【成瀬 日本語・英語・翻訳講座】日本語編(30)文章構造(1)全体から部分へ
(↑のつづき)
日本語の文章構造
全体から部分へ
第一に知っておかなければならないのは、
部分の集合体が全体なのではない
という事実である。

文章においては、
語の意味をつなげて文をつくり、文をつなげてパラグラフをつくり、パラグラフをつなげて文章をつくると考えるのは間違い
だということだ。
部分の集積が全体なのではなく、全体の一部が部分である。
ところが翻訳の世界では、単語を置き換え、構文を置き換え、それをつなぎあわせることが翻訳だという考え方が、いまもなお残っている。
この考え方を根こそぎ撲滅しないかぎり、日本の翻訳はよくならない。
☆☆☆
もちろん、部分が見えなくては全体も見えないという面があることは否定できない。
そもそも単語の意味がある程度わかっているからこそ文が読め、文が読めるからこそ文章が読めるのである。
この意味から、部分がわからなければ全体がわからないないというのは一面の真理である。
しかし問題は、現代という時代が近代西欧の生み出した「要素還元主義」という思考方法をあまりに多用しすぎることにある。
近代西欧思想の原点は分析と統合にある。
全体をできるだけ小さな要素に分析して、それをもう一度統合していく。
デカルトが『方法序説』で述べたこの方法こそ近代という時代の原点である。

近代西欧医学はこうした思想のもとに成り立っている。
細胞が集まって臓器となり、臓器が集まって人体となる。
☆☆☆
一方、東洋医学では人間は人間としての全体であり、その全体のバランスが崩れたときにどこかに「病気」が生じると考える。
ここでは全体が先にあり、部分はそのあとにくる。
この「全体から部分へ」という発想はきわめて東洋的な発想といえる。
☆☆☆
私は決して東洋思想が全面的に優れているとは思っていない。
しかし西洋思想にはかなりの弱点があると考えている。
そして現代という時代はその西洋思想の弱点に気づかないか、あるいは気づいていても気づかないふりをしている時代ではないかとも思う。
こうした時代のなかで全体の重要性を前面に押し出すことには大きな意義があると私は考える。
(つづきは↓)
☆☆☆
☆☆☆
「ことさきく|成瀬由紀雄の日英文章・翻訳教室」では、このほかにも日本と日本人、英語・日本語・翻訳その他に関するコンテンツを数多くアップしてあります。総数は1900本を超えています。
いくつものマガジンを設定していますのでぜひチェックしてみてください。
