【成瀬 日本語・英語・翻訳講座】日本語編(40)文体(2)実務文体の変遷
(↑のつづき)
続いて実務文体の変遷をみてみる。
文学文体と同様に、実務文体においても漢文読み下し文体が日本語の正統的な文体だった。
江戸後期の一大ベストセラー『北越雪譜』(鈴木牧之、1837(天保8)年)を挙げておく。
みてのとおり漢文読み下し文である。
凡天より形を為して下す物雨雪霰霙雹なり。露は地気の粒珠する所、霜は地気の凝結する所、冷気の強弱によりて其形を異にするのみ。地気天に上騰形を為て雨雪霰霙雹となれども、温気をうくれば水となる。水は地の全体なれば元の地に皈なり。地中深けれぱかならず温気あり、地温なるを得て気を吐、天に向て上騰事人の気息のごとく、昼夜片時も絶る事なし。天も又気を吐て地に下す、是天地の呼吸なり。人の呼と吸とのごとし。

続いて1872(明治4)年に文部省が発行した地理の教科書である『輿地誌略』(内田正雄)の文体をみておく[1]。
この時点でもまだ完全な漢文読み下し文だ。
巴黎ハ国ノ京城ニシテ(北緯四十八度五十分、西経百三十七度二十五分)、人口一百万アリ。其幅員ノ大ナルハ凡ソ竜動ノ三分ノ一ニ過ギズト雖モ、建築ノ峻麗、市街ノ華美ニ至リテハ独リ之ニ優スルノミナラズ、実ニ欧州中ノ第一ト称スベシ(平治ノ日ノ景境ヲ記ス)。

次に明治期の実務翻訳の文体をみよう。
以下の日本語は日本に滞在した英国教師Basil Hall Chamberlainの書いた世界大百科事典を1879(明治11)年に文部省の命で小林義直が翻訳したもの(『百科全書』)の「蒸汽機関」の部である。
蒸汽車器械(小林義直訳)
鉄道蒸汽車ニ用ヰル器械ハ上ニ記載セル者ト同ジカラズ。是レ上ニ記載セル器械ハ一大室中ニ固定スル者ナレドモ、蒸汽車ニ於テハ務メテ容積ノ小ナルト重サノ軽キヲ以テ必要トスレバナリ。故ニ其器械ノ構成ニハ蒸汽凝縮ノ為ニ設ケタル装置ハ皆不用ニシテ、高圧蒸汽ノミヲ用ヰルナリ。
Locomotive Engines
The form of engine adapted to the railway differs from those already described, these being stationary or fixed in large vessels, while here the smallest bulk possible is essentially required, at the same time as little as weight as convenient. Accordingly, we find that in the arrangement of these engines, all that apparatus is rejected which is intended for condensation, and therefore high-pressure steam is used.
この原文を現在の日本語の文体で訳してみると、たとえば次のようになる。
鉄道用のエンジンは、上記の大型船舶用の据え置き型エンジンとは形状が異なります。利便性を高めるために、最大限の小型化と軽量化を図らなければならないからです。そのために、鉄道用エンジンでは蒸気凝縮用機器をまったく装着せず、高圧蒸気用機器だけを利用します。
当時の英語の文体が現在の英語とあまり大きな違いがないのに対して、日本語の訳文の文体や表記は大きく変わってしまった。
近代日本語の革命的な文体変化が現代に直接に影響していることがわかる。
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最後に明治期のビジネス領域の文体例をみてみよう。

以下は1891(明治23)年に浅草公園の日本パノラマ館の広告文としてつくられたものである。
これが当時の最先端のテクノロジーを紹介するための日本語文体だった。
日本パノラマ館
パノラマとは、光線を利用して絵画を実物の如くに示めし、観る人をして其身宛も実境に臨むの想あらしむる法にして、パノラマを現出するには、看客の眼前最も近き処に実物を配置し、其先に絵画を環列して実物を聯続せしめ、光線を人の眼裏に反射し、以て実景を現めす所の一大美術なり。(略)
[1] 以下の例は『日本近代思想体系 文体』(岩波書店)から抜粋している。
(つづきは↓)
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