【シロクマ文芸部】水曜日【1500字小説】
「水曜日の夜って空いてたりする?」
と、首を傾げた片桐さんが、あんまり可愛かったので一瞬何を聞かれているのかわからなかった。
当代随一の人気俳優は、今日も顔が良い。テレビや映画の中、舞台の上の、遠い存在として見るばかりだった人が、どうして自分なんかと話しているのかと思うと未だに腑に落ちない。
「笹田君、話聞いてる?」
「あ、すみません。ちょっとトリップしてました」
俺の返事が気に入らなかったようで、不機嫌そうにむくれて見せる。
40オーバー、もうすぐ50に手が届くという男がする顔じゃない。
おっさんがかわい子ぶって寒々しい、というならまだ良いのだ。それどころか妙に様になっていて、似合うから余計ダメなのだ。
とはいえそんなことを、天下の片桐ツトムに言う気にはなれない。
「水曜日の夜は空いてるか聞いたんだよ」
「あー、え、今週のですか?」
「そう」
「今週って、それもう明日じゃないですか」
「あれ? そうなる?」
「そうですよ」
片桐さんは俺のスマホを勝手に取ると、壁紙に表示される曜日を確認して、
「あ、ほんとだ」
と言った。
「いや、ご自分のスマホで確認してください」
「目の前にあったから」
「片桐さんのスマホも目の前にありますが?」
「そっかー、水曜日って明日かー」
「話聞いてます?」
「それで、笹田君の明日の予定は?」
どことなく、わくわくとした顔をしている。
水曜の夜に何があるというのか。そもそも忙しいのは俺よりも片桐さんのほうではないのか。
「片桐さんは仕事平気なんですか」
「うん、明日は夜は空いてるんだよ」
「昼は仕事なわけですね」
やっぱり忙しいようだ。
流石は人気俳優だ。
どうしてしがない裏方スタッフの自分の、しがないアパートにしょっちゅう遊びに来るようになってしまったのか。
「何がしたいんですか?」
「空いてるの?」
「明日は空いてますね」
「Dukeってバーで、水曜の夜限定のパフェがあるんだよ」
「ほう」
片桐さんは、自分のスマホをさっさと操作して、SNSの投稿を見せてくる。
アンニュイな雰囲気のバーカウンターに、おしゃれなパフェが映っている。
「おいしそうじゃない?」
そう言われても、写真がかっこよすぎて、俺にはなにがなんだかよくわからない。
「今月のパフェがさ、さんざしのゼリーと梅のジュレが入ったビワのパフェらしいんだよね」
「あ、これビワですか」
「あとウーロン茶と山椒のシャーベット。ああ、アルコールも少し使ってるのかな」
「……味のイメージがまったくつかないです」
そんな複雑そうなパフェなんて食べたことがない。
大体バーで食べるパフェってなんなんだ。こちとら、せいぜいがファミレスのチョコバナナパフェ止まりだ。それもおいしいからいいのだけれど。
「知り合いの店でね。腕のいい厨房担当のスタッフがいて、その子が作るパフェなんだけど、水曜の夜しか出さないんだよね。結構凝っててさ、すごくおいしいんだよ。最近顔出してなかったし、久しぶりに行こうかなと」
こんなに日々忙しそうなのに、こういうプライベートな付き合いを大事にしている片桐さんは偉いと思う。
しかし、疑問なのは、
「どうして俺のことまで誘うんですか?」
この点なのだ。
「どうして?」
「知り合いの店だから、顔を出すってのも、その、限定パフェがおいしいから、純粋に気に入ってらっしゃって、食べに行きたいんだろうなってこともわかるんですが、なんでそれで俺に声をかける必要があるのかと……」
片桐さんは、すぐには答えずにゆっくりと足を組み替えた。
舞台の上の芝居のような、意味深長に持って回った所作のあとで、
「笹田君と一緒に行きたいから、かな」
至極当然のように言い切ると、片桐さんは嫣然と微笑んだ。
--------------------------------
シロクマ文芸部さんにお邪魔しました。
今週のお題は「水曜日」です。
曜日系や何月などのシンプルなお題は、シンプルゆえの難しさがありますね。
とはいえ今回も楽しく書かせていただきました、ありがとうございます。
前回のシロクマ文芸部提出作はこちら
作中のパフェはこんなんあったらいいんじゃないのという四四田の妄想です。
とはいえ、ビワのパフェ自体は少し前に実際に食べてるんですけど。あとそれには梅ジュレなら入ってました。モデルと言えばモデル。
(ちなみに見出し画像がそれです)
じわじわと進展してるんだかしてないんだか、意図がどこにあるのかわからない、片桐さんと笹田君がまたもや飛び出してきました。
これまでの片桐さんと笹田君は下記のふたつでご確認ください。
