【成瀬 日本語・英語・翻訳講座】日本語編(31)文章構造(2)「流れ」と「綾」を重視、理知表現の型がない
(↑のつづき)
文章の「流れ」と「綾」を重視
まず情意を表現する日本語の文章だが、そうした文章には設計図どおりに精密に組み立てるという発想がない。
そのかわりに文章の流れが重要視される。
例えるならば、それは美しい織物のようなものである。
さまざまな綾を成しながら、たおやかに流れ進んでいくところに日本人は文章としての魅力を感じる。
それは源氏物語の昔から現在のエッセイや小説に至るまで同じことである。
日本人にとって文章とはまさに「織りなす」ものではないだろうか。


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現代日本語には理知表現の型がない
一方、理知を表現する文章については事情が異なる。
江戸時代まで日本人は理知表現には漢文または漢文訓読体を用いていた。
漢文には定型があるので、その定型にあわせて文章をつくればそれなりに格好がついた。
ある意味、まったくの紋切り型である。
明治以降になると漢文訓読体のかわりに翻訳文体が用いられるようになった。
ただあまりに性急に欧米の文明や文化を移植しようとしたものだから、言語の表面的な移植はできても本質的な部分にまでは手が回らなかった。
その一方で江戸時代まで用いていた漢文的な定型は捨て去ってしまったものだから、結局のところ知的文章の型が何もなくなってしまった。
こうした歴史的な経緯から現在の日本語の知的文章には広く一般的に用いられる定型的な文章構造がない。
なお「起承転結」を文章の構成方法と思っているひとも多いが、起承転結は漢詩の詩形の作法である。
江戸以前は「文」をつくるといえば漢詩をつくることだったため漢詩を作る作法を守っていないことを「起承転結がなっていない」といった。
この言い方が明治以降に普通の文章にもあてはめられるようになった。
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「段落」は“Paragraph”の翻訳版
西欧でパラグラフの概念が出来上がった頃に日本の知識人は西欧テキストをお手本に近代日本にふさわしい文章体系をつくりあげようとしていた。
そこで彼らはカンマとピリオドをまねて句読点をつくり、パラグラフをまねて段落をつくった。
こうして
明治後期には西欧テキストに対応する近代日本語文(洋の日本語文)が生み出された。
この新しい日本語文章は西欧テキストと同様に句読点や段落を持っており、主語と述語を兼ね備えていた。
これが現代日本語文のルーツである。
ところが日本の文明開化のスピードはあまりにも速すぎた。
ほんの数十年で近代西欧文明のすべてを取り入れようとしたためにさまざまな点で消化不良を起こした。
目に見える部分を取り入れるのに精一杯であり、深い本質の部分にまでは手が回らなかったのである。

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文章についてもこうした消化不良が生じた。
句読点や段落をつくり、主語と述語をつくったのはよいが、それが深い部分で近代西欧文明の基本原理に支えられていることには考えが至らなかった。
そのため
近代日本語文の体系は西欧テキストの体系に対応しているようにみえながら、最も大切なところで対応していない。
そのことに深く気づいていたのが近代の作家たちである。
たとえば谷崎潤一郎はその解決策を伝統回帰に求めた。
志賀直哉は日本語の改革に尽くしたのち、絶望の果てに日本語を捨てようとした。
いずれも上っ面だけで芯のない近代日本語との格闘の結果といえる。
(つづきは↓)
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