心と言葉の翻訳(22)文体(3)文体の「分析」は可能なのか
翻訳は人間の仕事である。それは心と心をつなぐ営みだからである。機械には言葉と言葉はつなげても、心と心をつなぐことはできない。心と心をつなぐことができるのは、ただ人間だけだ。
言葉ではなく、人間を中心に据えた翻訳観――それが本書をつうじて流れる通奏音である。
(↑のつづき)
文体の「分析」は可能なのか
最後に考えたいのは、文体を翻訳するうえで「分析」、つまり要素還元的な手法をとることは可能なのかという点である。
たしかに、文体を真に理解し評価するためには、要素還元的な手法を用いるだけでは十分とはいえない。
文体つまり言葉としての魅力には「アート」としての一面が強くある。
音楽を理詰めで分析することに限界があるのと同様に、文体を理詰めで分析することには、明らかに限界があるということだ。
しかし「心と言葉の翻訳」では、アートとしての文体を分析することの限界については明確に認識しつつも、文体をいくつかの要素に還元し、それを分析して翻訳に利用することは、翻訳の価値を高めるうえで有効な手段のひとつであると想定している。
音楽を理詰めで分析することと同じように、文体を理詰めで分析することもまた、まったく無意味というわけではない。
ただし、そこから生み出される価値については、過大評価するべきではないだろう。

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文章の「音楽性」とは何か
「文体」の翻訳を分析的に考察するうえで、「心と言葉の翻訳」では「音楽性」を重視している。
文章の音楽性に関して、従来の翻訳論でよく取り上げられる要素は、韻や七五調などである。
具体的には、英語の脚韻を日本語でどのように表現するのか、日本語の七五調を英語でどのように表現するのか、といったことである。
「心と言葉の翻訳」でも、韻や七五調が書き手/読み手の心に及ぼすイメージを、音楽性の翻訳の一部として取り扱う。
ただし、それはあくまでも音楽性の翻訳の一部でしかない。
「心と言葉の翻訳」で取り上げる音楽性とは、それよりもかなり幅広い概念を含んでいる。
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文章と音楽との関係について、作家で翻訳家の村上春樹は小澤征爾との対談集[1]のなかで、文章にとって一番大事なものは「リズム」であり、文章にリズムがないと誰も読まないと述べている。
そして、言葉のリズムを決める要素は、言葉の組み合わせ、センテンスの組み合わせ、パラグラフの組み合わせ、硬軟・軽重の組み合わせ、句読点の組み合わせ、トーンの組み合わせであると解説している。
それを受けて、小澤がある選挙パンフレットの文章を読み進められないと例を出したところ、それに対して村上が、それは文章に「リズムがない、流れがない」からだと答えている。
そのあとに二人は、夏目漱石の文章のリズムについても触れている。
[1] 『小澤征爾さんと、音楽について話をする』 (村上春樹 新潮社)
(つづきは↓)
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