#31|実家じまい④ 家を空にした日
認知症の母とMCIの父。
海を超えた遠距離介護を続けています。
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フランスからの遠距離介護
年末の帰省で
売買契約にサインをすることになった。
買主は、買取専門業者だった。
帰省直前、担当者とビデオ通話をした。
「一月中旬までには、家を空にしてください。」
引き渡しは、二月末…。
家の中には、まだたくさんの物が残っていた。
私と兄の部屋のベッド。
スキー道具。
登山用具。
洋服ダンス。
クローゼット。
台所も、両親が住んでいた頃のままだった。
担当者は言った。
「海外からだといろいろ大変ですし、
年末年始は業者の手配が難航します。
残置物処理業者の手配は、私へお任せ下さい。」
「弊社の取引先へ、写真も全て送ってあります。
これからは会社のメールではなく、私個人のメールへお願いします。
会社を通さなければ仲介手数料はかかりませんので。」
一瞬、言葉に詰まった。
私は、家電の買取も可能か、
業者へ送った写真を自分にも共有してほしい、
そう伝えた。
「写真は少しお待ちください。
あさってなら時間が取れるので。」
一瞬、意味がわからなかった。
数日後、
慌てて撮りに行った写真だけが
担当者の個人メールアドレスから送られてきた。
私はその写真を、
自分で探した残置物処理業者2社へ送り、
帰省時にすぐ
現地見積もりに来てもらうよう
予約をとった。
見積もりは、2社とも35万円だった。
買取してもらえる家電製品がいくつもあった。
2社とも翌週作業ができると言われた。
帰省中に全て終わらせることができる。
時間との勝負だった。
売買契約の日、
私は担当者に言った。
「残置物処理は、私が見つけた業者にお願いすることにしました。
買取りもしていただけるようなので。」
すると担当者は言った。
「外部の業者は、室内を傷つけたりすることがあるので、
おすすめできません。」
「弊社の業者であれば、私が監督します。」
「金額も交渉してみます。
先日お送りしたプライベートメールからご連絡します。
その方が連絡がとりやすいので。」
私は答えた。
「お仕事のことで、
プライベートなお時間までご迷惑はおかけしたくありません。」
そう言って断った。
父に言った。
「年末に業者さんに来てもらって、
残った物を片付けてもらうからね。」
数日後、いとこから電話があった。
「Naoのお父さんから、
家の荷物をうちの実家の倉庫へ置かせてほしいって頼まれたんだけど…」
「何度も電話がかかってきて、母も断れなくて困ってる。」
父に電話をすると、父は言った。
「あそこは大きな倉庫があるから、
お前が帰ってきた時に、何回か運べばいい。」
「何を持っていくかは、
どれだけ場所があるか見てから決める。」
私は言った。
「困ってるって、私のところへ連絡が来てるよ。」
「人の家は、物置じゃない。」
「うちで処分しなきゃだめだよ。」
私には、
持って帰る場所も
保管しておく場所もなかった。
思えば、
認知機能が低下した父と、
海外暮らしの娘だった。
年末帰省すると、
母がデイサービスに行っている間、
父とマンションへ向かった。
私は言った。
「引き取りたい物だけ持って帰ろう。」
「残りは処分してもらうね。」
一日目。
父と家中を見て回った。
その夜、父は言った。
「クローゼットの中をまだ確認していない。」
翌日、
またマンションへ行った。
私は言った。
「今日は本当に最後だからね。」
「しっかり確認しよう。」
父は、
また家中を見て回った。
その夜、
父はまた言った。
「ベランダの物置をまだ確認していない。」
その翌日も、
またマンションへ行った。
私は言った。
「今日で最後にしようね。」
「あさって残置物処理業者さんが来るから。」
父は言った。
「もうあさってか。」
作業日の朝、
家の鍵を業者へ渡しに行くと、
ぎこちない日本語を話す若い男女が、
作業着姿で待っていた。
私は頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします。」
すると父は、
また家の中を早足で歩き始めた。
押入れを開け、
引き出しの中をみて、
クローゼット、
物置、
何度も同じところをうろうろした。
私は言った。
「もう何回も見たでしょ。」
「作業をしてもらわないといけないから、
ここにいたら邪魔になるよ。」
それでも父は、
家を離れようとしなかった。
私は父の手を引いた。
「もう行こう。」
「きりがない。」
ゆっくりお風呂入って、
美味しいもの食べよ。
そう言って
父と近くのスーパー銭湯へ行った。
翌日、
父は友人に電話をした。
「家を売った。」
少し間があった。
「Naoが連れてきた知らない外国人が、全部持っていった。」
「スキーや登山の道具もまだ使えたのに。」
父が惜しんでいたのは、物だけではなかった。
あの家で過ごした時間も、
車で出かけた日々も、
スキーへ行った冬も、
登山へ出かけた休日も、
全部、
あの家と一緒に終わってしまった。
実家を片付けていたのは
私だった。
でも、
実家を失っていたのは
父だった。
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