見出し画像

【シロクマ文芸部】六月は【2000字小説】

「六月は、仕事入ってなかったの?」

唐突に不名誉なことを言われた俺は「へ?」と頓狂な声をあげることになった。
言った張本人は妙なことを言ったつもりはないらしく、首を傾げてキョトンとしている。
……キョトンってなんだそれ。
四十オーバーの男相手に使う言葉じゃないだろう落ち着けと、胸の内で自分につっこんだ。

当代随一の人気俳優、片桐ツトムは、ちょっと、いやだいぶ変わっている。

「仕事は、ありますけど。今日だって現場だったし」
言われてることの意味が掴みきれないで、俺はおそるおそる言った。
「嘘だあ、俺ぜんぜん君と会わないもの」
嘘だと言われましてもね。
どういう理屈で、片桐さんと仕事場で“会わない”イコール“俺に仕事が無い”という結論になるのかがよくわからない。
わからないから、当たり前のことを言うしかない。
当たり前じゃん、そういう意味じゃないよって、流石に言われるかもしれないなと思いつつも、とりあえず言ってみる。

「片桐さんの出てる作品とは別の現場だからじゃないですかね」

「そうなの?」

片桐さんの右側の目が、ほんの少しだけ大きくなる。
芝居では表情豊かなくせに、プライベートだと表情筋が死んでいる彼の、本気で驚いてるときの顔だ。
そういうことは、最近わかるようになった。

「なーんだ。てっきり仕事がないのかと思ったよ」
片桐さんは、ソファにぽすんと音を立てて座った。いつの間にやら、俺の家における彼の定位置になってしまったソファ。

「なんでそういう発想になるんですか」
「スタッフさんの中に笹田君がいなかったから」

ちょっと意味がわからない。
わからないけど本気で言ってるな、ということはわかる。
「この世は片桐さんが把握している部分だけで回ってるわけじゃないんですよ。片桐さんが知らないとこにも人はいるし、別の現場は回ってるんです……」
「それくらいわかってるよ」
憮然とした顔をされる。
いやいや、わかってないでしょう。
「じゃあ、俺にも適用してください」
「適用?」
「自分の目の届く範囲に俺がいないからといって、勝手に業界から干されたカウントしないでください。俺はあんたの専属マネージャーでもなんでもないんですから。俺は大道具」

片桐さんは、無表情でうーんと唸っている。無表情に見えるけれど、納得のいかないときの顔だ。

少し前に、打ち上げ会場から意図せず(色っぽい意味ではなく)お持ち帰りをしてしまって以来、しがない裏方スタッフの俺と、人気俳優の片桐さんの交流はどういうわけか続いている。

今日も片桐さんは俺の家になぜかいる。
別に会う約束をしていたわけではなくて、仕事を終えて帰ってきたら家のドアの前にいたのだ。
顔を隠すこともなく堂々と居座って、帰ってきた俺を見つけた途端、大きな声で俺を呼ぼうとした片桐さんを見つけた瞬間俺は走った。走って、ほとんどラリアットみたいな勢いで、片桐さんを部屋の中に押し込んだ。

こんな有名人と外で会うわけにはいかないし、こんな風に待たれたら他にやりようがないのだけれど、俺の家だとセキュリティ的に不安だから本当にやめてほしい。週刊誌に狙われたらどうしてくれる。
とはいえ、片桐さんちの住所なんて怖すぎて知りたくない。余計なことは知らないでいるに限る。そう思って生きてきた。俺はローリスクローリターンで生きていきたいのだ。

もっとセキュリティが強固なところに引っ越すべきだろうか、と考えかけてやめた。いつの間にか、片桐さんが俺の家に現れる前提で考えている。だいぶ毒されているな、と思う。

うちの何を気に入ったのか知らないけれど、勝手に現れて勝手に俺を待ってる人を、家に招き入れないという選択肢を持てない俺が悪いのだろうか。

「ねえ、また俺がいる現場の仕事をしてよ」
「そう言われましても。こちら会社から指定された現場に入るもんで」
「じゃあ、俺が指名していい? 笹田君入れてって」
「ぜったいやめてください。こわすぎる」
「えー。こわくないよ。俺別に怒ったりしないでしょう」
「うーん、そういうことじゃないんだよなー」

わざとふざけてこういう返事なのかな、とか。
ちょっと顔が良過ぎるとはいえ、いい年こいたおっさんのくせに不思議ちゃん振ってんのかとか、思ったりもしたのだけれど。
どうにもこうにもこれが地のようだ。こんな調子でどうやって生きてきたのか。
全然イメージしてた片桐ツトムと違う。よくまあ世の中を欺いているものだ。
そういえば気難しい設定でインタビュー仕事は少なかった気がするけれど、
「これが原因なのか……って、だからそういう余計なことは知りたくないんだってば……」
「笹田君。ここにあるカップ麺食べていい?」
「マイペースが過ぎますね。飯は自分の家で食べてください」
「お腹すきすぎて……」
「わかりましたよ何食いたいんですかってか食ったらマジで帰ってくださいね!?」

そんなこと言ったらフラグになりそうだなと思いつつ、俺は台所に向かった。

---------------------------------------


#シロクマ文芸部

今週もシロクマ文芸部さんにお邪魔しております。

今週は「六月は」でした。

シロクマ文芸部さんに参加させていただくのは、今回で12回目。
短編も1ダース揃った感じ。
今回も楽しく参加させていただきました。
いつもありがとうございます。

なんだか予定と違うものになったのですが、そんなのも楽しかったです。


前回のシロクマ文芸部提出物はこちらです。


ちなみに今回の「六月は」は、
こちらの短編の続編です。

この話からどうしてこうなった。


※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。

いいなと思ったら応援しよう!