成瀬由紀雄の「参考図書あれこれ」:『日本語はいかにつくられたか?』『日本語は進化する』(7)
(↑のつづきです)
「漢字かなローマ字混じり文」が成立しなかった理由はいくつも考えられます。
当時は複数の西欧語が同時に押し寄せたためにそのうちのひとつだけを選ぶことができなかったこと、
すでに内在化していた中国文明が西欧文明を吸収するに足る能力を備えていたこと、
中国文明とは違って西欧文明は必ずしも自ら望んで受け入れたわけではないこと、などなどです。
しかしなんといっても一番の大きな要因は日本語のなかに漢字という異文化がすでに内在化していたことにあるのではないでしょうか。
この「内なる異文化」をうまく利用すれば日本語のなかに新たな異文化をわざわざ苦労して受け入れる必要などないと、明治の人々は考えたのではないかと思います。
たとえば次のように(前回紹介した夏目漱石のメモより)。
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あるismを奉ずるは可。他のismを排するはlifeのdiversityをunityせんとする知識欲か、blindなるpassion(youthful)にもとづく。
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ある主義を奉ずるは可。他の主義を排するは人生の多様性を統一せんとする知識欲か、盲目的なる(青春の)情熱にもとづく。
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このような新漢語による西欧文明の受容を文化の連続性の保持という観点から高く評価する意見もあります。
しかしそのために古代の中国文明の受容時に感じた「本質的な痛み」とでもいうべきものが私たちの感性からすっぽりと抜け落ちてしまったこともまた確かではないでしょうか。
「ism」は「主義」、「Passion」は「情熱」、それでいかなる問題もなし、というわけですが、
しかし翻訳者(と、そのタマゴ)の皆さん、
Democracy=民主主義、Passion=情熱で、
本当に本当にそれでよいのでしょうか。
いかなる問題もないのでしょうか。
そこに「本質的な痛み」といったものをあまり感じないことが、じつは翻訳者としてきわめて深刻な問題なのではないかと、私は思っています。
こうした日本語の変化が実際にどのように行われたかを具体的に紹介しているのが、
『日本語は進化する――情意表現から論理表現へ』(加賀野井 秀一 、NHKブックス)です。
同書は、明治期だけでなく日本語の歴史を概括的に説明してくれる優れた日本語史ガイドブックです。
すらすらと読めてまた内容の濃さも持ちあわせている、わたしの一押し本です。ぜひ読んでみてください。
(つづきは↓)
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