。

 そして再びきたカーブを抜けたその瞬間だった。
前方でブレーキ音が大きく響いた。
まるでスローモーションでも見ているように、トラックが横滑りしたかと思うとそのままガードレールにぶつかり、車体が激しく横転した。
 灰瀬は即座にブレーキをかけ、路肩にバイクを止める。
隣のバイカーも同時に停めた。

 灰瀬はヘルメットを外すと運転席を確認する。
中で運転手がぐったりとしている。
ドアを強く引くが、びくともしない。

「くそ……っ」

 ドアの金属が歪んでいるようだ。中の運転手に外から声をかけるが反応がない。焦りを抱えながら灰瀬は呼び続ける。
その時、後ろから声が聴こえた。

「協力する! 」

 振り向くと、さっきのバイカーがいた。
ヘルメットをかぶったままの姿で駆け寄ってきた。
二人でドアの縁を掴むと渾身の力を込める。

「いくぞ、せーのっ! 」

グッ、ギギギィィ――!!
 
 金属のドアが金切り声を上げ、ほんのわずかだけ隙間ができる。
手ごたえはあった。もう一度力を込め、強くひっぱる。
ドアは大きな音を立てると、その口を大きく開けた。
素早く運転手を引きずりだすと運転手は激しく咳き込み大きく呼吸をした。

(よかった。大きな怪我もない感じだ――。意識もある )

灰瀬は安堵の息を吐いた。

「救急車呼ぶ! 」

 灰瀬が携帯を取り出し通報する。
数分後遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
バイカーはトラックを見ながら小さく呟いた。

「役に立たないと思っていた警察も、捨てたものじゃないな」

灰瀬は少しだけ薄く笑った。

「そうなのか?」

 男は答えず、バイクに跨るとエンジンをかける。
乾いた音が一定のリズムを刻みながら周囲に響く。
ヘルメット越しに軽く頷き、灰瀬も頷き返す。

「助かった!ありがとう」
「お互い様だ」

 そう言った次の瞬間、青いバイクは走り出した。海岸線を滑るように加速していく。
 灰瀬はしばらくその背中を見送った。しかし同時にどこかで感じたような……そんな感覚に襲われる。

(この感じ……なんだ……? )
 
 ほどなくして救急車が到着する。
灰瀬は事故の状況を説明した後、再びバイクに跨る。
VTECの音が波の音を掻き消すように回転数をあげて走り去っていった。
だが、その二人の様子を影から窺っている一人の人物がいたとは思いもしなかっただろう……。
 
――――――――――――――――
 
 それから数日経ったある日の夕方、庁内で灰瀬はコーヒーを片手に歩いていた時だった。
 前から一人の男が歩いてきていた。スーツ姿に警察庁の身分証。
名は「橘寛見たちばなひろみ」。すれ違う瞬間、その男と視線が交差する。
 ほんの僅かの時間だったが、灰瀬は何かの「繋がり」を感じ、足を止めた。
どこかで会ったような感覚。だがそれがどこだったのか、ハッキリと思い出せない……。
だが、その男は表情も変えずそのまま歩き去り、廊下の奥へと消えていく。
灰瀬はそのまま振り返ると、男が歩いて行った方向をみつめた。

「……気のせいなのか? 」

 しかし、廊下の角を曲がった男はその先で一瞬だけ歩みを止めていた。
そして無機質な声で小さく呟く。

「刑事だったか――」

 灰瀬はまだ知らない。あの日、海岸線で並んで走っていたことを……。
そして……
『顔のない人間』が、すぐ手の届く場所にいたということを……。
 
 

次回火曜日21時(数分誤差有)更新:

『その短いメッセージは運命の歪みを――創った』

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