【成瀬 日本語・英語・翻訳講座】日本語編(32)文章構造(2)日本語の表記法に統一ルールなし
(↑のつづき)
私たちが使っている今の日本語文にも、こうした状況は依然として残っている。
たとえば、どこに読点を打つかについては、いまだに統一されたルールはない。
段落に至っては、そもそもルール自体がないといってよい状態である。
どこで改行してもかまわない。
極端にいえば、一行ずつ改行してもよい。
大衆向けの書籍(そしてオンライン)では、そうした一文一段落が珍しくない。
結局のところ、現代日本語の段落は、たんなる「目やすめ」「息やすめ」にすぎないのだ。
みずから積極的に意味を担うものではない。

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翻訳におけるパラグラフ・段落対応
こうした状況を翻訳という観点からみてみよう。
英日翻訳ではパラグラフと段落を一対一に対応させても、特に問題は生じない。
段落とは要するに上っ面だけのパラグラフのことなのだから、パラグラフどおりにして問題が生じるはずがない。
ただ、ときとして目やすめ、息やすめとしての段落の数がもっとほしくなるときがある。
そんなときには適当に段落数を増やすという手もあるが、それをするとパラグラフとしての意味が損なわれてしまうことがある。

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一方、日英翻訳で段落とパラグラフとを一対一対応させることはきわめて危険である。
とりわけ、
ビジネスや学術文書の日英翻訳では段落とパラグラフを一対一対応させてしまうと低レベルのテキストとみられてしまう可能性が高い。
ビジネスや学術の英語テキストではパラグラフは論理構成を担う重要な存在である。
ところが日本語のビジネスや学術の文書の段落構成はそうした論理構成になっていないことが一般的だ。
そのため、そのままのかたちで英語にしてしまうと論理的に破綻しているとみなされてしまう(実際に破綻している例も多いのだが)。
どうすればよいのかというと、一番よい方法は原文の日本語を英語テキスト向けのスタイルに書き換えてしまうことである。
この行為は翻訳をはずれた越権行為でとみなされることもあるが、実際にはそうしなければよい英文テキストにならないのだから当然の処置といえる。
もっとも実際の翻訳現場では売り物としての観点から、一部だけ手を入れたり、低レベルとみなされることを承知のうえで、段落とパラグラフを対応させて処理してしまうことも多い。

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結局のところ、
抜本的な解決をしようと思うならば、ビジネスや学術の日本語文書において真の意味での段落を根付かせるしかない。
明治の時代に起こした消化不良をいまこそ解消するのである。
ただし、これは単なる翻訳の話ではなく、日本語そのものの変革の話になる。
(つづきは↓)
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